その二、衝突

 タンタンと軽い音を立ててガラステーブルを右人差し指で叩きニの句を繋ぐ編集。


「うん。そうですね。若駒さんは今年で五十になるんですよね」


 そうだ。


 だから?


「四十の頃から若駒さんを見てきましたが、五十ですよ、そろそろ限界ですよ。さすがに、もう諦めたらどうです。小説家を。編集の私も、もう若くないですしね」


 若駒は一番言われくない事を言われてしまってカチンときた。


 いや、逆に編集も、そこまで腹に据えかねているという事か。


 しかし、止まらないものは止まらない。


「五十歳だから何なんですか。小説を書くのに年齢制限なんてあるんですか。いや、むしろ二十代が書いた作品が無条件で紙面に載ると、そう言いたいんですか?」


「そうは言っていません。ただ、若駒さんは、もう五十だ。その現実を直視して欲しいと言っているんです。結婚だってなさっているんでしょ。だったら……」


 編集は、まだ何か言いたいようだったが、敢えて、区切った。


 無論、彼も、これ以上は不味いと固く口をつむぐ。


 うつむき、顔を真っ赤にして、右拳を握り、微かに震えさす。


 無論、若駒とて五十という年齢で小説家のタマゴ、つまり、志望者という状況に危うさを感じている。むしろ、もうダメかもしれないとさえ考えている。だからこそ自分を奮い立たせる為に歳は忘れようとしていたのだ。それを、ど直球で……。


 しかし。


 いくら彼が頭にこようが相手は編集者。対して若駒は小説家のタマゴでしかない。


 これ以上、キレるわけにはいかない。黙る。黙する。ひたすら、ざわつく心を落ち着かせて我慢に忍耐を加える。レッドゾーンで悲鳴を上げるエンジンを止めようとブレーキを強く踏む。熱くなった頭をクールダウンさせる。目を瞑る。静かに。


 そうか。


 十年か。四十歳の時か。この編集と出会ったのは。


 敢えて別の事を考えて気持ちを抑える。功を奏する。十年という年月を自分という新人に費やしてくれた編集と考えてしまい大きなため息を吐く。持ち込みなど許してくれない小説の世界で十年も持ち込みを許してくれたのだ、この編集さんは……。


 それだけの好意を受け取っていたと思いを改める。


 ハァァ。


 もう一度、大きな息を吐き、静かに息を吸い込む。


「そうですね。口が過ぎました。それから本当にありがとうございました。ただ、もう一度だけチャンスをくれませんか。これで最後でいいですから。お願いします」


「チャンスですか?」


「はい。厚かましいのは重々承知の上です。でも、この作品を殺したくないんです。これを書き直して、それを、どうしても読んで頂きたいんです。お願いします」


 編集は胸ポケットに入っていた赤いタバコの箱を取り出してタバコに火をつける。


 紫煙は巡って、この場を収めようとするかのよう。


 そののち目を閉じて何かを考えてから応える編集。

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