2-1 華の男子高校生だろ?
「……なんか、すんげー機嫌悪い?」
「いや、寝不足」
ズル休み明けのお昼時、教室にて。
いつも通りの昼食の時間、ヤナギは迫りくる眠気をどうにか堪えてそう言った。いつもの如く人の机に弁当を広げるタカトは、きょとんと不思議そうにしていたが。
「なんで寝不足? お前、昨日ずる休みだったろ?」
「……昼寝し過ぎたせいで、夜寝れなかったんだよ」
「わー、バッカでー」
「うるせえ」
これ見よがしに指をさして笑うタカトに一睨みする。だが確かに、随分と馬鹿なことを言ってるなと自覚はしていた。
なにしろ、寝不足になった原因が原因だ。昨日の出来事は思い出すだけでも心臓が痛い。雑念のように脳裏にこびりついて離れない上に、昨日の出来事に対してどんな想いを抱けばいいのかもわからない。
(風邪の見舞いだってんだから、素直に喜んどきゃいいはずなんだけどな)
あるいはただのサボりなのに、わざわざ見舞いに来た人の好さに感心すればいいのか。
半分近く逆恨みだと自覚しながら、ヤナギは視線を教室の騒がしい方――というか、かしましい方へと向けた。
そこには当然のように、アマツマがいる。これもまたいつものことだったが、彼女は女の子に囲まれていた。クラスの女子のみならず、他のクラスの子も混じっているらしい。そして、女の子を侍らせたアマツマに男子たちが嫉妬と羨望の視線を向けるのもいつものこと。
(これが平常ってのも、なんだかなあって話だが)
と、ヤナギの視線を追いかけてか、同じようにアマツマを見やってから。
声を潜めてぽつりと、タカトはぶち込んできた。
「そーいやお前さ、アマツマとなんかあったん?」
「……なんで?」
平静を装いながら訊き返す――内心では、昨日のことを思い出してつい動揺していたが。
少なくとも表面上、ヤナギとアマツマに接点はない。なのになぜ、いきなりそんなことを訊いてきたのか。
疑心が顔に出ないように気をつけながら待っていると、タカトは能天気に、
「あれ、言ってなかったっけ。昨日、アマツマにお前んち知ってるかって訊かれたからさ。普通に教えちゃったんだけど」
「……俺のプライバシーを売らないでもらいたいもんだが」
「一円にもならなかったぜ、お前のプライバシー」
サムズアップすらしてくるタカトに、ヤナギはそりゃそーだろと一睨みした。
むしろこの場合、ヤナギの個人情報が金になると言われた方が怖いものがある。誰がどこに価値を見出して、いったい何に使うというのか。自分では全く思いつかない。
(そーいや、タカトに家の場所聞いたとか言ってたかあいつ?)
昨日のことだ。矢継ぎ早にアマツマが文句を言うのでつい聞き流してしまっていたが、確かにアマツマもそんなようなことを言っていた。
と、タカトのジト目の視線に気づく。無言で探る目が何か変なことを思いつく前に、ヤナギは素直に白状した。
「別に、大したことじゃないよ。ちょっと物貸してて、昨日返してもらう予定だったってだけ」
「もの?」
「自転車」
「……なんで?」
「さあ。まあ流れというかなんというか……別に、何かあったって程のもんではないぞ?」
ケガしたからどうのこうのという部分には触れない。醜聞というと少し違うが、アマツマにとって面白くない話には違いないだろうから。
だが目の前のジト目はなおも疑わしげなままで。
「ふうん。へえ。それで?」
「それでって……なにが?」
「とぼけんなよ。女の子が病人の住所訊いたんだから、次はお宅訪問だろ? 見舞いに来たんだろ? なんか面白いことあったんじゃねえの?」
「ねえよ、ねえ。いやまあ、差し入れはもらっちまったけどさ……まあズル休みだったから、悪いことしたなとは思ってるけど」
と、ふと思い出して、ヤナギは机横にかけたビニール袋を見せつけた。
「ちなみにその差し入れがこれだ」
「……普通のゼリー飲料だな」
「風邪の差し入れには定番だよな。おかげで今助かってる」
「……粗食にしたってこれが昼飯ってお前……」
呆れたというよりはドン引きな顔で、タカト。
一方タカトの昼飯といえば、ヤナギの机にどんと広げられた、茶色に染まったお弁当。肉・春巻き・ウインナー・からあげ・そのほか諸々。見渡す限り緑色がなく、いかにも“男子高校生”らしい弁当だが。
料理に卵の殻でも混じっていたような顔で、ヤナギは呟いた。
「お前みたいに“愛妻弁当”もらえるような奴と比べりゃ、そらお粗末だろーよ」
「愛妻弁当言うな。これはそういうんじゃねーよ、あいつが作り過ぎたって言うからもらってるだけだって」
「へいへい、さようで」
これはある種のノロケなんだろうかと、ヤナギは眉間にしわを寄せた。なにしろこの弁当の作成者は、タカトの近所の幼馴染――ついでに言えば同級生――なのだ。
初めて聞いた時は露骨に顔をしかめた。幼い頃から一緒の女の子が、作り過ぎたから(という建前で)毎日弁当を作ってくれるというのだから。しかも自慢かと思いきや、これで付き合っていないというのだから始末に負えない。
タカトの幼馴染は別のクラスなので、普段は害はない。だが時折タカトを構いにやってくる。そして“素直になれない幼馴染”ムーブをお互いにかまして、周囲に胸やけを強要する。
今回もだ。照れ隠しのつもりか、相方もいないのに恥ずかしそうに言ってくる。
「お前、信じてないだろ」
「そらまあな。毎日欠かさずお前の好みに合わせて茶色い弁当作っておいて、作り過ぎただけーなんてどう信じろと? とは思ってる」
「前も言っただろ? あいつ、料理が趣味なんだよ。昔っから付き合わされて失敗作ばっか食わされて、大変だったんだぞ? 最近は……まあ、うまいもん食べれるようになったけどさ」
「そーかい」
それ以上何も言う気になれず、ヤナギは深々とため息をついた。
と、この話題は分が悪いと判断したのだろう。タカトが強引に話題を変える。
「まあ俺のことはどうでもいいんだよ。それよりお前はどうなんだよ」
「? なにが?」
「華の男子高校生だろ? お前にも浮いた話の一つや二つ、あってもいいんじゃねえの?」
「あるならこんな侘しい飯食ってねえよ」
ゼリー飲料にもアマツマの差し入れにも罪はないが、比較対象があまりにも悪い。
机の上にはタカトの(当人たちは絶対に認めないが)愛妻弁当。一方自分は、昼飯と呼ぶにはあまりにも質素なゼリー飲料が二つだけ。彼女が欲しいわけでもないし、恋愛に興味があるわけでもないのだが、それでもこの格差は心にクる。
「ほーかほーか。なんだよつまんねえなー。アマツマがお前んちの場所訊きに来た時には、ついにお前にも春が来たのかと思ったもんだが」
「アマツマがか? ねえだろそりゃ」
「なんで」
「なんでって。俺だぞ?」
しゃくなことにそれで伝わったらしい。タカトは生温い目をした。
まあ単純な話だ。学校の中心人物である“王子様”と、クラスメイトというだけのその他大勢ではヒエラルキーが違う。こちらがあちらに、という話ならともかく、あちらがこちらに惚れるという状況があり得ないのだ。
そしてヤナギにもそんな気はない。よって春は成立せず、世はなべてこともなし――
「んじゃ逆に聞くけどさ。お前、好きな奴とかいねえの?」
「あん? 俺?」
思わずぽかんと繰り返す。何やらいきなり難問をぶつけられたような、そんな心地だ。
だが思ったほど答えに悩みもしない。わずかばかり振り返って、率直に告げた。
「いねえなあ……というか、恋愛的な意味で誰かを好きになったことってねえな。今にして思うと」
「なんでだ男子高校生。理想が高いとか? 面食い? それともなんかフェチこじらせてる?」
「いや。そもそも人をそういう目で見たことがなかった」
「……ちょっと男子高校生? あなたおいくつ? 思春期とか青春ってご存知?」
「概念は知ってる」
「その返答は正直ないわー」
割と本気のトーンで、タカト。だが実際にそれ以外に言える言葉もないため、ヤナギは肩をすくめてみせた。
だがどちらにしたところで、彼女など作ったところで持て余すのが目に見えている。彼女を欲しがるふりくらいはするが、実際に欲しいかと問われると答えはノーだ。
構うのも構われるのもあまり好きではないヤナギとしては、一人でいるくらいがちょうどいい……
と。
「…………」
「……?」
第六感とでもいうのか。不意に視線を感じて振り返る。
その先にいたのは――
(アマツマ?)
だった。話の合間にこちらを見た、という感じでもないが。何か言いたげに眉根を寄せているように見える。
一秒か二秒。時間にするとその程度の短さだが。
「テンマくーん? どうしたのー?」
「え? ああいや、ちょっとね。ボーっとしちゃって。ごめんね、何の話だったかな――」
だがすぐに侍らせた女の子に呼ばれて、そちらの方へと戻っていった。それきりこちらを見る様子もない。
というか、ヤナギを見ていたと思ったこと自体が勘違いだろう。本人もそう言っていたのだし。
「どーかしたか?」
「いや、なんか誰かに呼ばれた気がしただけ。気のせいだった」
「へえ」
タカトの雑な相槌を聞き流しつつ、ヤナギはゼリー飲料を飲みほした。
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