その十、大学生活

 三度連続で満塁ホームラン。いや、むしろ既定路線のお約束。


 画面の外で若駒も爺さんも、お互いの顔を見合わして苦笑い。


「もうハタチか。二十で大学一年生ってのもな。二浪もしたのに、結局、第一志望校じゃないし。多分、ろくなところに就職できずに底辺人生まっしぐらだろうな」


 どうやらハタチになってしまった事で落ち込んでいるようだ。


 苦しい浪人生活の末に、せっかく大学に合格して、いや、もう語る事はなかろう。


 ハァァ。


「だったら、いっその事、小説家一本に絞って生きてやろうか」


 ハァァ。


「いやいや、小説家にはなりたいけど、その前に生活基盤をしっかりとして、その上でじゃないと自滅は目に見えてる。霞を食って生きていくなんて阿呆のやる事だ」


 どうにも、ため息が止まらない若駒。


 二浪して、それでも第一志望の大学に入れなかった事で煮え切らない人生を送っているようだ。無論、二浪しようとも考え方一つで楽しいキャンパスライフを送れる。少なくとも自由を謳歌できる。その権利を自ら手放しているように見える。


 ハァァ。


「ああ、ハタチか。十八で大学生になりたかったな。浪人生になんてやりたくなかった。ハタチの大学一年生なんて潰しが利かないから。十八のやつが羨ましい」


 どうやら周りの浪人生活を経験していない同学年が羨ましくて仕方がないらしい。


「というか、ちょっと遊びすぎたな。十代に。浪人しない為には、その頃からの継続的な勉強が必要だった。十代をやり直したい。もう二十で若くもないから……」


 ハァァ。


「あと十歳、若ければ。若いやつが羨ましい過ぎる。死にたい」


 ここで、


 また例によってTVの映像が止まる。


「うむっ」


 と言ったのは爺さん。しかし、爺さんからの言葉を待たずに若駒がしゃべり倒す。


「でしょ。でしょ。十代からなんですよ、俺がやり直したいのは。多分ですが、十代から、やり直せれば俺の人生は無問題なんですよ。問題は十代にあったんです」


「うむっ」


「そうですね。俺に若返りの薬を売る為の資質はありましたか? もし、あったなら、お願いします。十代にして下さい。もし仮に、それが可能であればなのですが」


 それが可能であればなどと言っているが、もはや、出来ると信じて疑わない若駒。


「ほほほ」


 と笑う爺さん。敢えて含みを持たせ。


「無理じゃな。……主には資質がない」


 寂しそうに煙をくゆらせてから言う。


「でしょ。でしょ。でしょ。資質ありですよね。ほら早く、それ早くッ」


 と若駒には爺さんの言葉が届かない。


 爺さんの苦笑いは、もう止まらない。


「ほら早く、それ早くとな。お主、ギャグで言っておるのか。だから言っておろうが、お主には資質がないのだ。若返っても不幸になるだけじゃ。分からんか?」


「ほへ?」


 二回も資質なしと繰り返しても現況が飲み込めない若駒は間の抜けた声を漏らす。もちろん、その様を見た爺さんも苦笑い。そして、改めて、資質なしじゃ、と懇切丁寧に三回目を繰り返す。のち、目を細めてから慰めるよう優しく微笑みかける。

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