第20話 竜宮の箱都
こりゃ、泡の如くあえなく消えるな。心の底からそう思った。
グッズショップの残骸とがらんどうのショーステージが暗闇の中佇む一階。そこを通り過ぎつづら折りの地下通路を降りていく段階で、思いは確信に変わった。
「えーと?リニューアル後のコンセプトは確か、『海底の都』でしたっけ?」
「ええ。」
売り上げが出なければ二か月後には完全閉館という背水の陣を抱えているはずの館長は、そんな懸念存在しないかのように、涼やかにただ返答する。
あるいは、今案内しているのがそのアディショナルタイムの二か月を左右する運営費の融資相手だという事など、まるで気になっていないかのように。
「まぁ館長がコンセプトにこだわっているのはわかりますがね、安全性の為にもう少し誘導灯の明度は上げてもいいんじゃないんですかね?」
「すいませんねぇ、個人で賄える電気代には、限界がありまして。」
相も変わらず平坦に答える年の寄りを隠せない館長の低い声に、俺は舌打ちで返答する。
大体、俺は水族館の存在意義がわからない。
学術的な意味ではなく、娯楽的な意味として。
暗いところで泳ぐ魚見て何が楽しいんだか、ムード求めて暗闇探すなら今のご時世、色々と穴場レクスポットあるだろうに。
まぁ、だから物好きのクラファンと偶然の連続でこうして辛うじて生き残っている状況なんだろうが……。
館長が水を飲み、ゴクリという音だけが順路に響く。
四つ目の折り返しで、大水槽のある地下フロアへと到着した。
「角を曲がれば、現在ここにあるすべてがございます。気に入っていただけると……。」
「御託はいい。」
爺の話は長いうえにお涙泥棒だ。聞いている暇はない。
俺の仕事は、さっさとお山の大将がかき集めた残りかすを確認して、融資にノーを突きつける……。
「……は、あ。」
そう思っていた。
目の前に広がる、楽園を見るまでは。
ジュゴンにシュモクザメ、クジラ
スナメリにオットセイ、アザラシ
鰯に、鯵に、鯛に、鰈鮃
グッピーや金魚
海老蛸貝類
海藻類
「これ、まるで……」
昔、子供のころいつか行ってみたいと思い描いていた、竜宮城。
そのものが今、大水槽の中に広がっていた。
いつの間にやら手が、強化ガラスに触れる。
そんなに近寄っていた事なんか気にならない。今はこの人の世界との膜が邪魔で邪魔で仕方ない。
自由に泳ぐ魚の群れが揺らめくように舞い、その不規則な動きに吸い込まれそうになる。
そう言えば、昔図鑑で見た飛魚に憧れてたんだよな。
銀色のかっこいいヒレで空を飛んで、太陽に照らされて……。
ゴクリとなったのは、自分の喉か後ろの喉か。
きがつくとおれは、日に照らされて高く飛び、するどく水しぶきを上げながら都へと降り立っていた。
ここちよくゆらゆらとおよぎながら、ふとむこうがわのひとのせかいでは。
「……そろそろ満ちる。満ちたら、もっと広く満たせば。」
しらがのおじいさんがめをほそめながら、またみずをのんでいた。
○○水族館、満を持して▲月■日、リニューアル「プレ」オープン!
母体のマリンモールはすでに閉店済み。起死回生の逆転なるか?
初夏某日、記者が地方の子供連れスポット情報サイトをネタ探しがてらサーフィンしていると、この様な記事を発見した。
「あー。確かそこの水族館、親母体のショッピングモールが潰れてから、ずっと閉館してたんすよねー。あそこからの復活って、あるんだ。」
そう言いながら後ろからPCを覗き見るのは別の弊誌先輩記者。私のデスク周りはクーラーがよく効いてるので、こうやってサボりがてらの避暑地にされることがしょっちゅうよくある。
なんとなく勘が働いた記者がネタ帳に施設名をメモしていると、
「お、そーいや。担当している新人どーよ。だいぶ癖とか聞くけど。」
まだまだサボり足りない先輩記者が駄弁ってくるので、記者も休憩がてら付き合ってあげることにした。
「でも、写真の腕はピカイチもピカイチ。見てよ。これこないだのゴミ屋敷撮ってきた奴。」
「うわすげ!老婆に犬までくっきりじゃん!コイツいればもうフォトショとのにらめっこからはおさらばじゃんかよ!」
「問題はこういう心霊写真記事は今のご時世誰も信じちゃくれんってことだけどな……。」
「あーね……でもうちみたいな『第三報道部』の記事好き好んで貴重な時間とギガ消費してまで読む奴なんか、そういうフィクションのわびさびも心得てるんじゃねーの?」
「まぁクレーム吐こうが炎上しようが弊社ここだけは無くせないからねぇ。」
「まったくまったく。」
想定以上に強かった冷気に少し体が冷えたのか、先輩記者は徐々に距離を取る。どうやら業務に戻る気になったらしい。
「じゃ、俺は出張経費交渉してくるわ~」
「サメの時みたいに部長怒らせんといてくださいよ~。あんとき俺らまで腹探られて肝冷えたんすから~。」
「あいあい~。後噂をすれば帰って来たっぽいぞ、『新人君』」
そう言うと取材費詐欺常習犯の不良先輩記者は、昼食の桃缶を丁寧に洗って乾かしたものを片手に、目薬をさして部長室へと向かっていった
恐らく今回も満額回答は望み薄だろうと、記者が改めてPCの画面へと向き直り、ショッピングモールの公式ページのアーカイブを開くと、
「つかいたっせもうした。」
ちぐはぐな音程の声が頭上から降ってきた。
「はいごくろーさん。疲れたろ。これおやつな」
「おおありがたきひとのこ。こたびのうすかわのなかは」
「白桃クリームとホイップカスタード」
「かたじけ!」
そう言うとそいつは隣に乱暴に腰かけ、机に置いといたシュークリームの包装を裂くように開けると、ストローをさし吸い始めた。
そう、これが以前から記者の記事でちょくちょく言及していた「新人君」今回初お披露目である。
恰好はよれきったワイシャツとズボン
安物カメラをだらりと首に下げ
光の完全に消えた目をかっ開き、基本口を開けだらりと舌をたらす
ボサ髪無精ひげ身長やや高めおじさん(正直記者より年上)である
「まんぞくなりょう。がらはかししてしんぜよう」
「センキュー。助かる。」
まぁ妙なしゃべり方からもわかるように第三報道部名物「協力組織からの療養目的出向(別名・また専門家さんなんかへんなの拾ってきて押し付けてきたよ枠)」である。
とはいえども記者はこの新人とは割と相性が良く、特にコトや問題は起きぬまま、優秀な曰くスポット写真係として重用しているのである。
こうやってクリーミーを与えておけば簡単に御せる所も好都合。それに、実は甘すぎるものが苦手な記者にスイーツの生地部分だけ分けてくれるのも好特典だ。(記者はまだ、クリームだけ捨てる食べ方をしない程度には人間性が残っている。)
「おお。ところでそれはつぎのかきもののえものか」
新人君も興味深そうに、無機質な閉店のあいさつが表示されたPCの画面をのぞき込む。
こいつの食指が伸びているという事はコレ、中々のネタかもしれない。ようし今回のネタはこれで行こう。ついでにコイツの新人研修も兼ねてやろう。
そう腹をくくると、早速記者は有能先輩モードで新人君に指導する。
「まぁそういうとこ。でもまだ黒かどうかの情報が足らなさすぎる。まずは周りに話聞いてみるところからだな。」
「ちょくせつほんまるにいくというのは?」
「いきなり人間来たら新人君ならどうするよ。」
「くうかにげる」
「だろ?だからまずは関係者インタビューして、外堀を埋めていくのよ。」
「ふむむう」
こうして記者は優しく取材とは何たるか丁寧に研修を行いながら、水族館やショッピングモールに関連する何人かに、自由記述インタビューアンケートを送りつけ、ついでに読者向け情報フォーラムのページを作成するのであった。
「お!お疲れ!桃缶失敗?」
「微妙。ウケたのはウケたからワンチャンあるかもしれん。」
「しかしアイツも災難だよな~。中になに入ってるかわからんような奴とバディ組まされて。」
「割れ鍋に綴じ蓋だよ。組まされるってことは組まされる側にも理由がある。」
「あ~ね~。というかあの新人君のガワ、組織でもバリバリのエリートくんだったって聞いたけど。」
「何せとんとん拍子で出世して指揮系統任された最初の任務でああなったんだってさ。かわいそうにねぇ。」
「でもあの専門家さんが連れてきたってことは、まぁあいつ自身も嫌なタイプのエリートだったんでしょうなぁ」
「ああ、あの専門家さんチョイスだからなぁ?」
「なぁんか向こうの方から人聞きの悪いうわさ話しとるやつがいる気配がするけど~。まとめてえぐい呪いかけたろか~?」
「げぇ、起きてた。」
「ああいうとこばっかり地獄耳。さっすが。」
「ああ後そこのメール魔しとる二人~。ついでに現地アポもとっとき~?」
「たぶんな~。話聞いたら多分そこ行かずにはおられんくなる思うからな~。ちゃんと対策も用意しとき~な~。」
「結構市もお金出して鳴り物入りでオープンしたショッピングモールだったんだけど、いかんせん道路事情がねぇ。」
最初の反応は、マリンモールのフードコートでオープンから洋食店を営んでいた店長だった。読者フォーラムからの情報だ。
水族館の事はあまりよく知らないが、モールの事情ならよく知っているとのことで、現地の状況を事細かに教えてくださった。
「いわば工業団地整備事業の一環として建てられてね、県内初のアウトレットモール!なんて最初は威勢がよかったよ。あの頃は土日ともなると客捌ききれなくって。」
「でも、あのモール道路事情が悪すぎた。いくらなんでもメインでアクセスできる道路が片道一車線一本、オマケに駐車場も同じ作りでさ。まー大渋滞起こしまくって。」
「そうなってくると段々客も『あそこ行ったら帰れんくなるからやめよ』って、わざわざ少し遠くても幹線道路沿いの大手ショッピングモールの方に流れますわなぁ。」
「で、どっかのタイミングでテコ入れも兼ねて事業者が変わって。そのタイミングでできたのがあの水族館でしてねぇ。」
「いやぁ。私は行ったことついぞなかったんですが、話題性はすごかったですよ。展示入れ替えるたびに夕方のニュースが取材行って。なんならSNS?なんかでも結構話題になってたらしいですねぇ。」
「特に『食べられる魚展』の時はうちも便乗させてもらって。それでも客はオープン時の六割程度だったかねぇ。」
「でもそれでも一時期の閑古鳥に比べたら持ち直してた方なんですよ?実際事業者変わってからは空き店舗も埋まってきて『廃墟モール』の汚名も返上しつつあって。」
「で、道路事情も陸橋できてやっとアクセス改善されたぞー!ってなった矢先にねぇ。」
「工場の方が、本社の事業縮小の煽り受けて閉鎖決まって。その影響で一帯の再開発がもち上がって。」
「で、ドドメと言わんばかりに陸橋の向こう側に都心の方から大手大型アウトレットが上陸してきちゃって。」
「それでも最初は存続に向けて色々動いてたようだけど、まぁ大きな動きには逆らえなくってねぇ。結局コンペでどっかの不動産デベロッパが一帯買い取って、市と話し合いながら跡地利用決めますってなってモールの閉店が決まったってわけ。」
「で、予定通り工場もモールも閉鎖されたんだけど……。ここまではまぁ表ざたの話。本題はこっからよこっから。」
「実は今その再開発計画、例の不動産屋の内部で反対派賛成派の抗争が起きちゃったらしくて。そのごたごたの煽り食らって計画から降りちゃったらしいのよ。」
「今は一応市単独の所有物として今後の事業者を再選定していくになってるけど、めど立たずに宙ぶらりんの状態になっちゃってて。」
「毎回議会でもせっつかれてるけど答えは曖昧も曖昧よ。なんか噂によると期日までに決まらなきゃ国と結託して港湾要所化……みたいな話も出てるらしいけど。あと、なんか電力会社が新しい建物立てるなんて噂も最近出始めたねぇ。」
「そんな騒動中でもあの水族館だけは館長がポケットマネー出してまでいつでも再開館できるようにしてたらしいよ。なんか地元のニュースで特集組んでたっけ。妻もクラウドファンディングにお金出したってさ。」
「まぁー。跡地利用がどーなるかわからんけど、今度こそたんと人が集まるもん作ってほしいわなぁ。そしたらうちも、再出店したいねぇ。」
「いや、実際あの水族館凄かったんですって!あの規模に全国の水族館の目玉詰め込んでたんすから!」
次に取材に答えてくれたのは、全国の水族館の年間パスを持つ動画配信者であった。今回リンク記載を条件に取材に答えてくださった。(動画ページはこちら)
「まず、あのモールの水族館館長って、実は全国のマニアの間では有名な『手がけ師』だったんですよ。」
「ほら?たまに常設展示のほかに特別展示やるでしょ?そこのアイデアとかアドバイスにおいて、業界では『天才』って言われてた人なんですよ。」
「でも元は大手水族館に所属しながら、『敵に塩送ってるのばれたらまずい』って別名義で活動してて。まぁマニアにはバレバレだったんですけどねwwwww」
「で、その人がとうとう一国一城の主になるぞー!ってんで、まぁ大注目はされてたんですよ。例の水族館も。」
「当然俺もオープン一番乗りで行きました!感想っすか。マジでえぐかったっす。天才がやりたいことやるとここまでになるかって!」
「まぁ冒頭にも言った通り、ジュゴンもいるイルカもいるサメもいるアザラシもいる!まぁ流石に規模的に一頭ずつとかなんスけど、不思議なことにそいつらが特にケンカもせずに仲良く地下大水槽泳いでるんすよね。」
「で、まぁ小型展示もあるんスけど、何より一番の目玉が『身近な魚』コーナー!」
「なんと!そこにいる魚は会員なら気に入ったやつ持って帰って飼ってよかったんすよ!その代わり子供生まれたら持ってくるルール付きですけど、兎に角次々斬新なアイデア思いつく天才ですね、あそこの館長は。」
「俺も計十何回入ったんスけど、企画展も毎回趣向凝らしてて最高だったス!でもいくたんびにああ、予算削られてるんだなぁってわかるレベルに、魚以外はしょぼくなっていきましたけどね。」
「ああ、魚は多分あの人の人脈で何とかしてたんだと思いますよ?でもあれかな?なんか工場の移転?みたいな話持ち上がってからはやっぱちょっとずつ展示が減っていきましたね。流石にもう残り時間察してちょっとずつ他の施設に譲ってたんでしょうねぇ。」
「それでもあそこの水族館部分だけは何とか残そうみたいな運動もあって、クラファンとかそれこそ動画配信もやってたんスけどねぇ。なんかお上には逆らえないらしくて一旦閉館になったんですって。」
「でも、そこで諦めないのがあの館長らしいっすよねぇ~。自分含めたスタッフ二人で何とか頑張って、再オープンにまでこぎつけるっていうんですから!」
「実は俺、何回かあの館長に話聞いてて、今回の再オープンの話もチラッと聞いちゃってるんですよ?」
「何でも、残った魚全部かき集めて『竜宮城』作ったんだとか。」
「いや流石っすよね~。実はこの竜宮城構想、いつか絶対やってやるって顔合わせる度言ってたんすわあの人。どんな逆境からでも、夢って叶うもんなんですねぇ~。」
「え?実物?それがまだ見れてないんすよ~。丁度来週クラファンプラチナコース支援者向けの先行お披露目会あるんスけど、あいにく自分は別の水族館のイベント被っていけなくって。」
「あ~でも、既に何人かには見せてるらしいっすよ?例えば土地取得した不動産会社の人も見に行ったらしくって。」
「で!すっごいのが見に行ったと思われるプロジェクト課長さんみたいなのが急に水族館存続派に鞍替えして!『あのうみのみやこをなくしてはならぬ』って息巻いて社内で戦ってるらしいっすよ今!再開発白紙になってるのもそのせいらしいっす。」
「他に何か……あーでも、いざ再開館直前っていうのに、一緒にやってた助手の若い子辞めさせたっぽいんすよね。そこだけなんか不穏というか……。」
「まぁ、資金調達もめど立ってるっぽいし、いよいよ大逆転に向けて準備万端!って感じっすよね!いやぁ。プレオープンの日がマジで待ち遠しいっす!」
「結局館長さんは、どこまでも夢に純粋過ぎたんです。悲しすぎるほどに。」
最後にインタビューに答えてくれたのは、水族館のオープン以前から館長の傍で右腕として働いていたという女性であった。
「あの方に初めて出会ったのは、前の職場の入社式でした。ほら、一度は聞いたことあるでしょう?あの大手水族館です。」
「私、昔から地元でちょっと取り上げられるぐらいその水族館が大好きで、小さい頃から来るたびに一緒に案内してくれたあの方に憧れて就職したんです。」
「でも、入ってすぐに現実がわかりました。あの方、他の従業員のサンドバッグにされてたんです。」
「対外的にはカリスマ手がけ師とか、魚を魅せる天才とか言われてましたけど、あそこでの扱いは人間のそれじゃなくって。」
「罵倒や暴力は日常茶飯事。冷凍エサの倉庫に閉じ込められたのも一度や二度じゃなくって。何ならシャチのプールに突き落とされたまま二時間放置されたこともあるって言ってました。」
「でも、あの方、そういう扱い一つ一つを笑い話にして、いっつも口癖みたいにこう言ってたんです。」
「『きっと彼らは、竜宮城を信じないタイプの人間たちだから』って。」
「そう言ってほほ笑むあの方の机には、いつもボロボロになった浦島太郎の絵本が、開いて置いてありました。」
「私はそんなあの方に憧れて、同僚やら上司の小言も無視して、ずっとついて仕事してました。そしたらある日、あのショッピングモールから今度新しく水族館作るから館長やってくれって話が来て。」
「でも最初はあの方、不安そうで『一歩踏み出して大丈夫かな』なんて言ってたんですよ。『本当に夢をかなえていいのか』って。」
「でもこんな千載一遇のチャンス、逃したら多分二度とないじゃないですか。だから私もここ辞めて手伝いますから!って、何とか説得して押し切ったんです。」
「オープンまでは毎日目が回るほど忙しかったですよ。全国色んな所に行って、展示用の魚調達に頭を下げ回ってたなぁ。」
「あ、そー言えばどっかのふ頭に紛れ込んだクジラいたじゃないですか。あれも無理言って地下大水槽の目玉にしてたんですよ。」
「他にも、人に心開かなくなったスナメリとか、遊園地で飼い方もわからずに傷だらけになってたオットセイとか、色々。」
「『彼らを楽園の住民にしてあげたい』って、集めて集めて。そうやってあの水族館は出来上がったんです。」
「その後も特設展示のたびにあの方と全国回って。譲渡コーナーも作って。何かヒレが傷塗れのグッピーとかも展示して。」
「でも、ちょうどショッピングモールの経営が危ないみたいな話が出始めた頃でした。館長さんの様子が、変わり始めたのは。」
「まず、毎日尋常じゃないレベルの水を飲むんです。『やたらこの年になると喉が渇いてね』なんて笑ってごまかしてましたけど。」
「で、やっぱりおかしいからって病院行っても、診断結果自体は何もないんですよね。」
「後はやたら地下水槽に潜るようになってましたね。その頃には清掃スタッフも雇えるようになっていたのに、あえて首にしたんですよ。」
「思えばあの頃から水族館も、経営が思わしくなかったんだと思います。」
「だってそれから間もなくして、全国回る理由が『魚譲って下さい』から『魚引き取って下さい』に、なりましたから。」
「当然、存続のために色んな努力したんですよ!関係各所に頭下げに回る館長さんの代わりに、途中から動画配信とかの広報も全部引き受けて。」
「コンペの時もちゃんとレジュメ作って、署名も集めて、人前で話すの苦手だったけど、一人でプレゼンやって!」
「でもあのコンペ、知っての通り出来レースだったんです。」
「最初から市とズブズブの不動産屋に買い取らせて、ほとぼり冷めた頃見計らって国か電気会社が安値で買い上げる。そういうシナリオ組んでたみたいです。」
「まぁ普通に作ったら反対されるような何かをどうしても作りたかったんでしょうね。あそこ、要地としても優秀らしいって地元ニュースで専門家が言ってましたから。」
「コンペ落ちてから閉館までは知り合いの水族館、何なら元職場にも電話してひたすら頭下げて集めた魚の譲り先探しでした。ああ。でもその時元職場の同期に言われたっけ。」
「『悪いことは言わない、手遅れになる前に逃げろ』って。」
「でも私!逃げるつもりも、諦めるつもりもなかったんです!魚もギリギリまで目玉は手元に残して!せめてあの地下水槽だけでも展示できるようにって館長さん言ってたから!」
「実際、クラウドファンディングも好調で、何なら他所の閉館する水族館がうちの建物使っていいってお誘いも来てたんです。でも、館長はここでやりたい、ここが一番ふさわしいって聞かなかったんですよ。」
「その頃には飲む水の量も正直異常レベルになってて。私、わかってたんです。多分この人もう長くないんだなって。」
「だから閉館日に、あなたが諦めないなら私もここにいて最後までついていきますって言ったんですよ。そしたら。」
「『もう完成する。だから君はここまでだ。』」
「『君を、乙姫にするわけにはいかない』って。」
「……その日付けで他の従業員と一緒に、首になりました。後は知っての通り、あの方がポケットマネーで水槽動かしながら維持してたら、不動産屋が急に水族館存続派になって、地元新聞記者やら有力者やら市議会議員やらが口をそろえて『あの楽園に早く皆浸るべきだ』って言いだして。」
「私がいなくなってからわずか数か月で、とんとん拍子で再オープン、決まっちゃいました。」
「……私っていったい、あの方にとっての、何だったんでしょうかね。只ついてくる迷惑な追っかけ、ぐらいだったのかも、しれないなぁって。」
「何かこっちが勝手に人生賭けて付いてきて、本当はそれが迷惑だったのかなぁって。」
「でも、初めてあの方にあった日、私に言ってくれたんです『君はいつか魚たちをまとめる乙姫様に成れるかもしれない』って。だから私も、いつか竜宮城みたいな水族館作りたいって。子供の時からずっと思ってたし、面接であの方以外から笑われても、ずっと言い続けていたんです。」
「あの方と同じ夢に向かって、頑張ってるはずだったんです。私も。それがどこからずれちゃったのか、それが今でもわからなくて。」
「……記者さんたちは、あの地下水槽の取材許可、出たんですよね?」
「だったら一つお願いがあるんです。もしよければ全体写真を一枚、私に下さいませんか?」
「せめてあの方が見た夢の姿を、見せてくれなかった夢を私も、見てみたいから。」
「……そー言ってるけど、どうします?新人君?」
「あれをひとのめにやきつけるか。うむう。まぁことがおわったあとのうつしえならよかろて」
「しっかしどいつからも不気味ながらも善人に見られてたんだな、あの館長。こっちみたいなきたねぇ心持ってると、極悪天然ものにしか見えないんだが?」
「おうおうにしてかみのねつれつなすくいはほしょくとくべつがつかぬ。まぁのうりできがついていたものにははくがいされていたようだがな」
「そーゆーこったな……はぁい、荷物業者さんっすねごくろーさん……お、例のアイテムが来た。」
「ということはほんまるだな」
「ああ、いつまでたっても客居すわらせて帰らせねぇ竜宮城に、カチコミ申すぞ!」
「おさかなてんごくにてたべほうだいとはごうせいである。なぁ。」
そして後日、我々は件の水族館への現地取材を、敢行したのであった。
「本日は取材の方、ありがとうございます。注意点は……。」
「ああ、ちゃんとわかってますよ。プレオープン日まではプレス厳禁。写真は一枚、地下水槽の全体図のみ。後は……。」
「これはこれはすごくけがれみちよきよき!!」
「……単独での取材でお願いしますと、申し上げたはずですが。」
「すいませんねぇ。多様性の社会ってことでうちもああいう人材を積極的に登用して記事にそれ描かなきゃならなくて。まぁあれはカメラ。機材の一種として考えてくださいな。」
「……まぁ、事が予定より早く進みそうですし、いいでしょう。ご案内いたします。」
少し呆れ気味ながらも声に熱をはらませた館長は、水を一口飲むと、我々を地下水槽にいざなう様に歩き始めた。
「ひょっとして、わをつりえにしたか?」
「違うよ新人君。君は立派な『戦力』だ。」
「ならよし」
そんな短い会話の後、記者と新人君はほぼ照明の付いていない地下へのつづら折りを、ただ館長の喉鳴りが響く闇の中へと、降りて行った。
「そーいや館長さんが作った地下水槽、巷じゃ『竜宮城』なんて呼ばれてるらしいっすね?館長さん浦島太郎の話はどう思ってるんスか?」
つづら折りの後半あたりで、喉鳴りの音を裂くように記者は館長に尋ねる。
すると館長は水を飲む手を止め、ふと記者の方を振り返る。
「ああ、あの話でしたら、ただただ『人間が邪魔だなぁ』と、思ってました。」
「……というと?」
「だって、魚たちの楽園なんて、だれもかれもが摂理に従って、自由奔放に泳いでいればいいのに、そこに浦島と乙姫という異物が介在することにより、『人間のための接待』になってしまうじゃないですか。」
「言うならば水族館というシステムだってそうです。自由に泳ぎたい魚を無理に閉じ込めて、人間の見世物にしている。」
「だから私は、そんな人間どもに粗末にされた魚を集めて、せめてここでは自由に泳がせてやっているんです。でもいずれは、自由な大海原に開放してやりたいんですがね。」
「そーいやこの水族館って、元々あった養殖業者の施設再利用して作ったんスってね。施設の傍にある湾から海水引き入れるときに役立ててるってどっかのニュースで言ってましたけど。」
「実はそれだけではなく、魚たちの飼育スペースの為に結構広い範囲を網で囲っているそうですよ。まぁ、再開発の一環で近日網も回収される予定らしいですけどね。」
「では、この角を曲がれば――――――」
「そうなればきでんのいはやがておおうなばらすべてになるということだな!まったくよくかんがえたものよどうるい。」
「……今、何と?って!」
いつの間にやら降りきっていた最下層の角から飛び出し、館長を羽交い絞めにしたのは、記者と館長の会話中に気配を消して先回りしていた新人君である。
「つかまえたぞいっぴきめ!かめだからこおらわらねばくえぬが!」
「よしそのまま捕まえてろ新人君!写真はちゃんと撮ったな!」
「ばっちし!」
「……謀りましたね?貴方達。」
「謀るも何もカメラくんがアンタ追い越した時点で、何なら最初に名刺渡した時点で気がついてくれよ館長さん?」
「俺たちあっち側からも場荒らしとして悪名高い、『第三報道部』だぜ?」
記者たちの狼藉にも全く動揺せず、羽交い絞めにされたまま館長は眉を顰める。
「へぇ、人間組織の癖に怪異も使うんですね。こうまでネタ取りに節操がないとは。」
「そう言われちゃまぁ反論もできねぇが。敵味方水槽に沈めるなんてさ、節操ないのはあんたもそうだろ?館長さん?」
「さて何の事やら。……ちなみに、後ろの水槽荒らしの大猫。せめて右腕だけは楽にしてくれませんか?水を飲みたいのですが。」
「残念ながらその渇きは永遠に収まんねーぞ。何せそれは体から来てない。」
「あんたの中の際限なく喰らい尽くしたいっていう本能から、来てるからなぁ?怪異さん?」
記者が凄んでみても、今だにピンと来ていない館長は平然と話し続ける。
「喰らう?沈める?貴方達はさっきから何言ってるんですか?」
「私は只あの楽園を満たし、楽園に共にありたいという魚を集めて。又満たすのみです。」
「満たして、満たして、みたして、みたして、みたして。」
「そうすればみなあそこでじゆうに、しあわせになれるのですから。」
「そういうならさ、なんでアンタの右腕だったあの子は突っぱねたのさ。」
記者が右腕の女性の話を出すと館長の平然とした顔は、一瞬強張った。
しかしその顔は程なくして、また平坦な無表情に戻る。
「ええ、彼女こそ。『乙姫』になりうる存在だったからですよ。」
「初めは、彼女も仲間にしてあげるつもりだったんです。少し動きがとろいから亀、なんて思ってましたけど、それだと皆楽園から帰ってしまうから、リュウグウノツカイなんかふさわしいなとか、考えてはいたのですが。」
「決め手は彼女が、移転先にどうですかってどっかの遊園地内の日がよく差す大水槽がある廃水族館見つけてきた時ですね。ああ。恐らく彼女は、何もわかってないし、説明したところで理解なんて、してくれないだろうと。」
「彼女は、所詮魚たちを見世物としてしか見てない。人間でしかないんだって。気がついてしまいましてね。」
「……アンタだって、似たようなもんだろ。水槽という自らの胃をただ満たすことしか考えてない。アンタだって」
「いいえ。私はちゃんと彼らに楽園を用意しております。貴方も見たらわかりますよ。そして」
「みればなかまにならずには、きっといられないでしょうから」
そこで初めて館長は笑った。
にたりと、少し歯が見える、唾液の湿度と蠢く舌を抑えきれないような。
完全にヒトを喰らうものとしてしか見えなくなっている、怪異の笑み。
それを見た瞬間、記者は迷いなくスーツの懐から
「あー見るまでもねぇよ。わかったから。」
「あんたはここで、玉手箱開けて精算されるべきやつだってことが。」
煙鉄砲を取り出し、天に向けて一発撃った。
途端に鳴り響く、館内の火災報知機に一番驚いたのは記者だった。
「ってしまった!煙感知式だったか……。でもスプリンクラーは大丈夫そう、だな!」
館長は煙を嗅いだ瞬間何かを察し、新人君の腕を振りほどいて逃げようとする。しかし、
「おい、にげられるとおもうなかくした」
新人君が昏く、舌を出し怪異の笑みを浮かべながら館長に囁く。
記者は新人君を信じ、引き金を引き空間を煙で充満させながら館長との距離を詰める
「おまえのまちがいはがわをかいらいとしてのばなしにしたことだな。あれもそのまましずめておけばみつからずにすんだものの。」
「お前みたいな野山上がりだったらそれですみますけどね!人間社会はそうも……。」
「はらをみたすのになぜひとをこころみるひつようがある?これだからひとあがりはつめがあまい。」
そして両腕で館長を締め上げたまま、一瞬首元に口をやる、しかし不意にそれを止め。
「いまさらどうぞくなぞまずいものくいたくない。そうだな。」
「あのすいそうごとおまえも、けんぞくにしてこきつかってやろうか。」
ぐひひひひひと、人が出してはいけない笑い声で、新人君は笑う。
ひい、と館長の顔が恐怖に歪む。
記者はその隙を見逃さずに、館長の鼻面目がけて。
「じゃあな、最後まで自分自身がわからなかった、浦島さん。」
「せめて海の底で、幸せになってくれ。」
最後の引き金と騒動の幕を、引いたのであった。
「げっほげほげほ!」
その後、記者は煙が充満する水族館内からなぜか館長と一緒に気絶した新人君を担いで、何とか脱出した。
しかし新人君は大丈夫だろうか。
何せあの煙鉄砲は記者が知り合いの怪異組織隊員にこっそり横流ししてもらった、正真正銘の怪異払い専用具である。
当然、近くでもろに食らった新人君にも少なからず影響が出ている可能性がある。
「せんぱいをしんじよう。かまわずやりたまえ。」
などと作戦会議の時は勇ましく行っていたのだが……。
「おーい。新人君!大丈夫かー?」
記者が強請り起こすと、新人君はうっすらと目を開けた。
「ここは……どこだ……。ああ、まぁ場所はどうでもいい。」
「……あー。」
まずい。これはひっじょうにまずい。またうしなってしまう。
「おい、そこの薄汚いお前。あー専用隊員服じゃないから民間がまた勝手にやったな?薄汚いハイエナめ。」
「何ボケっとしてる。モグリでも僕の顔見たらわかるだろ?まさかそんなのもわからんど素人か?」
「チッ、最近じゃ家柄もない無能野郎が容易にこっちの仕事に手を出すから困る。只の一般人類は無知のまま暮らして助けてもらえっての。」
「まぁいい。今すぐ今から言う番号に連絡しろ。いいか――――――」
「新人君。今回はよく、がんばったねぇ。」
記者は今聞こえている雑音の事は無視して、新人君に話しかける。
「お前何言って、」
「それにしてもさっきはよくあの館長食べずに我慢したねぇ。えらいえらい。ご褒美に先輩が何か作ってあげよう。」
「おい、まさかこいつもやられたんじゃないだろな。おい、潜入班……。チッ皆逃げ出したか役立たずめ!」
「こう見えても先輩、洋食屋でバイトしてたからまかないの心得はあるんだぜ?そうだな、新人君には特別に……。」
「おいそこの無能!人の話を聞け!」
「シチューまんまでも作ってあげよう」
記者がそう言ったとたん、さっきまでぎらついていた目が、またするすると光を失い始めていった。
「シチューまんまシチューまんまシチューまんまシチューまんまびみにきまってるぜったいびみだそうだちがいない」
「おい嘘だろ!お前さっきくだばっただろ!なんでまだ僕の中に!」
「うるさいだまれおまえはまたねむってろこのからだにまねきいれたろ」
「違う!あの時お前が勝手に!僕をあの塒に!引きずり込んで!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいだまれだまれだだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれまれだまれだまれ」
「う、うわあああああああああ!!」
頭を抱え、がくんと項垂れ、そして再び頭が上がった後には。
「ちなみにシチューまんまのにくは」
眼の光が完全に消え期待するように舌を垂らす、いつもの新人君の姿が、そこにあった。
新人君が意識を取り戻したのに安心した記者は、素早く車に乗り込み、エンジンをふかす。
「そうだなぁ。豚や鳥でもいいけど、『鮭』なんてのはどうだ?」
「よろこばしき!!」
「よーしそうと決まれば消防来る前に現場からとんずらするぞ!それこそ俺たちの方が捕まって、水攻めにされちまう!」
「ぎゃっははははは!!やはりせんぱいはわれわれのようなよきこころをしているな!」
そしてアクセルを踏み込むと、猛スピードで水族館から、逃亡したのであった。
「……ありがとうございました。そうですか。今だに話の全ては信じきれませんが……。」
「少なくとも最初から、見えている景色、違ったんですね。」
その後、再びインタビューに答えた右腕の女性は、事の顛末を聞くと少し悲しそうに俯いた。
「いや、あの館長が最初から人間も魚も理解しようとせず、只独りよがりの己の楽園を満たすための、エサにしていただけだ。アンタはなんも気にする必要はない。」
「そうですね、そう、だったんですよね。」
そして女性は、あれからどうなったのか、顛末を記者に教えてくれた。
まず記者らが現場から去った後、駆け付けた消防隊員が見たものは、水槽に積み重なる大型生物の骨だったという。
どうやら、数か月前からエサを与えられておらず、餓死したのだろうというのが見解らしい。
(まぁ恐らく館長が、肉体側の生命判断がもはやできないレベルにまで成れ果てていたのが最大要因だろう。幸いあの水槽を見たであろう人々の正気は、徐々に戻りつつあるらしい。)
当然水族館のプレオープンは中止、館長もその後行方不明のため、そのまま水族館の取り壊しが決まったらしい。(という事にはなっているが積み重なった骨の中に人骨らしきものもあったという噂が流れているらしいため、まぁそういう事なのだろう。ちなみにそれが館長かどうかをしつこく質問されたが、当然はぐらかさせてもらった。)
そしてモール跡地も、その後不動産会社との談合がすべて明るみに出たため、再び用途不明のまま宙ぶらりん……になりそうだったのをどっかの実業家が急に購入意欲を示している状態らしい。
そして女性は現在、元の職場に戻り、働いているらしい。
「意外と皆さん優しくしてくれるんですよ。『お前はあの館長に魅入られていただけだ、気にすんな』って」
「なんか皆さんはなんとなくおかしいっていうのが、わかってたらしくって。」
「本当にあの方の事何にもわかってなかったのって、私だけだったんだなぁって。」
また俯く女性、しかし再び顔を上げると。
「すいません。では、約束の写真、見せていただけますでしょうか。」
「せめて、私が何がわかってなかったのか知りたいんです。」
「そして、あの方が見えていた世界を、もしできるなら、私が」
「あー何でも理解できると思い込むの、人の傲慢ですよ。」
記者は女性のこれからの為に、告げることにした。
「いいですか、結局人と怪異というのは、十全にはわかり合う事って、できないんです。」
「もしそうしたければこっちが己無くすまで喰われるか、あっちの性質がなくなるまで、塗りつぶすしかないんです。」
「でもね、結局それは人と人も同じなんですよ。」
「十全にわかってあげたい、というのは、言い換えれば己の理解できる範囲にその存在を置いておきたいという、傲慢なんですよ。」
「……随分と寂しい理論を、お持ちなんですね。」
「まぁ貴方も写真見ればわかりますよ。今メールしたんで覚悟できたら画像開いてみてください。」
画面の向こうの女性が、PCを操作し、記者の元に開封通知メールが届く。そして
「え……何……これっ……!うっ。」
数秒後、口元を押さえて後ろのシンクへと駆け込み
胃の中から金魚でも吐き出しているかのような、激しい嘔吐をした。
記者はせめてもの慈悲で音声と画像をミュートにする。
「おうせんぱい、あれをみせたのか。」
横のデスクでは新人君がクリームワッフルを開き、カスタード部分を鼻面をわんぱくにしながら貪っていた
「だって向こうが見せろ見せろってうるさかったからな。」
「あんなこまぎれのどうるいのぶいがおよいでいるしゃしんをみたいなど、にんげんにもものずきはいるもんだな。」
「全くなー。あ、通話切れた。」
記者はビデオ通話ソフトを落とすと、新人君が残した残骸のワッフルを一つ貰い齧る。すると頭上から低い声が響く。
「進捗はどうだ、出勤一時間も経たないうちに茶菓子シバいてるサボり魔二人。」
「あ、部長。おはようございます。これでもさっきまでインタビューやってたんすよ?」
「アポイントメント見りゃわかる。だったらさっさと文字に起こせ。」
「ふへーい。あーほら。新人君もあいさつ。この部署で一番偉いからこの人。」
鼻面がわんぱくな新人君も一応は頭を下げ、
「おう。こうきびとか。これをしんぜよう。」
部長の手にまだ五体満足のワッフルを一つ乗せた。
「一応貰っておく。アイツの口の中に半分ほおり込んで毒見させたら俺も食うからな。これは御返しだ。あと教育係はちょっと来い。」
そう言うと部長は新人君の机にクリームキャラメルを一粒置き、記者を部長室に呼び出した。
「うむ。かたじけかたじけ」
新人君は納得したようにうなづくと、またワッフルのクリーム捕食へと戻っていった。
「この度、正式にアイツがうちに所属することが決まった。引き続きコンビはお前と組ませる。」
「へーそうなんですね。あっちも匙投げたってことですか。」
「まぁそういう事だ。但し、専門家のヤツから一言お前に伝言があるそうだ。」
「げ、またなんか変な依頼かなぁ。」
「『どんなクソ野郎でも一人潰したって事だけは、よー胸に刻んとき』だそうだ。」
「……部長さん、なんか俺のこと知ってます?」
「さあな。それとも知られてまずいような過去や癖でもあるのか?」
「いーえ。あ、だったら部長さんから専門家さんに伝えといてくださいよ。」
「『誰かを塗りつぶしてまで、傍にいてくれないと消えてしまう人間性もある』って。」
「俺を伝書鳩にするな。……まぁ、そこまでしたいなら。お前も隣にい続けられるよう、しっかり強くなれ。」
「そうだな、せめて他人からもらった喰いもんを容易に口に入れるな、ぐらいはしっかり教育する、とかな。」
「……やっべ!てか部長さん人が悪すぎるっすよ!」
「誰の教育のおかげで怪異目の当たりにしても平静保ててると思ってるんだ!俺やアイツに啖呵切るなら、それなりになってから出直してこい!」
「くっそ!相変わらずとんでもねぇ職場だな!『第三報道部』!」
こうして記者は横の部屋から大爆笑する専門家をBGMにしながら、うっかりキャラメルを口にほおり込んで意識が遠のきつつある新人君の元へと、駆ける羽目になるのであった。
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