その九、自分勝手

「だって考えてもみてよ。三十代で結婚したら子供を五十以上まで育てる事になるんだよ。二十代ならば、四十代、少なくとも五十になるまでには育て終えられる」


 はぁ?!


 新婦には若駒の言っている事が絵空事過ぎ意味が分からない。


「あと十年早ければ。あと十歳若ければ良かったのに。ハァァ」


 これでは折角の目出度い結婚式が台無しじゃろう、と爺さんは苦い笑いしている。


 大体、まだ結婚式を終えていないというのに、もうすでに子供を育て終える年齢など考えている時点で若駒の精神が信じられなくなる。しかも、二十代で結婚したかったとさえ言う。ならば三十代で出会った新婦でなくて他の女となのかとも。


「あたしじゃダメだったって事なの?」


「だから君は、なんで、そんなにも短絡的かな。違うよ。誰も、そんな事、言ってないじゃないか。俺は単に二十代で結婚したかったと、そう言ってるんだよ。ハァァ」


「もういい。この結婚は無しにしよ?」


 ここで、画面外の若駒は思いだした。


 自分の結婚式が最悪だった事を。新婦が怒り散らし、それを、なだめる若駒という構図が出来上がったものであったという事を。そして、思う。やっぱり、十年、遅かったんだ。結婚するのが。と。もし、あと十年早ければ、また違ったのだ、と。


 ハァァ。


 ここで、一旦、TVの映像が止まる。


「うむっ」


 映像を見終えた爺さんが、また頷く。


「そうか。二十代になりたいんじゃな。まあ、それくらいが良いかとワシも思うぞ」


 もちろん、五十歳である若駒自身も二十代になれれば、それは、それで御の字だ。


 しかし、


 この時点での爺さんからの言葉を聞く限り、どうやら資質ありと判断されたようにも思える。そう考えると欲が出てくる。だからこそ可能ならば十代から、やり直したいと考えるようになる。思わず、うわずりながらも小さな声で先を促す。早くと。


「先を見ましょうよ。ただ、もう資質ありと。いや、失敬。とにかく先を見て考えましょうよ。出来れば十代がいいかななんて考えていますから。あ、早計ですか」


 アハハ。


 そう。出来れば十代からやり直したいと考えたからこそ、爺さんからの提案を受け入れる事はなかった。もちろん、若返られるとして体だけが若返るのだから一気に十代に若返れば様々な問題を抱えるだろう。ただし、若返りを喜ぶ若駒には……、


 そんな些末な事〔※飽くまで彼にとって〕を考える余裕はなかった。嬉しすぎて。


 と考えていると、二十歳、つまり、ハタチになったばかりの若駒が映し出された。


 TVに。


 ハァァ。


 画面の中で暗い表情の若駒。死にそうな影を背負い、また、深く大きな、ため息。

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