第34話 「先輩。ニュース見たっすか?」

昨夜。氷香さんの高級タワーマンションで一晩を過ごした俺と母は、早朝に自宅へ戻る。その後、学生服に着替えてからの登校である。


「ママもおにいも急に外泊するとか何よ? おかげで昨日の夕飯。アタシはパパと2人でコンビニ弁当よ。もう最悪……」


一緒に登校する朱音あかねは昨日はクラブ活動。夏の大会に備えハードな練習だったこともあってグチグチこぼすが。


「まあまあ。たまにはコンビニ弁当も良いではないか。あれはあれで美味しいものだろう?」


「良いわけないでしょ! 何よ、あのスカスカ具合。あんなのパッケージ詐欺じゃない。育ち盛りの学生が足りるはずないんだから返金しなさいよ!」


返金も何も父さんのお金だろうし、食べ終えた後であれば無理である。


「で? おにいは晩御飯どうしたの? 氷香の家。議員なんだしご馳走だったんじゃないの?」


「まあ、その、松阪牛シャトーブリアンを少々……」


「? シャトーブリアンって何よ?」


「牛ヒレ肉の良い部分。ようは超高級ステーキというわけなのだが……」


「殺す……吐き出しなさいよ!」


などと朱音は俺の喉を締めるチョークスリーパー。いくら締めようが今さら吐き出しようもない上。


「待った、俺は一切れ食べただけ。主に食べたのはマメチャンだから」


さらにはヤク入り危険肉であったのだから、羨ましがられるようなものではない。


「はあ……それで、おにい。氷香に変なことしてないでしょうね?」


俺とて健全なる男子高校生。出来るものならしたいところであるが、氷香さんは朱音の友達。


「あくまで東堂先生へのお礼が目的で行っただけ。母さんも一緒なんだから何もしようがないぞ?」


「ふーん。まあ、そろそろ夏休みなんだし、少しくらいは仲を進展させなさいよ?」


これまでは友達に手出しされるのを嫌がっていたように思ったが……?


「だって晩御飯にシャトーブリアンなんでしょ? おにいと氷香で、私が氷香の義妹になれば私も毎日食べられるじゃない。なら、仕方がないじゃない」


あまり裕福ではない我が家の暮らし。そんな中、毎日がシャトーブリアンとなるチャンスがあるなら確かに仕方のないことであった。



学校に到着したその後、別クラスである朱音と別れ教室に入る。夏休みも間近で授業は半ドンとあって、クラス全員わいわい騒めきを見せていた。


「先輩。ニュース見たっすか?」


そんな賑やかなクラスで1人座席に座る俺に話しかけるのはクラス委員にしてマスコミ部の松田さん。


「おはよう。何のニュースだろうか?」


「昨日の夜、近くの公園でナイフを持った暴漢が逮捕されたってニュースっすよ!」


もしかして俺たちを襲ったナイフ男のことだろうか?


「もっとも暴漢がナイフで暴れるくらい令和じゃ当たり前って感じっすけどね? 逮捕されたその暴漢。金本 容疑者無職50歳なんすけど、取り調べ中に脳卒中で亡くなったそうなんすよ!」


「マジで?!」


「おおうっ!? 妙に食いつくっすね?」


ダボハゼの如く食いつくのも当然。何せ俺にも関係あるその事件。


「その公園。暴漢と一緒に倒れた女性もいたと思うのだが……どうなったのだろう?」


「なんすか? 知ってるんすか? 倒れていた女性は暴漢に襲われたんだろうってことで病院に搬送されたんすけど、外傷もなくすぐに退院したそうっすよ?」


「……ありえない」


俺が癒し魔法で治療したのだ。確かに外傷はないだろう。

だが、そんな癒し魔法でも治療できないほどに女性の脳は死んでおり、意識が戻るはずがないのだから退院できるはずもない。それが一体どういうことだ?


「まあ女性は退院したんすから今は後回しっすよ。それより問題なのは暴漢の方っす。取り調べ中に脳卒中って、そんな偶然あるっすかね?」


脳卒中とは、突然に脳の血管に障害が発生する症状をいう。

脳出血と脳梗塞とを合わせた死亡数は日本国内における死亡原因の上位に位置するため、暴漢ナイフ男が発症しても不思議はないが……


「何らかの陰謀を感じるっすよ。ボクのマスコミ勘がそう言ってるっす」


どうやら俺と同じ疑問を抱いた松田さん。脳にインプラントのある暴漢ナイフ男が都合よく脳卒中とは偶然に思えず、さすがはマスコミ部というわけだ。


「これ、警察が殴った弾みに死なせたんじゃないっすかね? 刑事ドラマでよくあるやつっすよ。お前がやったんだろう! 吐けってやつで、これは警察による隠ぺい工作っすよ!」


……言われてみればその可能性もあるか。

だが、昭和ならともかく令和のコンプライアンスの今、最も疑わしいのは脳のインプラントに思えるが……インプラントの存在を知らない松田さん。推理が誤った方向に進むのも仕方がない。


「マスコミ部にとって警察といった公権力は敵っすからね! 犯罪者の人権を守るためにも先輩も一緒に電話抗議するっすよ!」


「あー、いや。まあ、俺はリラク部の活動があるので……」


真相を究明しようという心意気は立派であるが、出来れば警察業務の邪魔にならないよう、お手柔らかに頑張って貰いたいところである。



半ドン授業も終わり放課後。リラクゼーション研究部の部室で腰かける俺の前。ガチャリ。ドアが開き部員である氷香さんが入室する。


氷香ひょうかさん。昨日の公園の事件。ニュースを見ただろうか?」


松田さんから仕入れた最新情報を披露するべく問いかける俺であったが。


「昨晩のナイフ男。通名を金本 金男。生活保護を受給する無職50歳で本名をキム キムヨル。北国の人間です」


マジかよ? 最新ニュースを披露するはずが、氷香さんの口から飛び出るのはまるで俺が知らない情報。


「だが、北国の人間であると。そのような話は初耳なのだが?」


「犯罪者の人権に配慮して、ニュースでは国籍や本名が報道されないことも多いですから」


できれば被害者の人権にも配慮して貰いたいところであるが……


何せ行方不明となった俺の情報。公開捜査の都合から顔や名前を報道するのは当然であるのだが、小学校や中学校の卒業アルバム、試験成績、交友関係やあだ名、趣味や将来の夢などあらゆるプライベートを公開、報道されたように思えるわけで。まあ、行方不明となったお前が悪いと言われればそうであり文句を言えた義理はないのだが……


「だとしても氷香さん。ニュースで報道されずマスコミ部である松田さんよりも詳細なその情報。いったい何処から入手したのか?」


「もちろん父である東堂議員です。可愛い1人娘が頼むのですからすぐに調べてくれました」


逆を言えば議員が動かなければ表に出て来ない情報ということ。


「取り調べ中のキム容疑者が突如、鼻から血を吹き出し倒れたため病院へ搬送するも、搬送中に死亡。大学病院での検死により脳の血管が破裂した脳内出血が死因であると。脳卒中による病死であると確認されました」


「脳内出血ということは脳を解剖したのだろうが……ナイフ男の脳にあるインプラントはどうなったのだろう?」


脳にあるインプラントの直系は約1センチ。脳を調べるなら気づかないはずはないのだが、まるで話題に出ないのはどういうことだ?


「念のため確認しましたが、脳出血で溢れた血が多く目立つ程度。他に何も異常はないとのことです」


「……ありえない」


俺の魔法、癒しスキャンでナイフ男の脳にインプラントがあることを確認している。それがきれいさっぱり何も見つからないなど……


「本当に検死結果に間違いはないのだろうか?」


「それですが、これを見てください」


氷香さんが差し出すのは、透明容器に入れられた何らかの液体。


「昨晩、お兄さんが元秘書の脳から回収したインプラント。朝になればこのような液体になっていました」


「!?」


無色透明。見た目はただの水に見えるこれが元はインプラントだと。金属だったというのか?


「水銀などの液体金属は、普段は液体ですが条件により固体に変化します。それと同様、普段は固体金属でありながら条件によって液体に変化する。そのような未知の物質。私たち人類が知らないだけで宇宙に存在しても不思議はありません」


検死では、脳出血で溢れた血が多く目立つとあったが……


「脳に埋め込まれたインプラントが液体に変化、脳出血で溢れた血に混ざるなら検死の目も誤魔化せると。そういうことか?」


「インプラントの機能に自壊処理の実行とありました。自壊した結果が今の液体なのでしょう」


ナイフ男の脳にあるインプラントへ自壊信号が送られる。

自壊信号を受信したインプラントは脳の血管を切断。脳出血を装い病死させると同時、インプラント本体は液体化。脳出血に紛れその姿を消滅させる。


「それなら溢れた血が多いというのも一致するが……もしもそれが本当ならナイフ男あらためキム容疑者は病死ではない。殺害されたということになる」


「証拠隠滅の口封じ。病院からは脳死で身動きできるはずのない元秘書。名前を佐藤と言いますが、彼女の姿が消えたのも同じ理由でしょう」


「そう! それだ。元秘書、佐藤さんか。ニュースではすでに病院を退院したということだが、どういうことだ?」


彼女が脳死であることは俺が確認している。Aランク癒し魔法を操る俺が診断を誤るはずもなく、自力で退院できるはずがない。


そもそもが被害者として事件に巻き込まれた可能性のある人間。仮に本人が歩いて帰るといって、警察が事情聴取もなく解放するだろうか?


「父に確認したところ退院したというのは方便。実際はその夜、担当刑事が目を離す隙に姿を消したそうで、病室には退院すると書き置きが残されていたそうです」


刑事の目を盗み、何者かが連れ出したというわけか。だとするなら退院ではない。事件性があるように思えるが……


「その時間、何故か防犯カメラはジャミングされたかのように砂嵐だけが映っていたそうです。家族親族のない佐藤さんに捜索願いが出ることもなく、無理矢理連れ出された証拠もない。失態に触れられたくない警察としては、このまま退院とするでしょう」


ナイフで暴れる暴漢は病死。公園で倒れる女性に外傷はなく自分で退院したとなれば、警察がこれ以上に捜査することもない。


「ですから捜査打ち切りの前に議員である父の横やりで調べてもらいました。まず、父が採用時の履歴書によれば佐藤さんの出生は日本の東北地方。早くに家族親族を失い天涯孤独の身で上京したとあります」


誰も知り合いのない都会。1人で上京して就職するのだから頑張り屋さんだったのだろうが、いったい何がどうなったのか?


「佐藤さんが自宅に帰っていないか警察の方に訪問してもらいましたが、マンションに佐藤さんの姿はなく、帰って来た形跡もないそうです」


どう考えても自分で退院したのではないのだから当然。


「ただ、室内にはおよそ似つかわしくない品物が1つ。北国に関する写真が、壁に総書記の写真が飾られていたそうです」

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