■ 177 ■ 私にとってはここからが本番ですので






 さて、ひとまず喧嘩を売って来やがった阿呆どもを物理的に黙らせることは終わったので、ここからが私のお仕事であるよ。

 貴族の仕事ってのは基本的に根回しと後始末が大半だからね。ここで手を抜くと纏まるものも纏まらなくなる。


「アンティマスク伯爵令嬢、此度の騒動を題材にした歌劇を上映したいのですが宜しいですね!?」


 そう鼻息も荒く私に尋ねてくるのは、うんまあ分かると思うけど、オペラの脚本家やってる貴族だね。ちなみにこれ三件目。演劇とオペラとオペレッタね。

 まあねぇ。二百年ぶりの法律の適用、しかも不幸な婚約を強いられた女の子を騎士爵が身体を張って助け出して婚約者ゲット! なんて王道も王道だ。ウケないわけがないよ。


「構いませんが一つ約束をお願いします」

「なんでしょうか? 勿論御身の活躍は積極的かつ効果的に魅せるつもりですが」

「そういうのはいいんで。今回マロック家当主と長男、及びフロックス家当主の三者は事を穏当に収めようと協力してくれましたので、両家そのものを悪く書くような脚本はお止め頂きたく」

「……成程、そういうことですか。委細承知致しました」


 そう。あの後――じゃいつだか分からんな。私がマロック家を訪れてから決闘が始まるまでの期間に、マロック家当主と長男リミスも、カーム・フロックス男爵も内々に先触れを送ってきて、息子の勘違いと管理不行き届きを謝罪してきたからね。

 ただ、両家が曖昧な情報を元に婚約を進めたという不手際は事実なのでね。オトシマエは必要として、では具体的な落しどころをどうしようか、というのをお父様も含めて話し合った結果がこれだ。


 一番穏当な両家合意の上での婚約解消は、今回は見送る。これは両家的にも、一度王家に承認を貰っておきながら即座に「やっぱナシで」というのは王家を舐めたことになるため、あまりマロック子爵家側もやりたくない、という理由もあったからだ。

 故にシャルトルーズ法における裁定を下すが、この件において両家は息子たちを支援しない。その対価として、この件における後々の風評被害をある程度抑えるよう、私がフォローを入れる、というわけだ。


 現時点では両家はレン・ブランドに面子を潰された状態だが、ここで歌劇が広まればその内容から両家の当主は「息子の愚行を阻止しようとした」のだと誰もが理解する。

 そうすることにより息子たちの価値は下落したままだ(というか追い打ちを喰らう)が、家の面子はある程度回復できる。

 当主二人は、「お前ら息子の教育に失敗したな」と軽く笑われるが、その程度で済むというわけだ。特にマロック家は長男も阻止に回っているから名誉の回復も早いだろうよ。


 いやはや、お貴族様仕草だよねぇ! でもこういうやり取りが出来るか出来ないかで家の存亡が分かれるのが、アルヴィオス社交界だ。

 そういう意味ではマロック子爵家もフロックス男爵家も、立派に貴族をやれる情報収集能力と判断力をちゃんと備えていたわけだ。今回はちょんぼやらかしちゃったけどね。


「念のための確認ですが、あくまで名誉を守るのは両家のみでよろしいのですな?」

「勿論です。悪役が皆無では話を盛り上げるのも難しいでしょうし、そこまでは強制できませんわ」


 そしてそれを備えていなかったヴェイン・マロックとクルツ・フロックスは――まあ目も当てられなくなるだろうが私は知らんよ。

 貴族とはなんたるかを知らないまま貴族として振る舞おうとして、他家に向かって唾を吐いたんだ。面子が全ての貴族社会なんだからそれ相応の報いを受けるのが当たり前さ。

 万が一ヴェインとクルツが暴走した場合、けじめは自分たちで付けてこっちの手を焼かせない、と両家ともそれは約束してくれてるしね。私が気にすることじゃないよ。


 そして脚本家や監督たちも貴族家を題材に扱う以上、そういった貴族家の要望に応えるのは当然と心得ている。というか心得てないと物理的に首が飛ぶからね。

 私の依頼を守る限り、脚本家たちはアンティマスク伯爵家、マロック子爵家、フロックス男爵家、そしてブランド騎士爵の認可を取り付けたことになるため、何も恐れずに創作が出来るというわけだ。


「ああ、私に相当する役の重要性は可能な限り削って下さいな。出来れば私、惹かれあう二人をメインに観劇を楽しみたいんですの」

「うーむ、アンティマスク伯爵令嬢がそう仰るなら……」


 あんまり私が出張るとね、結局は貴族の暗躍話になっちゃうし。そういうの観劇しても面白くないからね。

 これは私とマロック家の水面下の駆け引きではなく、アリーとレンの恋物語になればよいのだ。そのほうが大衆受けもよいし、何よりそれがアリーとレンへの盾にもなろう。

 横紙破りを非難する声を、それを上回る祝福と憧憬の声で塗り潰すのだ。


「本件を題材に、と望んだのは貴方で三人目ですわ。演劇とオペラに負けないような創意工夫したオペレッタを見せて下さいな」

「……アンティマスク伯爵令嬢の活躍に焦点を当てるのは――」

「ナシで」

「ナシですかぁ」


 ニコリと笑って、しかし目だけは笑わないよ私は。これ以上有名になってたまるものか。私はモブ、あくまでモブだ。者役はアリーとレンなんだからね。




――――――――――――――――




 ただ、私のそういう努力はあんまり意味がなかったようで、いや、ちゃんとマロック家とフロックス家に対してはあったんだけど、


「ア、アンティマスク伯爵令嬢! こっ、これ! 受け取って下さい!」

「はい?」


 学園の廊下にて、一年生を示す青のブローチを填めた女学生がメイに封筒を手渡し、名乗るより早くに脱兎の如くに逃げ出していく。

 家に帰って、手紙をメイが改めた後に差し出してくれたそれは、


「ファンレター、というよりラブレターねこれ」

「ですね……」


 メイと二人でどうしたものか、と思案顔を付き合わせてしまう。

 手紙の内容を読んでいくとどうやら一配下の為に過去の法律を調べ甦らせた他、自ら身体を張って配下を取り戻した私に対する絶賛の嵐が吹き荒れていて、すまないけどちょっと引いた。引いちゃったよ。

 だって最後にお慕い申し上げていますって明記されてるんだもん。


「私、エミネンシア候バナール様の婚約者なんだけどなぁ」

「それはこの方もご存じなのでしょう」

「? じゃあなんでこんな手紙書いてきたの?」

「感情を内に留めきれず、お嬢様に伝えずにはいられなかったのではないでしょうか」


 メイがそう窘めるように言ってくるけど、そっかー。


「カワード、デスモダスに続いて三人目、ね。やっぱ重いなぁー、人からの好きって感情を受け止めるのは。デスモダスのはどうでもいいけど」


 人の全力の愛情を受け止めるのって辛いな、なんてちょっとばかりおセンチになってしまうと、


「お嬢様、三人目とは?」

「ん? 他人から恋愛感情を向けられた数」


 そうポロッとメイに零すと、


「正気で言ってます?」

「え? ここ怒られるポイント?」

「怒ると言うよりメイは呆れて――あ」


 そうメイが何かに唐突に気が付いたかのようにポンと掌を打ち合わせる。


「もしやお嬢様ははっきり『愛している』という言質を取れないと、向けられる感情を恋愛感情だと認めないのですか?」

「うん。だって勘違いとかしたら恥ずかしいじゃない」


 前世でよく同僚たちも言ってたしね。女に優しくされると、男ってのはすぐ自分は愛情を向けられているって勘違いするって。

 でもさ、芝居というか外面作るの上手い人って本当にお前役者か? って思うくらい容易く人を騙せるものだし。


「そもそも、人の好意が好意であると素直に受け取っちゃいけないのは貴族として大前提の話だし」


 そう私が前世を懐かしみながら述懐すると、


「――――――――お嬢様はバナール様と婚約できて本当にようございましたね」


 なんかこう、なんとか絞り出したみたいな声でメイがそう告げてきて、それには私も全力で同意するよ。


「うん。恋愛とか無視できる前提の婚約できてホント助かるわ」




――――――――――――――――




 なお、このラブレターをくれた少女はきちんと呼び出しをして、私はバナールの婚約者だし、妻としてバナール以外を愛するのは不誠実なので貴方の思いは受け止められない、とちゃんとお断りをした。

 言葉をちゃんと重ねたので、この一年生の令嬢(ちなみに子爵令嬢だった)もちゃんと納得して、涙をふいて作り笑顔で私の婚約を祝福してくれたよ。


 そこまではよかったんだけどさ、その後も似たような告白が何回も何回もあって、正直参ってしまったわよ。


「愛だの恋だのといった不合理な感情に支配されるとは、人類は実に愚かしい」


 帰宅後、諸処の作業を済ませてメイにお風呂で身体を洗って貰いながら、自然とそんな言葉が唇から転げ出てくる。


「お嬢様はだんだん旦那様に似て参りましたね」

「否定したいけどできないわー」


 そりゃあの男を蹴り落とすために頑張ってるんだもん、似ても来ようという話だね。

 あーあ、そろそろ時報も迫ってる頃だろうし、私抜きでもお父様を蹴落とす算段を立てないといけないのになぁ。

 お父様ってば全く隙を見せないんだもん。やになっちゃうわ。




 ただまあ、そんな生活を送っている間にシーラとアイズの婚約がミーニアル家、アンティマスク家当主の間で合意が取れ、国に認められて成立した。

 周囲からの声はまぁ納得と、分かってても認めがたい、ああ冬の少女までもが、みたいなのがチラホラ上がったぐらいで、まぁミスティ陣営は全員前者だったわ。

 お姉様はこれでシーラがどっか行っちゃわなくなったことに喜んでたけどね。


 ただシーラもアイズも婚約したくせに何一つ態度が変わらないし、お互い本心はどう思ってるんだろうね。この二人が婚約者として仲良くやってけるのか、ちょっと心配になっちゃうわ。






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推しが生きるのにお前が邪魔だ 朱衣金甲 @akai_kinkou

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