第33話 「私の脳にインプラントを埋め込んだのは、宇宙人です」

「私の脳にインプラントを埋め込んだのは、宇宙人です」


宇宙人とはつまりは地球外知的生命体。

いきなりそのような荒唐無稽な与太話。頭にアルミホイルを巻いた方が良いのではないか? そう笑い飛ばしたいところであるが……


「それはPSYアナライズで分かったことだろうか?」


「いえ。このインプラント。すでに壊れ機能を停止しているため、これ以上の詳細は分かりません」


無理矢理に脳から取り外したのが原因だろう。だとするならインプラントが宇宙人の物であるというのは、ただの推測。だとしても……


「精密検査でも見つからないインプラント。そして被験者に気づかれず短時間で脳に埋め込む医療技術。これが宇宙人の仕業でないなら何だと言うのですか?」


元秘書の脳から回収したインプラント。X線やCTスキャンといった精密検査でも発見できないのだから、現代科学とは次元の異なる科学力。


そして氷香さんが行方不明となったわずか1日で脳にインプラントを埋め込み、一切の後遺症を残さないだけの医療技術。確かに宇宙人の仕業としか思えない仕業である。


「だが、仮にインプラントが宇宙人の仕業であるなら、問題は何故? いったい何が目的で宇宙人はインプラントを脳に埋め込んだのか?」


先ほど氷香さんが読み取ったインプラントの情報。対象の位置情報の取得、送信。五感情報の取得、送信といった機能があるようだが……


「私は自分の超能力が何なのか? それを調べるため各種オカルト番組や雑誌を見て研究した時期があります」


……調べるのは結構なことだが、何故にオカルト方面に走るのか?


「その結果、宇宙人がインプラントを埋め込むのは、地球人の生態調査が目的とありました」


先日のテレビニュース。増加する熊被害を調査するため、熊にカメラ付きGPS首輪を取り付けると放送されていた。これにより熊の行動範囲を調べると同時、熊が今どこで何をしているのか? 24時間リアルタイムで監視できるという。


他にも絶滅が危惧される珍しい動物の生態調査に活用されるというが……


「宇宙人から見れば私たち人間。さぞかし珍しい動物ではないでしょうか?」


実際、これまで氷香さんに何の実害もないのだから生態調査というのも納得はいく。位置情報にくわえて視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった五感情報まで読み取れるのだから、動物園のパンダをも超えるVIP待遇。


「私の五感は宇宙人に監視されていた。そうなるわけですか……」


嫌な顔をする氷香さん。まあ24時間、監視されていたと言われて良い気分となるはずがない。


「氷香さんがインプラントを埋め込まれたのは10年前。監視するにも最初だけ、とっくに飽きて監視は止めているだろう」


まあ、監視するのが俺であれば美少女JK。10年だろうが20年だろうが飽きることなく監視を続けるが。


「それに元秘書やナイフ男から分かるようにインプラントが埋め込まれた人間は他にもいる。いちいち1人1人の五感を詳しく調べることはない」


まあ、監視するのが俺であれば元秘書やナイフ男など放置して、美少女JKに絞って調査するが。


「……お兄さん。私を安心させようとするのか、不安にさせようとするのか。どちらかにしてください」


俺が口にするのは安心させようという内容だけ。脳内で想像するだけの内容、勝手に読み取り文句を言われても困るというものである。


「ですが、これで私がPSYアナライズを。超能力を使える理由が分かりました」


「そうなのか?」


「以前に私が見たUFO特番。身体にインプラントを埋め込まれ超能力に目覚めたと主張する少年がスプーン曲げを披露していました。もっとも、その少年の言う内容は全て嘘でしたが……」


「いや。嘘なら駄目ではないか?」


「その少年は嘘でしたが、宇宙人に誘拐されインプラントを埋め込まれ超能力に目覚めるというのは、UFO特番やオカルト雑誌の基本です。オカルト界の都市伝説ともいえるこの逸話。どうして生まれたのでしょう?」


嘘八百なのが当たり前のオカルト情報とはいえ、火のない所に煙は立たぬ。都市伝説の中には真実の情報が混じっていても不思議はないというわけで……実際、北による拉致事件。過去には都市伝説や陰謀論と一笑に付されていたこともあるのだから。


「だとしても……おそらくは超能力。誰にも発現するわけではないように思える」


「それはどうしてですか?」


「同じく脳にインプラントのあるナイフ男。何の超能力も有しないただの操り人形であった」


くわえて氷香さんの超能力に対して、元秘書はこう言っていた。

貴重なサンプルだと。金になると。


「インプラントを埋め込んだ全員が超能力を発現するなら、氷香さんのPSYアナライズ。貴重でも何でもなくなる」


人間の脳には未知の部分が多いという。何処を刺激すれば何がどうなるのか? おそらくは宇宙人にも分からず、氷香さんの場合は偶然にもインプラントがPSYアナライズを発現する補助になったというわけで。


「インプラントを埋め込む目的の1つに、超能力の研究があるのかもしれないな」


「ですが、それならなぜ私が放置されていたのでしょう?」


「それこそ言ったように氷香さんのインプラント埋め込みは10年前。とっくに監視対象から外れていたのだろう」


どちらにしろすでに氷香さんの脳からインプラントを除去した今。今後、インプラントを通じて氷香さんを監視することは不可能。


そして現在、氷香さんの超能力を知るのは元秘書とナイフ男の2人だけ。2人が誰にも情報を漏らさないならこれ以上、面倒ごとに巻き込まれる心配もないというわけだが……


「元秘書に仲間がいるのは確実です。貴重なサンプルで金になる。つまり、捕えた超能力者を引き渡し、報酬を貰える相手がいるということです」


問題はその相手がいったい誰なのか?

本当に宇宙人なのか? それとも国や企業なのか?


「……脳死となった元秘書から情報を引き出すことはできるだろうか?」


「PSYアナライズは頭に思い浮かべる内容を読み取るだけ。意識のない相手から読み取ることはできません」


となると残るは逮捕。留置場送りとなるだろうナイフ男であるが……


「PSYマリオネットに操られ、ごごご。と暴れた氷香さんだが、操られるその間も自分の意識はあったのだろうか?」


「……何ですか? 嫌味ですか? 私に首を絞められたことを根に持っているのですか?」


嫌味でもなければ、根に持っているわけでもない。

明らかに洗脳状態にあるナイフ男。例え留置場で接見したとして、まともに会話できるとは思えず、情報を引き出すにはPSYアナライズが頼りとなるのだが……


「操られる間も意識があるなら、PSYアナライズで思考を読み取れるだろうと思い確認したのだが……」


「それならそうと言ってください。回りくどい言い方は嫌われます」


氷香さんもたいがい回りくどい言い方をする気がしないでもないが……


「操られる間のことは覚えていますが、その間、私の頭にあったのは殺せという命令だけ。ナイフ男の頭をアナライズしたところで、似たような結果となるだけです」


うーむ。あれも駄目これも駄目とPSYアナライズ。正直たいした超能力ではないのではないか?


「何ですか? お兄さんの煩悩。世間一般に言いふらされても困らないと。そういうことですか?」


……脳死に洗脳。相手が悪かったのだから仕方がない。PSYアナライズは悪くない。


「だいたいですね。私の超能力PSYアナライズはCランク。まだ成長途上なのですから仕方ないでしょう?」


言われてみれば確かに。

俺の癒し魔法。今でこそAランクとなり骨折だろうが内臓破裂だろうが癒せるが、Cランクの頃は赤チン程度の効能でしかなかったのだから。


「まあ、要はナイフ男が正気に戻れば、思考を読み取れるというわけだ」


「……ですが、洗脳から正気に戻るでしょうか?」


元秘書の超能力PSYマリオネット。氷香さんやナイフ男は洗脳できても、俺やマメチャンは洗脳できなかった。


「つまりPSYマリオネットが洗脳できるのは、脳にインプラントのある相手だけ」


そして、氷香さんが読み取ったインプラントの能力に、洗脳信号の受信、実行とある。


「洗脳自体はインプラントの能力。PSYマリオネットは、インプラントの洗脳スイッチをONにする能力ということだ」


PSYマリオネットを使う元秘書が脳死したにも、洗脳が解除されないのも。インプラントを除去することで氷香さんの催眠が解放されたのも。どちらもそれが理由というわけだ。


となると洗脳を解除するには、洗脳スイッチをOFFとする信号を送信すれば良いのだが……


「どのような信号かも分からなければ、PSYマリオネットも使えない私たちには無理ですね」


残るは氷香さんの時と同じ。浄化魔法でインプラントを除去する方法だが……


「無理だな」


留置場での接見。当然、ガラス越しでの接見となるだろうが、脳内のインプラントを除去するには癒しと浄化の二重詠唱。直接触れての詠唱でなければ無理である。


「となりますと後は警察が調べるのを待つしかないですね」


今は21世紀の科学捜査の時代。2人の身元さえ分かれば、そこから2人の年齢、職業、出身地、学歴、交友関係などなど。時間はかかるが、地道な捜査で2人の仲間となる存在も明らかになるだろう。


ただ……気になるのはインプラントの機能としてある緊急時の暴走行動、自壊処理の実行。


当初は懲戒解雇に対する恨みで行動する元秘書であったが、俺の攻撃を受けて気を失って以降、自意識を失い無茶苦茶に暴れるだけとなっていた。


おそらくはあれが緊急時の暴走行動。緊急時という位なのだから、インプラントが自動で何らかの信号を送信しても不思議はない。そして自壊処理とは何なのか? 


気にはなるが、明日、2人の状況について東堂先生から警察に確認してもらうこととして、俺たちは話を終えた。



同日、夜。警察署内の取調室。

公園でナイフを手に暴れる男を捕えた刑事が尋問する。


「あんた名前は? なんでこんな暴れたの?」


「ぎぎぎ」


だが、刑事の尋問にも男の答えはまるで要領を得ない。


「あのねえ。そういう頭のおかしな振りすれば無罪になると思ってるの? あんたの持ってたナイフ。刃渡りが10センチもあるのよ。銃刀法違反なのよ。どうやっても無罪にならないからこれ」


「ぎぎぎ」


懇切丁寧な説明にも男の態度は変わらない。


「はあ……おい。念のため警察医に連絡してくれ。一応は診て貰わんと後で市民団体に何を言われるか分からんからな」


部下に警察医の手配を頼むその最中。


「ぎぎぎ……ぐあああ!」


突如、男が絶叫を上げる。


「なんだ!? どうしたんだ?! おい! 大丈夫か?」


白目となり口から泡を吹く男の姿。慌ててて男の身体を確かめる刑事だが。


「……息をしていない。おい! 警察医はまだか?!」


その後、到着した警察医により男の死亡が確認された。

死因は脳梗塞。病死であった。



同日。公園で倒れる意識不明の女性が運び込まれた病院。


一通りの検査の結果、外傷もなく命に別状はないとのことで、翌日に脳も含めた精密検査とするべく入院措置となっていた。


事件性のあることから病室に刑事が1名、夜通し詰めるその翌日。病室を訪れた看護師により眠りこける刑事の姿が。そして病室から女性の姿が消えていると警察に連絡があった。


その際、病室には「体調が戻りましたので自宅に帰ります。ご迷惑をおかけしました」と書かれたメモ書きが残されていたという。

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