その十一、子供の頃

「うむ。その顔は分かっておらんようじゃのう。では続きを見ようか。さすれば分かるであろう。お主には、なぜ、資質がないのか、がだ。よいか。心して見ろよ」


 と言うが早いか、子供の頃の若駒が画面の中に映し出される。


 ハァァ。


 例によって、子供の若駒ですら、ため息でのスタートを切る。


「ああ、はやく小説家になりたいなぁ」


 いや、どうやら今回のため息は、先ほどまでのものとは違う。


 前向きな、それにさえ見える。見間違いでなければの話だが。


「早く大人になって、それで小説家になって、俺は俺の世界を、この世に示すんだ」


 どうやら、ようやく新作を書きあげたという、心地の良い、ため息を吐いている。


「そうだ。あと十年。いや、二十年。分からないけど、それだけ書き続けて、大人になって、小説家として一人前になるんだ。うん。そうだ。早く大人になりたい」


 前向きに、そして、大人になりたいと。一人前になりたいと。


 嗚呼、そうか。そうだった。と若駒。


「早く大人になりたいな。一人前に。俺はそんな事を言っていたのか。子供の頃に」


 途端ッ。


 画面が消える。静かに、とばりが降りるよう歓声も拍手もない舞台の幕が閉じる。


「そうじゃ。主は早く大人になりたいなと言っておったんじゃ」


 子供の頃な。忘れておったじゃろう。


 幕が降りた舞台に主役とナビゲーターが入場してくる。また歓声も拍手もない。それでも観ている観客〔もの〕達はいると深々とお辞儀。そして、ナビゲーターである爺さんが、また目を細めて、ポンと神妙な音を立て軽く肩を叩く。若駒有泰の。


「若くなりたい。若くなりたいとそう思っていましたが大人になりたいだったとは」


 子供頃の自分が言っていた事が……。


 自分が己が、どうも大きな勘違いをしていたのだと、ようやく気づく。気づける。


「うむっ」


 また、それだけ言って爺さんは黙る。


 しかし、


 今の若駒には、それが、ありがたかった。自分の馬鹿さ加減というか、或いは、考えの足りなさが浮き彫りになってしまったからこそ。いや、元々、若さを求めたのは自分が一人前になる為の時間が欲しかったからなのかもしれない。そして……、


 その時間がないと勘違いしてしまったから若くなりたいと固執してしまったのか。


 或いは。


 若くなれば、時間が出来て、その間に一人前になれると勘違いしてしまったのか。


 今となっては分からない。分からないが逆に分かる事もある。


 若駒の十年早ければと言い続けた人生で、その果てが、早く大人になりたいだったのだと。つまり、どの時点に戻ろうとも意味などない。むしろ意味を創るのは少なくとも歳がどうのこうのではないと悟れた。それが理解できただけでも大きな収穫だ。


 と若駒は思い直して静かに微笑んだ。


「うむ。その顔は理解したようじゃな。資質がないという事の意味を。いや、それどころか、主には若返りの薬など必要ないという事が分かったのじゃろう。ほほほ」

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