第4話 置き土産

 キツネうどんを食べ終わると、私は人間界に戻ることにした。狐太郎とコンちゃんが神社に通じる扉まで送ってくれることになった。扉に通じる薄暗い道を歩きながら、私は狐太郎に尋ねる。

「狐太はさ、何でさっさと魔界に帰ってまったの?私と同じように、大学卒業までは人間界におるもんやと思っとったのに」

 狐太郎はちょっと笑って、うーんと伸びをしてから話し始めた。

「僕もね、ちょっと想定外やった。百合姉ちゃんも蘭姉ちゃんもすごく可愛がってくれて楽しかったで、もっとおりたかったよ。でも、そうもしてられんくなった」


 最初に違和感を覚えたのは母上だった。狐太郎と緋呂狐は、どうしてこんなに頻繁に魔界へ遊びに来られるのだろう。2人に会えることはとても嬉しいけれど、回数が多すぎる。人間界で不審に思われたら困るではないか。それで、父上に苦言を呈したのだ。扉を支配していたのは父上だったから。すると、父上が意外なことを言った。

「えっ…。君が2人を来させていたのではなかったのかい?」

「違いますよ。扉を管理しているのはあなたでしょう」

 そこで初めて気がついたのだ。双子の子供たちが自分自身の力だけで扉を呼び出し、それを開閉出来ているということに。それでも、大したことではないとたかをくくっていた。2人分の力が働いているためだと考えたからだ。扉にもっと複雑な魔力を持たせれば問題ないと思った。しかし、扉にどんな難解な仕掛けをしても、双子たちは、軽々と扉を開ける。これには、いつも能天気な父上も、ちょっと問題かもしれない…と深刻にならざるを得なかった。

 しばらくの間、2人の様子を用心深く観察する日々が続いた。そして、ついに真相にたどり着いた。扉を呼び出して開閉していたのは、双子のパワーではなかった。全て、狐太郎ただ1人の力によるものだったのだ。あんな小さな子供に、強力すぎる魔力が宿ってしまった。それ自体は喜ばしいことであるが、幼くて経験の少ない子供には荷が重いだろう。まだ、コントロールする方法をよく知らないのだから。誤って人間の目の前で力を披露してしまっては大ごとだ。


「だから、留学を切り上げることになったんや。本当は、すぐにでも戻って欲しいと言われたんやけど、そこは粘った。自分なりに工夫して、魔力は抑えとった。いつも用心しんとあかんかったで疲れることもあったけどな」

 キツネ族が、人間界での留学を終えて魔界に戻る時は、自分に関する記録と記憶をすっかり消し去ることが決まりになっている。狐太郎は、留学先の滝川家のアイドルだったから、それはとても寂しい事だっただろう。

「本当はさ、滝川家のみんなには、僕のことをずっと覚えとって欲しかったよ。でも、それは叶わん願いやってわかっとったで。だからさ、僕はあの家の庭にラベンダーを植えたんや」

「滝川一家が僕をすっかり忘れてしまうことを、僕があまりにも悲しがるもんやで母上が教えてくれた。【置き土産】という奥の手を使いなさいと。魔力を使わずに作った物は、出どころは忘れ去られてもモノ自体は残るって。あの家は、みんな庭いじりが大好きなんや。上手にお手入れしとるよ。でも、園芸には虫が付きものやろ。蚊に刺されたり、蛾が寄って来たり…。百合姉ちゃんと蘭姉ちゃんは、いつもキャーキャー言って嫌がっとった。だから、綺麗で、いい匂いがして、虫除け効果のあるラベンダーを、種から苗を育てて、あの家の庭に植えたんや。置き土産として。僕のことは覚えとらんでも、僕の育てたラベンダーが滝川家の庭から虫を遠ざけとる。そう考えるとすごく嬉しいよ」


 知らなかった。狐太郎が突然いなくなった背景に、そんな事情があったなんて。そういえば、狐太がいなくなってから、私は1人の力で扉を呼び出すことは1度たりとも出来なかった。ひょっとして、私にはキツネ族としての魔力が備わっていないのだろうか?

「そんなことあらへん。緋呂にだって力はある。今日は、それをちゃんと証明できとったよ。一瞬でコニシのうどんの好みを言い当てたやろ?あれには、父上も母上も感心しとった。狐の面も一撃で仕留めたしな」

「そうなんや。良かった、安心したわ。それはそうと、狐太、置き土産の話は知らんかった。初めて聞いたわ。教えてくれてありがとうね。私も、何か残したいな」


 扉の前に着いた。それを開けたら、いつもの神社に戻る。人間界に帰る前に、これだけは言っておかなくては。

「コンちゃん、あなた、本当は狐太と私の弟なんでしょう?」

 コンちゃんは、驚きのあまり目がまん丸くなってしまった。そして、ゲホゲホとむせ始めた。狐太は、そんなコンちゃんの様子を見て笑いをこらえて震えている。

「ヒ、ヒロコちゃん、いつから気付いてたの?」

「いつからかなぁ…。よくわからないけど、何だか、父上も母上も狐太も、コンちゃんのことをすごく可愛がっているように感じたの。それに…」

「それに…?」 コンちゃん、探るような眼差しで私を見上げる。

「コンちゃん、あなた、性格が父上にそっくりよ!」

「ひゃあああ…」 頭を抱えるコンちゃん。爆笑する狐太。

 じゃあ、2人とも、またね。


「ただいま」

「ヒロコ姉ちゃん、お帰り。お昼ごはん、先に済ませてまったよ」

 早瀬家での私の弟、みのるが漫画を読みながらそう言った。もうすぐ中学生になるので、毎日ウキウキしている。部活に入るのが楽しみなんだそうだ。私、大学はどこに行こうかな。兄のまことは京都で学生寮に入っていて、寮生活が充実しているようだ。ちょっと羨ましいから、私も真似して寮のある学校を目指そうかなぁ。そうなると、置き土産も実家用と下宿先用が必要になるね。

「お姉ちゃん、お昼もう食べた?帰り、ちょっと遅かったやん。図書館にでも行っとったの?」

 実が美味しそうにお茶を飲みながら尋ねてくる。私、ちょっと疲れたよ。手打ちうどん作ったり、出汁取ったり、狐のお面を破壊したりしとったもんやでね…。


「あぁ、私?狐につままれとったわ」




※ラベンダーの虫除け効果については、殺虫剤でお馴染みの「フマキラー」のサイト内「For your Life」の、2019年3月12日の園芸・ガーデニングの特集記事「ハーブ栽培はベランダの虫除けにも最適!」を参照しました。

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狐につままれる 内藤ふでばこ @naito-fudeb

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