「という小説を書いてみたんだけど、どうだろう!」

 物語の世界を楽しんでいた颯太そうたがスマホから顔を上げると、目の前の青年――れんが明朗に言い放つ。その目は感想を求めて爛々らんらんと輝いていた。

 颯太たちのいるファミレスは、東京湾を臨む港町にあった。海辺は埋立てが進み、風情ある街並みもとうに姿を消した。近世の面影などまるで残っていない寂れた地方都市だ。

 颯太はグラスに入ったグレープジュースを一口飲んでから言う。

「っていうか登場人物の颯介と蓮太郎って、颯太おれおまえじゃん。まんまじゃん」

「そのまんまではないよ。もしかしたら俺たちのご先祖様に、こういう物語があったかもしれないって話」

 蓮は、自分の書いた小説と父祖の歴史に想いを馳せながら熱く語る。昔語りを聞き、史料を調べ、この物語を書きあげたのだ。対する颯太は少し気怠そうに答えた。

「あー、あったね、そういう言い伝え。でも、それって流れ着いた親子を弔ってやったていう話だろ。塚もそのまんま“親子塚”って言われてるし。別に人魚じゃなくない」

 親子が眠るという塚は、海に面した小さな金毘羅宮の一角に祀られている。地蔵や石灯篭と同じ並びにあるが、それらと違い由来を説明する看板はない。参詣者が訪れたとしても、ほとんどが気にも留めないだろう。

 蓮はコーラを一気に飲み干すと、果敢に食い下がる。

「現代に伝わってないだけかもしれない。もう何百年も経ってるし、今更人魚じゃなかったなんて証明できないだろ」

「悪魔の証明かよ。そもそも江戸で起きた出来事ちょっとファンタジーすぎね?」

「でも正禄しょうろく九年に両国で竜巻が発生して見世物小屋が被害を受けたっていうのは史料に書いてあるし」

「それはもう『お七という名前の娘が放火し処刑された』っていう一文で吉三との恋愛話を書くようなもんなのよ」

 ドリンクバーのジュースを飲みながら、二人のじゃれ合いは続く。

 果たして、弔われた親子は人魚だったのだろうか。颯太や蓮の祖先にはどのような物語があったのだろうか。真実を知る者は、この世に誰一人としていない。



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薄荷の煌めきに何を見る 十余一 @0hm1t0y01

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