才能
硝水
第1話
神様は僕が購買で買ってきた売れ残りのたまごサンドをもそもそと齧っている。屋上でランチするのには最適な天気で、つまり風が適度にあって明るい。神様は真っ白な貫頭衣に白金の髪をして後光を迸らせている、訳でもなく僕と同じ制服に身を包み艶やかな黒髪を耳くらいまで伸ばしているだけで、天使の輪はあっても後光は見えない。ただその横顔は彫刻のように美しく、と表現すればわかりやすいけれど、正直彫刻では再現できないと思う。
「これ、玉ねぎが入っていたね」
「たまごサンドなのに?」
「入っていたんだ、ほら」
神様はパッケージの成分表示をこちらに向ける。たしかに玉ねぎが入っていた。
「嫌なら食べなくてよかったのに」
「一度触ったものを残すわけにいかないじゃないか」
神様はこういうところが妙に貧乏くさい。ゴミを掲げたまま動かないので捨ててこいということだろう。屋上にはゴミ箱がないのでこびりついたフィリングを包み込むようにたたみ、ポケットに突っ込む。
「神様にも不浄の概念があるんだ」
「一応このように人間界で住まわせていただき十七年になりますので」
「玉ねぎ消しちゃえば」
「何度もそうしようと思った」
「してないのは?」
「玉ねぎが好きな人間もいるだろ。きみとか」
知っているのなら余計に、どうしてサンドイッチを分けてくれなかったのかと問いただしたくなる。僕は自分の焼きそばパンを食べていたからだと思う。
「神様に好き嫌いあるの、すごく意外だった」
「嫌いなものだらけだよ」
「自分で造ったくせに」
「自分で創ったからだ」
コーヒー牛乳をストローで吸う。コーヒー牛乳をストローで吸っているだけでこんなに絵になる存在を僕は他に知らない。
「きみと競走したことがあったよね」
「そうだっけ」
咄嗟に惚けてみせたが、その時のことを僕はよく覚えていた。焼きそばパンが途端にパサパサしたスポンジ状の何かとぶよぶよした麺状の何かにかわる。
「もう走らないの」
いや、どうして走らなきゃいけないんだ。僕は一度神様に負けたんだ。
「僕は」
神様はストローを咥えたままパックを潰してこちらに寄越す。捨ててこいということだ。
「……神様は嫌いなものばかりかもしれないけど」
「うん」
「僕は好きなんだよ」
だから神様が走ってよ、と言外に訴える。きっと心だって読めるんだろうと思っているから。
「無い物ねだりは誰だって同じだね」
一緒に走ろうと言わないのが『この人』だということを僕は知っていた。神様は僕から走りを奪ったんだ。僕を持たざる者にしたかったから。
「どうだった?」
「間違いなく一番愛しいよ」
予鈴が鳴る。神様は立ち上がって伸びをする。
「ね、明け方の風はもっと気持ちいいからさ」
だから何、ごと階下のゴミ箱に投げ込む。僕は、僕より優れているという点において神様のことが嫌い(好き)だった。
才能 硝水 @yata3desu
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