来週また、午前に
チャガマ
来週また、午前に
深夜2時。コンビニまでの道のり。イヤホンから流れる音楽は静かに愛を叫ぶ。愛って何よ。そう問いかけている。アンサーは歌詞の中にはない。
冷え切った夜空を外灯が照らしてる。1月25日の夜。わずかに雪の残る道をブーツで踏む。ずれたマフラーを巻き直す。こういうとき、ワイヤレスイヤホン買っておいて良かったと思う。紺色の分厚いコートについているポケットに手を入れる。ポケットにあるスマホが重いし、冷たい。すぐに手を取り出して、両手ですり合わせる。
吐く息が白い。時折、白い息は速度違反した車のスピードに流されて後ろへ行く。ブーツの中の指先が冷えて悴んできた。早く家の炬燵に入りたいと思う。
耳の中で愛の歌が終わる。次に流れたのは、ヘタレの失恋ソングだった。君は僕のものじゃない。そう嘆いている。それだけ。
最寄りのコンビニは閑散としていた。このコンビニは人の出入りが少ない。休日になると不良がたむろしているらしいから、母さんにはあまり近づくなって言われてるけど、そんなのは気にしない。早足にドリンクコーナーへ行く。緑色のカゴを取り、天然水、そこから別の棚に移ってドリップコーヒーのパックをカゴに投げ入れる。そのままレジへ。
「レジ袋は――」
「要らないです」
会計を手短に済ませてコンビニを出た。コーヒーのパックはそのままコートのポケットに突っ込んだ。右手に水を持って歩く。
耳の中では失恋ソングはとうに終わっていて、わがままな女性の歌が流れていた。私を愛して欲しい。そう願っている。
静かに鍵を開ける。親に黙って家を出たこともあって、ばれると面倒だ。慎重にドアを開ける。ドアが音を立てないよう取っ手を持ながらゆっくりと閉める。
「ただいま……」
ぼそりと、呟くだけ。どうせ誰も聞いてない。イヤホンを外してコートのポケットに入れる。明かりもつけないまま居間をするりと抜けて、洗面所へ。コートをハンガーにかけて、洗面所のドアの縁に適当にぶら下げる。
少しだけ水を流して手を洗い、軽めのうがいをする。手を拭こうとしたら手拭き用のタオルがいつものところに掛かっていなかった。新しいタオルを出すと親にばれるかもしれない。適当にティッシュを二、三枚とって適当に拭いた。鏡に映る私、目に被さるように長く伸びた前髪。そろそろ整えなきゃいけない、と思う。
台所に行って、天然水でお湯を沸かす。水道水を使っても良かったけれど、やっぱり天然水の方が良い。単に印象や雰囲気の問題なような気がするけど。コトコトッと小さなやかんが音を立てたらすぐに火を消す。
私はパックをコートのポケットに入れっぱなしにしていたのを思い出して、また洗面所へ。ポケットからパックを取るついでにスマホとイヤホンも取り出しておいた。光るスマホの画面は、よく知らないバンドのラップが流れているのを示していた。
パックを取りつけたカップにお湯を注ぐ。まずは少量、少し時間をおいて蒸らしてからコトコトと注いでいく。黙ったまま食器棚に背を預ける。ヴーと何かが動いている音がする。
家の中なのに私の手先は悴んで赤くなっている。はぁ、と両手に息を吹きかける。白い息はでないけれど、ほんのりと暖かい。
今、家の中で台所だけが明るく、暖かい。イヤホンを耳につける。
ラップは終わって、憂鬱な日々の歌が流れていた。何もしていないのに朝日が昇る。そう当たり前のことを歌っている。
「勝手に、憂鬱がっちゃってさ」
コーヒーパックをゴミ箱に捨て、やかんも元の場所にしまう。カップを手に取り、電気を消して二階に上がる。ゆっくりと、階段の段を擦るような足取りで、静かに。
私の部屋についてようやく電気をつける。白くて小さい円形テーブルの上に通信制の教科書が重ねられて置きっぱなしになっていた。カップをテーブルの端に置き、積まれた教材を床に移動する。
スマホに充電器を差す。ベッドに腰かけて、ピンク色のクッションを抱きかかえる。コーヒーにゆっくりと口をつけると、じんわりと体が暖まって、逆に脳は冴え冴えとしてくる。部屋の電気を消す。ここからはスマホの明かりだけで十分。私はベッドの上で三角座りをしながら掛布団を体に巻き付ける。
カップに手を付けながら、ぼんやりと時を待つ。月光がカーテンの隙間を差すように時折部屋に差し込んでくる。布が擦れる音しかしない部屋の中で、私の耳の中ではどうあがいても叶わない愛の告白が流れている。さようなら、私の愛しい人。
スマホが震えた。私はすぐに緑のボタンを押す。
「もしもし?」
『もしもし? ごめん。夜遅くに。寝てた?』
「大丈夫。まだ起きてたから」
『へぇ、何してたの?』
「え、何してたのって……あ、宿題やってたの。ちょっと週末に課題が沢山出てね」
「うん、うん。また残業? 毎日大変だね」
「うん。大丈夫。私は、明日何もないから、うん。起きてても、大丈夫」
「次……いつ会えるかな?」
「うん。またね」
午前5時24分。
両親はまだ起きてない。
来週また、午前に チャガマ @tyagama-444
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。来週また、午前にの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます