第19話 温泉とサメと子供達

「せめて紅葉のシーズン来るまでは待って欲しかったんスけど……今年は『下り』の方が先に来ちまったっス。まぁ仕方ないッスね。自然様には逆らえませんから。」


今回記者が訪れたのは〇〇県の山沿いにある温泉リゾート地。


ここでは、麓で湧き出る海水と降りてくる山水のミネラルと水温が絶妙に混ざり合うことにより、唯一無二の泉質を誇っている。


マニアの間では「幻の温泉」として有名であり、奥まった立地であるのにもかかわらず、その観光客数は眼を見張るものがある。


しかし、この温泉が「幻」と言われているのにはもう一つ理由がある。


毎年冬前になると山水の水温が急に下がり、麓の温泉もとても入浴には適さない水温にまで下がってしまうのだ。これを地元では「下り」と呼んでいる。


読者賢君の中には「ボイラーで沸かせばいい」と思うものもいるかもしれない。実際、大手リゾートホテル等ではボイラーを使っている所もあるにはあるらしい。


しかし、そんな大規模な設備投資ができない中小旅館の中には、この時期になると採算の都合上宿を閉めるところまである。


今回記者が取材に行った新進気鋭のホテル社長もその一人だ。


「でも、今年は夏クソ暑かったじゃないッスか?だから年間の売り上げ目標超ピンチで。しょーじきここで閉めちゃったら冬越せるか心配なんスよね……。あっちで稼いだ貯金も底つきそうだし……。なんか起死回生のいい案ないっスかね?記者さん?」


記者はううむと頭をひねるふりをして、どう話題を展開すれば相手が次の話題に移ってくれないかと思い悩む。


こんな繁華街に乱立している大人のお店やホテル経営上がりの脂ぎった社長の話など心底どうでもいい。正直経済部門への借り返しがなければ今すぐにでも帰りたいぐらいだ。


まぁいい。記事のストックになりそうな話も持ってなさそうだし、ここは適当に場を濁すこととしよう。


記者は社長室の壁に自慢気にかかっている物から、話題になりそうなものを探す。


行政との取り組みをまとめた新聞記事や、何処のものかもわからない表彰状に目を走らせていると、ふと経営店舗一覧が自慢気にかかっているのが目に付いた。


「でも社長さん、確か峠越えた隣にも新築旅館持ってたでしょ?確かあそこも温泉出るうえに、こっちより湧いてる海水の温度高いから、紅葉シーズン終わるぐらいまでは、勝負できるんじゃないすか?」


眺めながらこう尋ねると、社長はさらに深いため息をつき、頭を抱えた。


「そう思うならレポついでに行ってみてくださいっスよ。ちょうど予約も全く埋まらないし、タダでいいっすよタダで。」


「あー何なら大浴場行ってみてください、あそこいきゃ三秒で閑古鳥の理由分かりますから。」


こうして記者は、宣伝記事の執筆を条件に高級旅館でのお大臣待遇を満喫せんと、意気揚々と峠向こうへと乗り込むことと相成ったのである。


高級旅館に鳴く閑古鳥の理由は、露天大浴場に入って三秒でわからされた。


「……温泉に、サメってどういうことだよ。」


大浴場には、ドライヤーぐらいの長さから、小学生中学年が寝ころんだぐらいまで。小~中型のサメが浴槽の底をうようよと泳いでいたのである。


「すいません……。うちの大浴場、直接温泉引き込んでいるもんですから……。今朝丁度月一の浴槽掃除終えて、源泉堰き止めてた仕切り板外したらご覧のありさまで。」


申し訳なさそうに謝罪するお付きの仲居に、記者は戸惑い気味に聞く。


「こ、この地域じゃよくいるんですか。サメ。」


するとそれこそ仕切りを外したように仲居はまくし立てた。


「いるにはいるけど今年のは異常よ!まず夏初めから海にうじゃうじゃ湧いてとうとう海開けなかったし、冬になったらなったで、なぜか上流のほうまでサメが遡上してくるし!おかげでどこも商売あがったりよ!」


「どこも、ってことは他の旅館でも?」


「旅館どころか!役所の人が作ってくれた足湯にもうようよ泳いでるぐらいよ!」


「なるほど……。でも、ここまで来たら町おこしとかに使えるんじゃないですか?ほら、増えすぎたからフカヒレとかキャビアとかが安価に食べられるって宣伝したら、季節関係なく客足延びるでしょうし。」


「そういう取り組み、うちもすでに役所主導でやっているんだけどね。でも今何かおかしなことになっているみたい。まぁ夕飯までまだ時間もあるから、一度行って話聞いてみたら?旅の思い出話ぐらいにはなると思いますよ?」


「わかりました、行ってみますね……。っとその前に。一応現場調査っと。」


一応、湯の肌触りぐらいは試しておきたいと、記者は露天風呂の淵から、そっと手を水面につける。


程よいぬるま湯が手に纏わりつく感覚。恐らくこういう場を踏んでいない温泉ライター等は、「包み込まれるようにやさしい湯」と表現するのだろう。


しかし、浴槽の底からこちらを見つめるサメたちの目や、手を湯から引き揚げた後もしつこく湿り乾かない水の感覚。


これらが意味するものは、この記事を読んでいる読者健君ならもう悟っているはずである。


「いやいや……。まさか借り返しのお使いで本職のネタ拾っちまうとは……。運がいいやら悪いやら、だな。」


気分をお大臣モードから三文記事書きモードに切り替え、記者はぎょっとした表情の仲居に戻り時間を告げ、早速役所へと足を進めるのであった。


「いやぁ、サメの件につきましてはね、我々も困っている所でして。」


役所に地域で異常発生しているサメについての取材という名目で依頼すると、あっさりと担当者を名乗る初老の男性が、取材に応じてくださった。


聞けば彼、今年の春にこの地域が地域おこし推進課を立ち上げる際に、かつての勤務地での「女性と子供にやさしい街づくり」が評価され、スカウトされたというある種凄腕らしい。


「この地域は歴史柄、シングルマザーが多いですから。そんな家庭の助けになればと、赴任してきたんですが。いやはや。来ていきなりの一大事。なかなかうまくも行かないもんですな。」


担当者は灰がかった髪をかき上げながら話す。


聞けばここ数か月は、ほとんどがサメ対策に追われていて、本題の母子家庭支援にまで手が回っていないそうな。


記者は、ここに来る前に見て回った町の様子や、歴史も念頭に入れて、引き続き担当者に質問した。


「でも、ここに来るまでの間にも、結構サメ料理屋とか、生け簀直売りの店まであったりして、結構食方面での町おこしに生かそうとしてますよね。」


「あー。あれ私のアイデアなんです。他の地域でも似た感じでサメ料理を出していますし、この町でも大量発生を生かして、フカヒレキャビア食べ放題!なんて方向性もありなんじゃないかと。」


「でも、ここに住む住民は『コマ食ったら地獄に落ちる』とか言って、口付けようとしませんよね?何か理由でもあるんですかね?」


「ええ。私もここに来てから調べた事なんですが、この地域、昔からサメの事を『巨魔』と書いて信仰と畏怖の対象にしているらしくて。文献によると今大量発生しているのよりももっと大きい。それこそ映画に出てくるような巨大サメがヌシとして現れたこともあったそうです。」


「確かそのサメが現れたという伝承があるのが、あそこに見える『巨魔下岬』ですよね。」


「ええ。そしてあの岬の先に見えるのが、そのコマを祀っている寺ですね。地域で不幸があった時、お経あげてくれるお寺あそこだけですから。毎日忙しそうにしておられますよ。」


「高齢化と人口減少が進む地域の悲しい性ですねぇ。ところで、担当者さんはあの岬には?」


「ここに赴任してきたばかりの時に一度。でもそれからは行ってません。なんかあの寺に向かう山道の雰囲気が苦手で。」


「それに一年に一回『巨摩下の儀』っていうのがあるんですが。それが人型に巻いて名前まで付けたおくるみを岬から海へ次々投げ入れるという何とも不気味なものでして。」


「環境保全の事もあるので一度整備局の人が住職の所に祭りの在り方話し合いに行ったら、本題に入る前に『巨摩の事情も知らんよそ者が!帰れ!』と、にべもなく突き返されてしまいまして。」


「あれからトラブルになるのを避けるためにも、月に一回の定期巡回以外は我々職員も足を踏み入れてないんですよ。」


「まぁ巨魔の事絡まなければ、物腰穏やかなまさにお坊さんといった感じの人ですから、記者さんも一度行って住職とお話してみればお分かりになりますよ。何ならこの町の歴史も一緒に聞いてみるとよろしい。何か有益な情報がわかるかもしれませんからね。」


「貴重な情報、ありがとうございます。ところで……」


記者が次の質問を振ろうとしたところ。担当者の机にあった内線機が鳴りだした。


「ああすいません。ちょっと電話が……はぁ。またですか。」


深くため息をつくと、担当者は先ほどまでとは打って変わった心底疲れ果てた様子で、応対に出た。


「もしもし。……はい。今のところ大規模な捕獲駆除は中止して……いやですから、きちんと命は無駄にしないように……。はい。はい……。」


十分ほど会話を続けた後、担当者は受話器を置き、すいませんねぇとこちらに向き直った。どうやらサメ駆除に対する苦情電話だったらしい。


「ああいう応対にも時間割かれていたら、そりゃあ本来の業務に支障きたしますよねぇ。」


記者が心底同情すると、担当者も心の底から参ったというように続ける。


「そうなんですよ……。しかも電話の大半が『かわいそうだからサメを駆除するな。』の一点張りで、こっちの経済的事情なんかてんで無視なんですから。しかも……ちょっとこれ見てくださいよ。」


そう言って担当者が記者に見せたのは、小型段ボール箱いっぱいに入った手紙であった。のだが。只の手紙ではなく。


「さめおころさないでください」

「ぼくたちをすくわれるのはこまさんになるぐらいです。おねがいへらさないで」

「なまえのないこまがたくさんいます。せめてなまえがつくまではたべないで」

「わたしたちはさめになるしかしあわせになれないのです。」

「こどもだけをえさにしないで」


「これ……すべて子供の字ですね。紙も文具屋で売ってるような便箋メモだったり、折り紙の裏なんてものもある。」


「ええ。しかも内容がすべて……その、なんというか……。」


「どーせどっかの愛護団体の親が子供に書かせているんでしょう。本当にあくどいことしますねー。こっちの事情も知らないで、ねぇ?」


記者はあえて手紙から読み取った一種の核心を隠し、担当者に同意を求める。


担当者は、少し俯いた後、「ええ」と虚ろな返事をする。


記者はそのただならぬ様子から、一旦ここらが潮時だと判断した。


「まぁーまた新しいこと分かりましたら、ここに電話ください。多分明日いっぱいぐらいまではこの辺いられると思いますんで。あ、ホテルは麓の海岸に新しくできた所なんで。では」


「……よりにもよってあんなところに。いや、私もここらで潮時という事、なのか……?いや、まだあのこたちが逃がしてはくれないだろう……?」


名刺を渡すと、担当者の呟きはあえて最後まで聞かず、役所を後にしたのであった。


さて、ここでいったん閑話休題。この時間を利用して、このリゾート地帯の歴史について、少し解説しておこう。


まず、ここら一帯は昔から街道沿いで、多くの旅籠がひしめき合って人の往来が激しい地域だったらしい。


そして旅人は、冒頭にもあった幻の温泉地で疲れを癒していくのだが……。実はこの街道の起点からこの地帯への時間を逆算すると、夕方前には温泉地につく計算になる。


そこで体力に自信がある若い衆は、「少し日が更けても、あの峠は越えておこう」と、もう少し先まで足を延ばす。


そして辿り着いたこの峠向こうの旅籠外で、同じく温泉に浸かり疲れを癒す……という構図だったのだが、やがて峠前との差別化を図るためこの地域での癒しは温泉だけではなくなったらしい。


そうしていつからか峠向こうでは体力のあり余った若い衆を満足させるような歓楽街が発展していった。というわけだ。


そしてその文化は今でも根強くこの町に残っている。シングルマザーが多いのも、まぁ。そういう旅途中の土地ならでは事情である。


そしてもう一つ、現在進行形で峠向こうを悩ませているサメ、『巨魔』の歴史もこの頃かららしい。


この地域では古来から二種類のサメに悩まされてきた。


一つは、現在町に大量発生している「巨魔」。もう一つは、先ほどの話にもあった巨大巨摩、「巨魔主」である。


町の民話には、古くからこの町に棲み憑いたコマヌシが、コマを手下に携えて住民を食い散らかす話が多く残っている。


特に民話には、子供が食べられる話が多く、「夕方すぎたら巨魔下岬には行かないこと」という注意が、今でも色濃く残っている。


まぁ、大半は子供が誤って海に落ちないようにするための注意喚起目的の民話であるのだろうが……。


記者の所感としては、同じくらい歴史の深い岬に立つ寺の描写が、民話に一切出てこないのが引っ掛かる所である。(普通ああいう民話は寺の権威つけの為に、一つぐらいは僧が怪異を追い払う話があるものだが、巨魔絡みの民話にはそういうものが一切ない。大体迷い込んだ子供が食われて終わりである。) 


そしてこの『こま』という呼び名自体にも、文献によってさまざまな説があるが……。今回の事態の核心に迫る説は、ここではあえて伏せておくので、以上の歴史を踏まえながら後半までゆっくり理由を考えながら読んでほしい。


ここでいきなり閑話終了。


なぜなら、記者の携帯にホテルオーナーからのメッセージが入っていた。


「お疲れ様です。そろそろ宿の食事の時間ですね!ウチは卵から育て上げた完全養殖『高麗御膳』で他との差別化図ってるんで、ぜひそこはしっかりレポ書いてください!」


「あと、もしよければ部屋にいい小指ちゃんたち呼びますんで、いつでもこの番号にTELしちゃってくださいwww」


「あ、あと僕ちょっと今夜から海外なんで、連絡取れなくなります。すいません。では記事楽しみにしてますんで!」


「……まー経営傾いたホテルで三日も経費でスイート住まいして、コネ創りたいとか言ってすり寄ってのあれなら、そりゃなんかしら勘づくわな。」


「まぁ、どうせコイツはもう詰んでるから。あっちはどうでもいいわな。」


「問題はこっちよこっち……まぁ今まではうまいこと回るシステムだったんだろうが……そりゃ現代じゃそう食えんわな。さーて、これどうやって納めるか、だよなぁ……。まぁいいや。とりあえず豪勢な晩飯つつきながら、先の策練りますか……っと。」


「さぁさぁさぁ、ひれ酒はしっかりあっためておきましたから。」


「まぁまぁまぁおっとっと。いやぁすいませんねぇ御酌までしてもらっちゃって。」


宿の自室に戻ると、既にばっちり夕飯の用意が済んでいた。


フカヒレ、キャビアはもちろん、鍋、空揚げ、果ては骨せんべいに軟骨ジュレケーキまで。サメの調理法はここまであったのかと感心させれられる。そんな「高麗御膳」(字を変えてあるのは、おどろおどろしいイメージの払しょくの為だろう。)


当然お値段も記者の安月給じゃ到底手が出せないが、何せ今回は全てタダ。思う存分豪華料理を味合わせていただいた。


「それで記者さん?役所での成果はどうだったんですの?」


食器を片付けながら、お付きの仲居がそれとなく記者に質問する。


その様子に記者はある種の確信を抱いたため、ほろ酔いがてら仲居に尋ねてみる。


「あーひょっとして仲居さん同業者っすか?今朝の大浴場清めの身のこなしとか見てると、組織人ぽいっすけど。」


仲居は片付けの手を止め、まるで二時間サスペンスで客の変わり果てた姿を見つけたみたいな表情をする。


その様子に少し申し訳なくなったので一応フォローを入れておく。


「いやぁすいません、守秘義務あるんでしたっけ。でもこうお互い立場晒した方が話早いじゃないっすか?それに俺も組織付き上司なんで、コンプライアンス的にも大丈夫っすよ。」


まぁ実際には専門家の私設部隊と言って差し支えない非認可も非認可なのだが……。まぁそこは今必要のない情報だ。


現に仲居はすっかり安心しきって


「やっぱり同業でしたか~。いや、何も知らない冷やかしの素人さんだったらどうしようかと思いましてね?気に病んでたんですよ~。」


……少し態度がなれなれしくなった。まぁいいか。

とりあえず記者は仲居に役所での情報を伝えた。ついでに、あのオーナーのよもやま情報も。


「……やはり、あの噂はクロでしたか。どうりでここに呼ばれてくる子たち、皆具合悪そうで……。」


「堕胎やら卵管切除の手術やってた闇医者はすでに捕まっているらしい。なんでもヤバいレベルの反出生主義者だったらしいな。グルだったオーナーも、今頃空港でお縄だろうさ。」


「でも、それと今回の鮫怪異、いったい何の関係が……。あ。もしかして。」


「ビンゴ。要は需要と供給が嫌なマッチング起こしちまったってわけだ。」


「そういえばこの地域、流れ込む海水のせいで畑や田がまともに作れずに、旅篭町になったなんて言い伝えがあるそうで。」


「まぁ、そういう飢饉が常だった村のやむにやまれぬ事情が因習と化した、ってとこだろうな。民話や祭りなんか見てると一目瞭然だ。」


「そして、いつしか金に目がくらんだ者たちによって目的と手段が入れ替わった、と……。」


「そういう事よ。とにかく、あの『巨摩下峠』。あそこがすべての原因と始まりだ。まぁ逆に言えば、あそこの住職問いただせば、今回の事態は解決するってわけだ。」


「……本当にそうでしょうか?私は、記者さんのお話を聞く限り、どうもそれだけじゃぁないと……。」


「まぁ、人間の身勝手な罪滅ぼしのせいで、対立構造になっちまっているのは確かだ。まぁ俺の仕事はあった事を書き記すだけだから、勝手にやってろって感じだがな。」


「……記者さん。なら私から一つお願いをしても?」


「さて、何でしょうか。こんな三文記事書きにできそうなことなら。」


「実は私共の組織も今回の事態を高い優先順位でとらえ、解神部隊の派遣を検討しています。」


「まぁ、数百年単位で食ってる可能性があるやつが、文献でも見た事ない暴走してたら、そうもなりますね。」


「そこで、記者さんにも怪異事案の完全解決に、ご協力いただきたいのです。」


「そりゃまぁ乗りかかった舟だしこのまま話だけ聞いて帰るのも目覚めわりいなって思ってて所っすから当然ええですけど……。」


「あ、まさか。手遅れな住職の方は何とかするから、あの役所の担当者引き戻し俺にやらせるとかそういう話ですか!?」


「……そのまさかでございます。」


「いやいやいや。俺素人さんっすよ?大体あの担当者も様子見ている限り、多分遅かれ早かれあっち側ですよ?今更俺がどうこうできる……。」


「でも、お願いいたします。」


「わたくしもここに潜入して短い間でしたが、あの方、しょっちゅうこの地域を見回りしてくださっていて。」


「しかも、ご自身の仕事もあるのに、毎日子供たちの見回りやら、ひとり親の支援やら、身を粉にしてこの地域の為に働いてくださっていたんですよ。」


「正直このサメ大量発生において、人的被害がいまだ出ていないのも、あの方のご尽力があってこそだったんです。」


「……なるほどねぇ。ああいう存在が増やす配下にしちゃ数多すぎるしやけにおとなしいとはと思ったけど、そういう事だったか。まったく無自覚に救う善人ほど、タチの悪いものは無し。だな。」


「ちょっとあなた何言って……。」


「仲居さん。アンタあの男の影響下に呑まれかけてるよ。戻ったらカウンセリング受けることをお勧めする。」


「えっ……。あっ……。」


「まぁ、担当者の事は明日の朝までに調べつけときますよ。大体今確認したら、部長から『あれこれ理由付けて油売って無駄金使うのなら今度から出張全部自腹制にするぞ』って恫喝メール入ってきてましたし。」


「そういう事なら、あんたら組織のお望み通り。明日でみーんな終わらせますよ。サメも、この町も。」


「……頼んだのは、あくまで私ですので。ぜひ。お願いします。」


「よっしゃ!じゃあチェックアウトは明日の朝一で。こんないい宿一泊ってのは名残惜しいですけどね!ではおやすみなさい!ありがとうございました。」


俯き黙りこくる仲居を部屋から追い出し、記者は早速担当者の調べ作業に入る。途中、ふすまの向こうから何かを噛み締めるようなすすり泣く声が聞こえる。


「……居心地の良すぎる場所や、嘘みてぇな聖人君子は、必ず光で穢れを隠している。そういうものに決まっている。」


ふすまの向こう、そして己自身に言い聞かせるように、座右の銘を噛み締め。


記者は武器となる情報を集めるために、無機質な光を放つ画面へと、向かっていった。


「……オーナーは昨夜中に無事逮捕されたっぽいし、まーそうなるわな。」


結局二時間ぐらいしかできなかった仮眠から目覚め、荷物とお土産をまとめてロビーへと出ると、フロントでは数組の客が不意の強制チェックアウトに納得がいかず、雇われ支配人に詰め寄っていた。


怒号と謝罪でごった返すカウンターに空気を読まず突っ込むわけにもいかず、鍵の返却をどうするかと考えあぐねていると、仲居が「おはようございます」と、腫れあがった目で、しかし声はどこか晴れやかにあいさつした。


「どうでしたか?一晩泣いて影響下から外れきれましたか?」


「……なんとか。すいません。昨日は取り乱してしまい。」


「いえいえ。こんな穢れが大風呂いっぱいに溜まるようなところで長期潜入やってたら、誰でも精神呑まれますって。気にせんといてください。あ、これ部屋の鍵と雀の涙ですがチップです。短い間でしたがお世話になりました」


「……やはり今から向かわれるのですか。『巨魔下寺』」


「ええ。あの金に目ぇくらんだ生臭住職に喝くらわすのと、あの担当者の目、覚まさなきゃならんですからね。でないと街の住民一人残らずサメの餌だ。」


「……でしたら、これを。」


「……対処用の護身刀じゃないっすか。どうしてこんな重要備品を俺に?」


「もう使い手がいないものになりますので。どのようにお使いになっても結構でございます。」


「まぁな。アンタ仲居やっているほうが性にあってそうだし、いいんじゃねぇのか?こんな真黒い澱みの世界なんか忘れて、人として自由に生きるほうが、向いているさ。」


「ありがとうございます。でも一応、ここに解神部隊が到着するまでは、任務を全うしようと思っております。」


「あ、その部隊に言っといてくれ。俺はあくまで三文記事書きだから、怪異退治までは面倒見切れてねぇからなって。今日もあくまで住職と担当者に取材に行くだけのつもりですんで。」


「……何話が違うみたいな顔してるんですか。そーゆーとこですよ影響下に入れられたの?俺はあくまで俺の仕事があるんですからそう何でもかんでも託されたら困ります。まぁ刀は貰っときますんで。あ、カウンターで乱闘始まっちゃいましたよ!一応ここの従業員だから止めに行って下さいな!では!」


これ以上の滞在はいろんな意味で重荷を背負わされると確信した記者は、早々に旅館を後にした。


出口エントランスから見える池では、相変わらず大量のサメが、無機質にじっとこちらを見つめていた。


寺へと続く参道の両脇には、これでもかというぐらいびっしりと地蔵が立ち並んでいた。


「しかも丁寧にザクロまで植えちゃって……。ったく、わざとらしく水子供養の振りしたって、アンタの罪は消えませんよっと……。」


愚痴りながらだらだらとした上り坂の参道を歩いていくと、時折冷たく強い海風が、歩みを拒むように顔をかすめる。


トレンチコートを重いものに新調してなければ、己自身の個我まで吹き飛ばされそうな、そんな風だ。


「チっ……。さっみぃ……。でも寺まではそんなに……って。あ、」


ふと顔を見上げると、既に寺の門の前まで来ていた。が、記者の目の前には。


「おめぇか」


「いだいなるこまぬしをなきものにしようとしている、おろかものは」


高そうな袈裟を身にまとい、伐採用の鋸を記者の脳天に振り下ろさんと上段に構えた、明らかに人の正気をなくした住職の姿があった。


「うぉいちょっと話し合えるスタイルじゃねぇなぁこれは!」


初撃を何とか護身刀で鞘ごと防ぐ記者。刃が止まっている間に、住職の事を素早く観察する。


歯を鳴らしながら口角泡を飛ばし、目を血走らせ襲い掛かるその姿は、まさにどこかの映画で見たような、サメを連想させた。


だが、右目が少しまばたく様子を見ると、まだかろうじて人の理性は残っているようだ。


「われわれはこまぬしさまにささげるために!今までこの寺を守ってきたのに!」


「なのにあの役人どもはでんとうをはかいしようとし!あの脂ぎった男は趣旨を理解せぬまま『なんなら首回らなくなったおんなもくわせてくださいよ』なんとのたまう!」


「わたしがくらうのはこでないとだめなのだ!そしてつみをつぐなわせ!つぎのせい……違う!そう!つぎもくらうためにつみをつぐなわせる!そうやってわたしは、ワシは……。」


理性と衝動の間で暴れながら、住職と中にいるコマヌシが叫ぶ。どうやらゆがめられた者同士、かなり定義が不安定な状態になっているらしい。


そんな混乱を断ち切らんとするように鋸の歯は、ぎりぎりと徐々に鞘を切断していく。


これはギリギリ行けそうか。記者は半分だめもとでそのまま


「なーにが伝統だ使命だ因習だ信仰だこのクソ生臭野郎が!」


「クズ野郎の甘言に目ぇくらんでそれ全部破壊したのどこのどいつだバッカ野郎!」


住職に呑まれないよう大声を出しながら、みぞおち辺りに膝蹴りを喰らわせた。ぐう、だのげふだの獣のような唸り声と唾を飛ばし、住職が仰け反る。


その一瞬のスキを突き、記者は素早く抜刀した。


「いーか!一個だけ言ってやるから降りた体の耳かっぽじってよーく聞け!」


「サメだかコマだか神だか怪異だか知らねぇが!」


「あんたらのルールと同じく!人喰う奴は退治されても文句言えねーんだよ!」


そしてそのまま住職の目の前ギリギリかすめる程度を狙って、素早く振り下ろした。


「が、がはぁっ!」


大した叫び声も上げずに、一気に住職の体の力が抜ける。


どうやら焼き付き刃の退治は成功したようだ。


まぁ恐らく、住職を影響下から外せただけで、本体はまだぴんぴんしているだろうが。それはどうでもいい。兎に角無事に事を切り抜けられた。


「あ、あれ?ワシは……。」


何が起きたかわからないという風に頭を振る住職に対して、記者は素早く畳みかける。


「何操られていました感出そうとしてるんだよクソジジイ。ほら、坂の下に警察来てんぞ。」


「け、警察!?う、嘘だあの男!私の手は汚れず、人を超えた存在になれると言っていただろう!」


「残念ながら全部ゲロったってさ。胎児遺棄の共謀のほかに造園会社の社長としても収賄と贈賄と業務妨害で罪状出てんぞ。」


「あー。それより先にコマヌシからのしっぺ返しがあるわな。元は止むにやまれぬ罪への救済だった存在を捻じ曲げて怪異にしたんだ、下手すると一生祟られるかもな。」


「例えば……そうだな。水場に浸かる度に全身噛み砕かれたように痛む、とかな。」


「ひ、ひぃぃっ!わ、私はただあの男の言うとおりに……。い、いったいどうすれば……。」


「あははは!テメーが着ているそれは何だって話だよ!まぁちゃんと謝れば許してくれるんじゃねーの?じゃあな!」


うろたえて七転八倒する住職を背に、記者は岬の縁へと向かって歩き始めた。


「ゆるしたまえ、赦したまえ……。」


呟くようにか細い祈りが、冷たい風音にかき消されて、時折流れた。


「……やっぱりここにいましたか。昨日はどうもありがとうございました。担当者さん。」


岬から海を見下ろすように立つ、長年の風化で字が潰れた慰霊碑。


その前に、担当者は立っていた。


「ここに辿り着いたという事は、既に『巨摩下』の意味はご存じなのですね。」


「ああ、ついでにアンタの過去と、この町丸ごと餌にしようとしたこともな。」


「……住職はどうなりましたか。」


「しっかりと襲われたんで、しっぺ返しに上司直伝のハッタリで仕置きしておいた。逃げ道もちゃんと用意したから、痛い目会うだけで済むだろ。あ、アンタの事は結局一言も言ってなかったぜ。」


「……潮時、ですか。まぁ貴方と言葉を交わしたときから、そんな予感はしておりました。」


「お話いたしましょう。すべてを。」


担当者は記者に向き直り、しっかりとその目を見据える。


確かにその姿は仲居が言うように、どこまでも町のことと人のこと、そして魅入られたモノの為に己の持てる限りを尽くして働く、奉仕者に見えた。


「始まりはこの町に来た初日、この寺にお参りした時の出来事でした。」


「その時住職の話から、『巨摩下』が、『子投げ』をもじったものであること、ここが村だった時代には、しきりに口減らしが行われていた事。そして『巨摩』のもう一つの当て字に『児未』つまり生まれてこられなかった子供たちの意味がある事を知りました。」


「私はそれらの話に、思わず泣いてしまいましてね。ああ、あの時の住職がした『なんだこいつ』みたいな顔は、いまだにはっきりと覚えております。」


「その後、私はこの慰霊碑に手を合わせて帰ったんですよ。でも、その時頭の中に、複数の子供たちの声と、イメージが流れ込んできたんです。」


「崖から背中を押される子供、ビニールからばらまかれる複数の胎児、深夜、置き去りにされて泣き喚いたまま足を滑らせた子供達……。」


「そして、そんな子供たちが、しきりに私に言うんです。」


「『どうして、こどもなの?』」


「『どうして、おとなじゃないの』と。」


「最初はわけもわからず、その場から逃げ出してしまいましてね。」


「でも、あの後町の歴史を紐解いて行ったり、役場業務をしていくうちにわかりました。ああ、この町では子供が、『餌』なんだという事に。」


「だって、大型ホテルの跡地に学校を作る話が汚職で流れて、結局パチンコ屋になったような歴史がある町ですからね。でも責任のない大人のせいで、この町の子供たちは皆満足な福祉を受けられていない。」


「明らかに異常でしょう?理由はすぐにわかりましたよ。この町は、『コマヌシ』と大人たちの狂った欲に、取り憑かれていたんですよ!」


「で、アンタは『コマヌシ』の支配からこの町を救おうと、行動を起こした、が。もう気が付いてるんですよね?コマヌシも口減らしの言い訳のため勝手に人が作った幻想ということも、民話も働き手の増減に合わせて都合よく二転三転していた歴史にも。」


「でもなんでアンタはわざわざ大量の苦情という自作自演や源泉水路の工事なんて嫌がらせまでして、この町に大量のコマを引き込んだんですか。」


「どうしてこの町ごと、『コマ』に食わせようと、したんですかねぇ。」


「……実は私も、この町出身でした。そして、一度捨てられたんです。この岬に。」


「思い出したのは、この石碑に頻繁に通って、コマたちと交流するようになってからです。しきりに私の事を仲間というので、調べてみましたら。」


「幸いにも私は気づいた親戚に拾い上げられて、そんな出来事を忘れるぐらい、幸せに育ててもらいました。でも、だからこそ投げられていった子供達の無念を、何とか私の身で晴らさんと……。」


「それが只の己の汚い復讐心を使命にすり替えていると、知っていながらですかね?」


「……だからこそ、貴方の様な止めてくださる人を、待っていたのかもしれません。」


「……貴方はこの様子では、この町の住民がコマを食べない理由も、知っているんですね?」


「もちろん。コマは己の子の生まれ変わり。だから口にしてはならない、だっけな。」


「ええ。でもその話には続きがあるのです。」


「『コマは親より先に死んだ罪を償うためにコマヌシの下で働く。だから大事にすれば、いつかそれは自分の子として帰ってくる』」


「『そうすれば今度は決して投げるな。同じ罪を繰り返すな』」


「……まぁ仏教思想と組み合わさった後付けなんだろうけどな。っておい……あの住職、まさか。」


「そのまさかですよ。あの従業員の胎児やら幼児遺棄してたホテルオーナーから賄賂と注文途絶えるのが怖かったんでしょう。あの住職は前半だけ抜き取って永遠に子か身を投げるような地獄を作ろうとしておりました」


「で、口減らしの文化がなくなったことにより役割を終えて、消えようとしていたコマヌシが、住職の甘言と飢えに負けちまって……。と言う訳だったんだな。」


「ええ。ですからそんなこと辞めさせるように、あのホテルには何度も通いまして。でも結局社長には会えなかったうえに、仲居さんに感づかれそうになったものでして……。今思えばあの方には、本当に申し訳ないと思っております。」


「で、手始めにあの大浴場にコマを放って、あらゆる人間の味を覚えさせて、コマヌシに子供でも大人でも変わらんと、説得させようとした。」


「でも、その頃には一体化進みすぎて、コマも己も制御が効かなくなっていたアンタは、町中にサメを溢れさせちまった、と。」


「事がすべて上手く行けば、コマヌシもむやみやたらな捕食をせず、普通の葬式での海への散骨ぐらいで、丸く収まるつもりだったのです。ですが、貴方が私に対面した時点で、既にそんな分別よくはいかないだろうと、察しておりました。」


「あたりめぇだ。怪異は1喰ったら10求めて100喰らいつくすようにできているからな。」


「……記者さん、その刀で私を斬るおつもりですか?」


「アンタはここから身を投げれば解決するなんて思ってそうだから、それだけは全力で止める。現にさっきの住職のみてえに接続さえ断ち切ってしまえば。町からサメも消えるだろうからな。」


「……あの子供達、コマたちは、どうなるのでしょう。」


「まぁ、コマヌシと一緒に、専門組織によって浄化されるだろうな。ついでにサメの実体も駆除だ。それが救いかどうかは知らねぇが。」


「ありがとうございます。あの子たちが救われるなら、私はそれだけでいい……!」


「……後ろにいる奴らも、それで異論ねぇな?」


そう記者が尋ねると、不意に冷たい風が止んだ。岬に、一瞬の静寂が訪れる。


どうやらコマたちにも、今のところ、異論はないようだ。。


「……では、お願いします。記者さん。」


粛々と担当者が、項垂れ、記者に首を差し出す。


記者は、その首の後ろ辺りを刃で斬ろうとして


「あ、そうそう担当者さん、アンタにも逮捕状出てますから後で岬の下にいる警察官に合流してくださいね?」


「罪状は妻と子の虐待と暴行、しかも四件と来た。こりゃ実刑間違いなしですな。」


「……は?なんで、それを?」


「質問はこっちがしてぇわ。何でアンタこんな状況になっても聖人でいようとしたダボカス。」


刃を収め。その手で担当者の胸ぐらをつかみ上げる、少し感情的だが、残念ながら記者はこういう、聖人ぶった男は一番嫌いだ。


「あんたの過去もとっくに調べがついてんだよ。ホスト時代に売掛地獄で女借金まみれにして、作った子供と女憂さ晴らしのサンドバックにしたあげく、仲良く餓死させたんだっけな。」


「ああ、多分そん時にてめぇ自身も怪異成れしたんだろうな。似たような女捕まえていたら、あのオーナーに目ぇ付けられたってとこだろ。」


「で、あのオーナーの命令で箔つけの為に女性活躍の仕事受け負っていたら、だんだん本性との差異に心がついて行かなくなった。で、作りあがったのが物腰柔らかい優しい初老っていう仮面だ。」


「そうやっていろんなやつ影響下に置いて味方作りしたあげく、影では相変わらず女子供餌にしてたってわけだ。」


「……何を言っているんでしょう。私には、身に覚えのない。」


「そんなにコマを体に受け入れられたのが何よりの証拠だ。あわよくばそいつらみんな喰って己にすれば、なんて思ってたんだろ?」


「言いがかりはやめてください!私は本当に子供たちの為に!」


「『巨摩下祭りの際、この町で死んだ子供の名前を、コマ一人一人に付けて、手厚く葬る』」


「『そして今では巨摩下祭りは時代にそぐわないと、行われておらず、正式な信仰も途絶えている。』」


「ちなみにこれ、中央にある図書館の民話集に乗っていた話だ。しかも刊行されたのは、去年だ。」


「あんた、なんでいかにも今でも巨摩下祭りがおこなわれているような嘘をついた?」


「なんで、消え去ろうとしていた奴らを、もう一度揺り起こした?」


記者が問いただした瞬間、岬に突風が吹いた。同時に


「ぐっ!がぁっ!?な、なんだこの、痛み。」


担当者が全身を押さえて、蹲った。


「なぜだ、なんで君たちが私を喰らうんだ、やめろ!痛い、いたいぃぃぃ!」


岬に吹く突風はさらに強くなる。その風に乗って


「うそつき」

「しんじていたのに」

「おなじおとなじゃんやっぱり」

「でもいっぱいあるよ」

「どうせきえちゃうからね」

「えさにしよー」

「さんせー」

「さんせー」


幾人もの子供たちの声が、岬中に鳴り響いた。


「は、はやくそのかたなで、わ、わたしを」


担当者が記者に手を震わせながら伸ばす。


記者はその様子を見下ろしながら、担当者に告げる


「あ、ちなみにもうすぐコマヌシの方も来ますからね。アイツ、唯一自分の存在を手厚く祀ってくれていた住職が、アンタの甘言のせいで金と力で成れ果てたの許してないそうですし。」


そういうや否や、記者は踵を返し、峠を降り始める。


「待ってくれ!おいていくな!せめてその刀は置いていけ!」


今だ喚く担当者の声に、記者は一度だけふり返り。


「あ、そーいやもうこれいらんわな。部屋に置いてあっても邪魔だし。」


担当者の目の前でおもむろに刀を、海の方へと投げ捨てた。


その後は一度も振り返らず、警察や隊員が岬を駆け上がっていくのを尻目に、記者は裏道を静かに下っていく。


「……怪異よりあくどいこと、を」


暴風の最中、微かに誰ともわからない声が、聞こえた気がした。


追記


初稿版を多く閲覧してくださった読者に、改めて御礼申し上げる。


しかし、記事を見た読者から、


「あまりにも後味が悪すぎる」


という意見を多数いただいたので、ここに初稿版掲載後の専門家と記者の会話をおまけに追記しておく。お口直しになれば幸いである。


「いや~お疲れ様あんさん!こないだの記事、早速好調らしいで~。」


「はぁ、ありがとうございます……。でももう倍回んないと、出張費ペイできないんすわ。」


「ぎゃはは!そりゃあんさんが経済部の経費で全部落とそうとしたのが悪い!部長もカンカンだったやろ?」


「でもこないだ専門家さんがキレさせたのよりはまだ火力低かったっすよ」


「それあんさんが暮れたお土産の『サメくじクッキー』のせいやろがい。『まぁまぁ、シャークに障っても、気にしない。』って、ありゃ逆効果やでwwwww。あ、もしよかったら余っとるから一個どーぞ。もう湿気てもっそもそやけど。」


「ありがたくいただきます……。あ、その後あの仲居さんの経過どうですか?」


「順調やってさ。ついでに町の方も、先日サメの駆除と処置無事終わったらしいで。結局行ったのは解神の方やなくて、情報整理班の方やったけどな。」


「うわー……。まぁコマたちはすでに無害化できてるんだから、あれに溜まったヤツ食ってから消えてくれる方が効率的って判断でしょうね。」


「まぁな。あん時のあんさんの判断通り、組織も自分で歯止め効かんような奴、人に戻したところでまたやるっていう判断や。まぁあんさんの場合は性格の悪さ由来もあるけどな。」


「こればっかりは性分なもので。」


「ぎゃはは。でもそんなあんさんだからこそ、見込んでここに引き込んどるんや。引き続きよろしゅうな?」


「個人的には、怪異成れ暴走しないように首輪つけて見張られている感がしますが……。まぁ、よろしくお願いします。」


「おう。自覚あるんなら、たまには無垢に光見て美しいとか、言うた方がええで。あ、そーいやビル下の並木通りでイルミネーションやるけど、よかったら……。」


「振られた人の怨念とかキャッチしそうなんで、時間外手当付くなら行きますよ?」


「ぎゃははははは!」


以上、記者と専門家の、一幕であった。


(ちなみにもらったクッキーには『現実にシャーク然としなくても、夢からサメていきよ!』と、書いてあった。キラ仕様のレアものだったため、こっそり財布に入れて、お守りにした。)

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