いくつになっても
星埜銀杏
その一、期待してません
…――うむっ。若駒よ。そうじゃな。お主は子供の頃、何と言っておったんじゃ?
ああ、はやく小説家になりたいなぁ。
子供の頃から妄想。
その妄想を形にすると頑張ってきた。
今まで。
彼は、小説家のタマゴ。ただし、もう五十歳になる。そろそろ歳的に限界が近い。
名は若駒有泰〔わかく・ありやす〕。
今回、書きあげた作品の表題は……。
若くありたいと願うからこその夢幻。
今、出版社に持ち込みをかけている。いや、持ち込みというよりは事前に原稿を送り、後日、出版社にて打ち合わせといった流れのものだ。無論、一般的に小説は持ち込みが出来ない。漫画とは違い、作品を読むのに時間がかかるからだ。
それでも彼の持ち込みが許されているのは、まあ、縁故なのだと言っておこうか。
加えて、
打ち合わせとは言ったが、別に出版予定があるわけではない。その上での打ち合わせでもない。飽くまで新作が書き上がったから持って行くというだけのものだ。もちろん、先方としても新人でしかない若駒の作品など微塵も期待していないだろう。
単に断り辛いからこそ読むというだけの話である。
十年もの付き合いであるからこそだ。
「若駒さん。読ませてもらいましたよ」
応接ルームで、編集は、静かに言う。
ピリピリとした空気感が居心地の悪さを主張する。
「どうでした。今回は、良い感じだと思うんですが」
「そうですね。まず感想の前に一言だけ良いですか」
「はいっ」
途端、編集は、咳払いをして神妙な面持ちになる。
敢えて貴方には期待していないという体で接する。
先に送っておいた原稿が入った封筒を机に置く。パサっという乾いた音が静寂を保っていた応接ルームの空気を変える。机に置いてあったペットボトルのお茶の蓋を開ける編集。覚悟を決めるように、こくっと喉を鳴らして一口のお茶を流し込む。
「正直、迷惑なんですよ。持ち込みという形がです。今までは馴れ合いの延長線上で読んできましたが、若駒さんは有名著者ではないのですよ。分かってます?」
ぐうの音もでない。
むしろ、今まで持ち込みを許してくれていた事自体、編集の好意からなのだから。
「だから、これで最後にしてもらってもいいですか」
一旦、間をとる。彼も覚悟を決める。
「……分かりました」
項垂れてから肩を落として落ち込む。
「じゃ、読ませてもらった感想を述べましょうか。そうですね。まず言いたいのはキャラが弱いという事でしょうか。あと伏線と伏線回収が、わざとらし過ぎます」
若駒は思う。違うんだ。そうじゃないんだよ、と。
キャラが弱い。いやいや、今回の作品はキャラというよりは……、いや、よそう。
そうなのだ。伏線と伏線回収が、わざとらし過ぎると先に言われてしまっているのだ。つまり、今回、彼が読んでもらった作品はキャラを前面に押し出すような作品ではなくストーリー展開とオチの驚きで読ませる作品を書いたつもりでいたのだ。
だから、
今、キャラではないと言っても伏線云々と言われてしまっているから焼け石に水。
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