第32話 「公園の2人。どうなると思います?」

ウーウー


「うむ? 何か外が騒がしいようだね?」


高級タワーマンションの最上階、氷香さんの自宅に帰り着いた俺たち。新秘書とのイチャコラは終わったのか、リビングには東堂先生の姿があった。


「マメチャンとの散歩の間も何かパトカーが走り回っていました。近所で事件があったようで不安です」


「ふむ。警察署長とは知り合いでね。後で確認してみるとしよう」


しれっと答える氷香さん。そのまま続けて父に質問する。


「お父さん。私って過去に大きな手術をした記録はありました?」


「うむ? なんだ藪から棒に? 幸いお前は大きな怪我も病気もなく育ってくれたが……どこか調子が悪いのかね?」


「いえ。学校の健康診断で、過去の手術歴を書く必要があるだけです」


氷香さんと東堂先生が話す間、俺はリビングを通り抜け母のいる客間へ。


「まあ。ヒロくん。大丈夫だった? パトカーの音が聞こえて心配してたのよ!」


「マメチャンも一緒だったし大丈夫だよ。少し氷香さんと話してくるからマメチャンお願い」


「あらあ。東堂先生の娘さんと仲良しさんになったのねえ。ママも嬉しいわ。それじゃマメチャンは邪魔しないようにママといようね」


散歩から帰ったマメチャンを母に預けた俺は客間を出ると氷香さんの部屋へ。コンコン。ノックの後、氷香さんに促されて椅子に腰かける。


室内の机には元使用人にして新しく秘書となった女性が用意してくれたのだろう。コーヒーの入ったカップが2つ置かれていた。


「公園の2人。どうなると思います?」


「銃刀法違反。くわえて駆け付ける警官相手にもナイフを振るうなら公務執行妨害。どちらにせよナイフ男は逮捕され、警察の注目はそちらに集まるだろう」


警官相手にナイフを振るうような危険人物。当然、その隣に倒れる元秘書についても、ナイフ男の仕業を疑うだろう。俺たちまで捜査の手が及ぶ可能性は低いというわけで。


「氷香さん。これが何か分かるだろうか?」


俺は机の上。元秘書の脳から取り出したインプラントを置いた。


見た感じは銀色に輝く金属片。直系は約1センチ。何の金属でできているのか固い手触り。


「……もしかしてこれが私の頭にも……?」


嫌な物を見るかのように目を細める氷香さん。


「氷香さんの脳にあった物は俺が浄化したからもう存在しない。これは元秘書の脳にあったものだ」


そろそろとインプラントを手に取る氷香さんだが。


「何も読み取れません。公園で2人をアナライズした時と同じ。ジャミングされる感覚があります」


手に取るインプラントを除菌ティッシュで拭き取る氷香さん。そのままパクリ。口に含んだ。


PSYアナライズ。触れるより舐めた方が鑑定精度は高くなるというが……


「名称は、オリオン・AI・インプラントVer1.3。機能として、オリオンAI搭載。対象の位置情報の取得、送信。五感情報の取得、送信。脳内記憶領域の読み取り、送信……」


インプラントを口に読み上げる氷香さん。その内容に含まれるのは物騒なものばかり。


「人間の脳にインプラントを埋め込むか……」


頸椎を損傷した患者に対する最先端医療として、脳にインプラントを埋め込む研究が進んでいるとニュースで聞いた覚えはあるが……


「……洗脳信号の受信、実行。緊急時の暴走行動、自壊処理の実行……」


実際は研究どころではない。インプラントの埋め込み技術は完成、すでに実行に移されていたというわけか?


「いえ……少なくともまともな医療技術ではないですね」


俺が現代日本を留守にする2年間。現代医療はそこまで進んでいたかと思えば、どうやらそういうわけでもないようで。


「私に手術歴がないのは先ほど父に確認しました。それが、私の脳にインプラントが入っていたのですから、まともな医療のはずがありません」


PSYアナライズ。氷香さんの前で嘘は通じないのだから東堂先生の言う手術歴がないのは本当。となると脳のインプラント。いったい何時、誰が埋め込んだのかとなるわけだが……


「元秘書が言うには、氷香さんは過去に行方不明となった記録があると言っていた。本当だろうか?」


「……覚えがありません」


元秘書は10年前と言っていた。氷香さんが6歳の頃の記憶。覚えていないのも無理はないが……それなら行方不明の件。先ほど東堂先生に聞いてみれば良かっただろうに。


「父が私に話していないということは、私には聞かせたくない事件ということです。いくら他人の心が読めるといっても、それをズカズカ読み取るのは失礼です」


そう言う氷香さんだが、その声はわずかに震えていた。今も心のどこかに残る恐怖心。思い出したくないという防衛本能から聞くことができなかったのだろう。


「ただ……私を抱きしめる父と母が随分と泣いていた。そんな光景を覚えています。あれがそうなのでしょう……」


曖昧な記憶ではあるが行方不明事件はあった。そう判断して良いだろう。となれば。


「脳にインプラントが埋め込まれたのは、行方不明となったその時だ」


氷香さんのインプラントは、お父さんも知らない間に埋め込まれた。

だが、脳にインプラントを埋め込むなど短時間で行えるものではない。丸1日は必要となる大手術。それがいつかといえば、当然、行方不明となったその間をおいて他にない。


「……はい」


すでにインプラントを除去した今。頭に痛みなどないはずが、嫌な記憶を振り払おうというのか。頭を抑える氷香さん。


残る問題はいったい誰がインプラントを埋め込んだのかだが……


「……最初、お兄さんに会ったその日に言いましたよね? 私が他人と異なるのは。私が超能力を使えるのは、きっと私が宇宙人だからだと」


確かにそんな話をした覚えがある。その流れで魔法を使える俺を宇宙人であると。そう疑う氷香さんが我が家を訪れたのが仲良くなるきっかけとなったわけだが……


「私の脳にインプラントを埋め込んだのは、宇宙人です」

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