四
「という小説を書いてみたんだけど、どうだろう!」
物語の世界を楽しんでいた
颯太たちのいるファミレスは、東京湾を臨む港町にあった。海辺は埋立てが進み、風情ある街並みもとうに姿を消した。近世の面影などまるで残っていない寂れた地方都市だ。
颯太はグラスに入ったグレープジュースを一口飲んでから言う。
「っていうか登場人物の颯介と蓮太郎って、
「そのまんまではないよ。もしかしたら俺たちのご先祖様に、こういう物語があったかもしれないって話」
蓮は、自分の書いた小説と父祖の歴史に想いを馳せながら熱く語る。昔語りを聞き、史料を調べ、この物語を書きあげたのだ。対する颯太は少し気怠そうに答えた。
「あー、あったね、そういう言い伝え。でも、それって流れ着いた親子を弔ってやったていう話だろ。塚もそのまんま“親子塚”って言われてるし。別に人魚じゃなくない」
親子が眠るという塚は、海に面した小さな金毘羅宮の一角に祀られている。地蔵や石灯篭と同じ並びにあるが、それらと違い由来を説明する看板はない。参詣者が訪れたとしても、ほとんどが気にも留めないだろう。
蓮はコーラを一気に飲み干すと、果敢に食い下がる。
「現代に伝わってないだけかもしれない。もう何百年も経ってるし、今更人魚じゃなかったなんて証明できないだろ」
「悪魔の証明かよ。そもそも江戸で起きた出来事ちょっとファンタジーすぎね?」
「でも
「それはもう『お七という名前の娘が放火し処刑された』っていう一文で吉三との恋愛話を書くようなもんなのよ」
ドリンクバーのジュースを飲みながら、二人のじゃれ合いは続く。
果たして、弔われた親子は人魚だったのだろうか。颯太や蓮の祖先にはどのような物語があったのだろうか。真実を知る者は、この世に誰一人としていない。
薄荷の煌めきに何を見る 十余一 @0hm1t0y01
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