その三、紫煙の先

「分かりました。じゃ、それで最後にしましょうか。うん。私は編集者ですから、こう言っておきます。若駒さん。良い作品を期待していますよ。では……」


 とだけ言い残して少しだけ吸ったタバコを灰皿で揉み消す。ここを退出してゆく。


 最後に残った紫煙は若駒を心配するかのよう漂う。


 そして、


 残された彼は、また目を閉じる。今度は大きく息を吐き、そののち、ゆっくりと息を吸い込む。唇を強く噛む。両手を合わせて組み、また息を吐く。間を置く。それから無言で原稿が入った封筒を回収して応接ルームから出る。出版社をあとにする。


 外に出ると快晴で雲一つない。太陽が、まぶしい。


 ……五十ですよ、そろそろ限界ですよ。さすがに、もう諦めたらどうです。小説家を。という編集の痛烈な言葉が頭の中でリフレインしている。年齢か。全ては年齢が問題なんだ。もし、俺が、もっと若ければ編集の言葉も違ったはず。


 そうだな。もう五十歳なんだな。もはや全てが遅いのか。そう思えて仕方がない。


 若駒は、スーツの胸ポケから赤いタバコの箱を取り出す。編集のそれと同じ銘柄。


 同時に。


 若駒の周りにはタバコの煙とは、また違う、もやのようなものが取り巻いてくる。


 いや、まだタバコに火はつけていないのだ。だからこそ、そのもやのようなものは何とも言えない不可思議なものとしか言えない。もちろん、そんなに濃いものではない。薄い霞とも言えるもの。年齢に気をとられていた若駒は気づけない。


 そして、


 出版社の玄関前に設置された喫煙スペースでタバコに火をつける。一気に煙を吸い込む。肺一杯。また目を閉じる。煙を愉しみ、心を落ち着ける。五十歳という自分の年齢に不甲斐なさを感じながら。と、若者が二人、辻向こうから歩いてくる。


「なあ、お前、面白い話、聞きたい?」


「いや、いい。お前の面白い話って面白かった試しないから。大体、都市伝説とかそういった類いの話だろ。お前が、そう言い出す時ってさ。まったく興味なし」


 一人は坊主頭の髭面。もう一人は髪を紫色に染めたホスト系。


 最初に面白い話を聞きたいかと問いかけた坊主髭面が応える。


「いやいや、若返りの薬が在るって話なんだけど。お前、この前、もう少しでハタチか、憂鬱だって言ってじゃん。それでも興味ない? 本当に面白い話なんだけど」


「やっぱ都市伝説じゃん。若返りの薬なんかあるわけない。脳みそ入っています?」


「まあ、確かに都市伝説と言われれば、それまでの話なんだけど。でもA市にある薬局に売ってるんだよ。もちろん実物も持ってるぜ。俺もハタチを脱出したいから」


 アハハ。


「脱出するようなもんじゃないだろ。ハタチは。てか、実物、持ってるの。どれよ」

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