第35話 ただ、室内にはおよそ似つかわしくない品物が1つ。

「ただ、室内にはおよそ似つかわしくない品物が1つ。北国に関する写真が、壁に総書記の写真が飾られていたそうです」


北国。しかも総書記の写真だと?!

北国の関係者でなければ飾るはずのない写真。そして──


「確かナイフ男、キム容疑者の本籍が北国……」


となると、これは偶然ではない。


「はい。出生地の警察に連絡、佐藤さんの写真を旧友に確認してもらいましたが、写真の人物に見覚えはないとのことでした。おそらくは……」


「佐藤さんは佐藤さんでなかったということか……」


つまりは背乗はいのり。工作員や犯罪者が他人の身分や戸籍を乗っ取り、その人物に成りすます行為で、過去にも北国の工作員が日本人に成りすます事件が起きている。


すでに親類縁者のなく、1人で都会に暮らす元秘書 佐藤さん。他人がすり替わったとして周囲に気付く者は誰もいない。


東堂先生の秘書となったのも。さらにはその後妻を狙ったのも、日本の政界に食い込み影響力を広げる工作任務だったというわけで、ヤクを盛るといった強硬手段に訴えたのも納得する。


だとしてもインプラントに信号を送り自壊、証拠隠滅を図るなど、北国はインプラントの仕組みを理解し活用しているように思える。


「北国と宇宙人は何らかの協力関係にあり、脳にインプラントを埋めた工作員を使って日本にその触手を伸ばしている。そう考えて良いでしょう」


うーむ。宇宙人だ工作員だと、オカルトだか陰謀論だか分からない怪しい氷香さんの推理であるが……


オカルトだ怪しいだというなら俺自身が怪しい魔法の使い手であり、氷香さんは怪しい超能力の使い手。何より俺自身。昨晩その手で脳よりインプラントを摘出しているのだから、信じざるを得ない。


「北国と宇宙人。何らかの協力関係にあるというわけか……」


「はい。ですが、協力関係が築かれたのはここ最近でしょう」


「それは……何故だ?」


「私の存在です。私が行方不明となりインプラントを埋め込まれたのが10年前。その時点で北国と協力関係にあるなら、私はそのまま拉致され北国の工作員とされているはずです」


拉致誘拐した人間を工作員に仕立てるのは北国の十八番であるが、氷香さんはそうではない。そして、北国の工作員であったと思われる背乗り佐藤さんが、氷香さんにインプラントがあると直前まで知らないでいた。


つまり氷香さんのインプラントに北国は関係なく、両者の協力関係はそれ以降というわけだ。


どちらにせよ……


「インプラントの件。これ以上は関わらない方が良いと思うのだが……」


ただでさえ政治体系が異なることから常識の異なる北国。それにくわえて宇宙人の超科学が加わるなら、俺たち素人民間人が関わるのは正直、危険がある。


「関わるも何も先に関わって来たのは相手からですよね? 私の脳。お兄さんにインプラントを浄化してもらえなければ、どうなっていましたか?」


24時間の監視下におかれた上、いつでも洗脳信号により操り人形とすることが可能。さらにはいざとなれば自壊処分も出来るとあって、その取扱いは実験動物モルモットも同然。意思ある人間が実験動物と扱われては、腹を立てるのも当然というべきか。


「それに私は議員の娘。素人民間人ではありませんので、悪しからず」


議員といっても都議会議員。その権力が通用するのは都内だけ。北国どころか都内を出れば通用しないとは思うが……


「それですが、私の父は毎年、拉致被害者団体に寄付しています。父の名前を使えば団体の協力を仰ぐことも出来るでしょう」


それは……こう言っては何だが意外な事実である。何せ拉致被害者問題は国の問題。国会議員ならともかく、都議会議員が寄付した所で選挙に有利に働くとは思えず、おそらくは節税対策なのだろうが……


「私も不思議でしたが、今なら分かります。父が拉致被害者団体に寄付するのは、私の事件があったから。幸いにも私は1日で見つかりましたが、家族が行方不明から戻らない悲しみ。議員とは関係なく、1人の父としてそれが分かるから寄付するのです」


「それは……申し訳ない。失礼しました」


東堂先生が行方不明となった俺の捜索に力を貸してくれたのも、単に母と知り合いというだけでない。氷香さんの件があったからというわけか。


「お兄さんのお母さんが相談に来られた際には、北の脅威と拉致被害者問題について、こんこんと話し込んでいたのを覚えています」


……どうりで俺は北に拉致されたに違いないと母が鼻息荒く思い込むはずで、吹き込んだのは東堂先生だったか。


だが、まあ、氷香さんの言うとおり。いくら関わりたくないといってもすでに工作員の暗躍する今、インプラントの存在について知る俺たちが何もしないというわけにもいかない。


何せ今のままでは暴漢ナイフ男キム容疑者はただの病死。佐藤さんについては家賃の滞納からオーナーが失踪に気づいたとしても、すでに親類縁者のない身。ただの夜逃げとして残置物は競売にかけられ終了する。


つまりは完全犯罪の成立する今、このまま見逃しては悪事のさばる世紀末。日本社会は崩壊する。


まあ、癒し魔法のある俺。多少が崩壊した所で問題はないのだが……


俺の目的は癒し魔法を活用しての平穏無事な生活。であれば現代の社会秩序。なるべく維持してもらう方が都合は良いというわけで……


「そのためにはインプラントの存在。世間に明らかにする必要がある」


そうなれば後は警察なり公安なりの仕事。俺は今までどおり平穏無事に暮らせるというわけなのだが……


「オリオン・インプラントVer1.3。CTスキャンにもMRIにも映らないステルス性能を有しています」


「現状、確認するには俺の癒しスキャン。もしくは氷香さんのPSYアナライズが必要というわけだ」


当然ながらいくら俺たちが口にしようが、それは何の根拠もないオカルト話。「感じる。貴方に悪霊が憑りついています!」などといった所で単なる霊感商法。現実ではない案件、警察も公安も動くはずがない。


オカルトを現実にするには科学的根拠が必要。幽霊がいつまで経ってもオカルトなのは、科学的根拠が存在しないが故である。


「現代科学で確認するには、脳を切り開き目視するしかないでしょうね」


無理である。いくら俺が「こいつの脳。インプラントが埋め込まれてるっす! 切開して確認するっす!」などと言ったところで誰も信じず、妄言を述べる俺が精神病院に閉じ込められ終わるだろう。


これが死者であれば検死と称して解剖も出来るだろうが……


「現代の先を行く宇宙科学。外部から自壊信号を送るだけとは思えません。被験者の生命反応が消えると同時、自動でインプラントが自壊する仕組みがあっても不思議はありません」


元秘書、佐藤さんのインプラントが自壊しなかったのも、佐藤さんが生きたままインプラントを摘出したからと考えられる。


そうであれば俺の進言に従い死体を解剖してもインプラントは見つからず、ただ死者を冒涜する死体損壊罪。そうなっては精神病院ではない。今度こそ俺は逮捕され留置場送りとなるだろう。


悔しくはあるがインプラントを作った相手の科学力。現代科学の先を行くであろうことは認めざるを得ないというわけで……


「認めざるを得ないも何も、インプラントは宇宙人の作る宇宙科学の結晶。現代科学が敗北するのも当然です」


……だが、悲しいかな宇宙人の不幸は現代日本に俺がいた点にある。


「現代科学は敗北したとしても、異世界魔法は敗北していない」


癒し魔法の使い手にしてAランク冒険者である俺が異世界から戻り現代日本にいたその結果。生きたまま被験者の脳よりインプラントを回収。そのサンプルを手に入れることに成功している。


であれば、現代科学であっても手の打ちようはあるというわけで。


「氷香さんの手にする液体。インプラントの自壊した物だが、どのような成分になるのだろう?」


「私のPSYアナライズで分かるのは名称だけ。オリオン水銀。その成分までは分かりません」


オリオン水銀。まるで聞いた覚えのないその名称。

つまりは無色透明の水に見えて普通の水ではない。


手元にサンプルがあり答えは分かっているこの状況。後は最新テクノロジー機器を用いて入念に、徹底的に分析するなら何らかの特殊な成分が見つかるはずである。


「父の伝手で信頼できる研究室に預け分析してもらいます」


現在、ナイフ男キム容疑者の死因はただの脳出血。不審な点はないと検死は終了しているが……


オリオン水銀の成分が判明。再度、精密な血液検査を実施した結果、ナイフ男キム容疑者の血中からオリオン水銀と同じ成分が検出されたなら──


ナイフ男キム容疑者はただの病死ではなくなる。変死事件として捜査本部を設置させることも可能となるだろう。

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異世界でAランクヒーラーだった俺。現代日本に戻ったら超天才セラピストとして大活躍。人間国宝となりました。 くろげぶた @kuroge2022

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