パーティー追放となった異世界転生者の俺とドジっ子属性の水の女神が出会った

大隅 スミヲ

【三題噺 #10】「森」「寿司」「メガネ」

「お前はクビだ。パーティーを追放する」


 突然、勇者から告げられたクビ宣告だった。

 あまりにも突然すぎる出来事に、俺は何も言うことができなかった。


「な、なんで……」

「そんなことは言われなくてもわかるだろ」

 狼狽うろたえる俺に、吐き捨てるように勇者は言う。


「足手まといなんだよ、お前は」

 勇者の発言に追随するかのようにメガネの僧侶が言った。


 お前には言われたくない、クソメガネ。

 

「ここから先は、我々のみで行く。今夜の宿代までは持ってやるから、明日朝一番に目の前から消えてくれないか」

「いや、でも……」

「『でも』じゃない。勇者様が去れと言っているんだ」


 黙ってろ、クソメガネ。


「明朝、我々は北にあるゴブリンの森を縦断して、ロワーヌ公国へと入る。十分な休息をとっておくように」


 勇者は他のパーティーメンバーに告げると、それで夕方のミーティングは終了した。


 追放された。まさかの追放だよ。誰だ、転生したらハーレム状態のパーティーに組み込まれるって言ったやつは。普段から無表情で何を考えているのかわからないサイコパス勇者と口だけは達者なクソメガネ僧侶、何でも筋肉でしか例えられない脳筋戦士の男だらけのパーティー。チート能力で魔物なんて楽勝かと思っていたら、リアルにグロテスクな化け物ばかりだし、剣なんて3キロ近い重さの鉄の塊を片手で振り回さなきゃならないし、飯はまずいしで、異世界なんてろくなものではない。


 これから先、どうやってこの世界で生きていけばいいんだ。

 いままでは勇者に言われるがまま行動していたけれども、これから先は自分で考えて行動しなきゃならない。普通のロールプレイングゲームをやっていたら、突然オープンワールドゲームに放り込まれたような気分だ。

 しかも、まともなスキルなんて持ち合わせていない。あるのは、どこでもすぐに眠れるという特技とイントロ当てクイズでの優勝経験ぐらいだ。転生前の俺の人生なんだったのよ。というか、チートスキルはどうした。女神よ、なぜ俺の前に現れん。


「うるさい、静かにしろ!」


 クソメガネに怒鳴られるまで、俺は安宿屋のベッドの上でぶつぶつと独り言をつぶやき続けていた。


 翌朝、勇者たちは本当に俺のことを置いて旅立っていった。

 部屋の隅にぽつんと残された荷物はすべて俺のものであり、重たい鉄の剣と薬草が詰め込まれた革の鞄が置き去りにされていた。


「お客さん、チェックアウトの時間だから出て行ってくれないか」


 無慈悲な宿屋の女主人に追い出された俺は重たい鉄の剣と革の鞄を背負って、町の隅にある大きな池のほとりに座っていた。

 これから先、どうするべきか。

 手持ちの全財産を数えてみても、長くて3日生活できるかどうか程度である。

 まずはこの使わない鉄の剣を売ってしまおう。

 そう考えた俺は町の鍛冶屋へと向かった。


 ハンマーで鉄を叩く音が鳴り響いていた。

 鍛冶屋は基本的に武器と防具の販売も行っており、壊れた剣や防具の修理なども請け負ったりもしている店が多かった。


「だいぶ使い込まれた剣だな」


 鍛冶屋の親父は俺の出した剣を見るなり言った。

 この剣は勇者一行に加わった時に、勇者から渡されたものだった。

 元はただである。一日でも多く俺が生きていける金の足しになれば、それで十分だ。


「だが、いい仕事をしている。本当に売ってしまってもいいのか」

「もう使わないんだ」

「廃業するのか?」

「ああ」


 俺はそう答えた。するとなぜか、目から大粒の涙がこぼれはじめた。その涙を俺は止めることは出来ず、暫くの間、俺は泣き続けた。

 鍛冶屋の親父は、どうしたものかといった顔をしていたが、何も言わずに俺が泣き止むのを待ってくれていた。


「落ち着いたか」

「すまない」


 涙を拭きながら俺は親父に答えると、親父から銅貨1枚を受け取った。

 鉄の剣、売値は銅貨1枚。

 鍛冶屋は、この鉄の剣を鍛えなおして、銅貨4枚で販売するだろう。


「あんた、冒険者だろ。さすがに何も持たないっていうのはマズいだろうから、これを持っていけ」


 そういって渡されたのは革製の鞘に収められた短剣ダガーだった。

 なにも持っていないよりかはマシだ。

 その短剣をありがたく受け取ると、俺は鍛冶屋をあとにした。


 銅貨1枚。これでは昼飯を買って終わってしまう。

 なんとかして、仕事を探さなければならない。

 俺はとぼとぼと歩きながら、冒険者ギルドへと向かった。


「いらっしゃい。あなたは……」

「冒険者だ。ほら」


 そういって、銅色のペンダントを見せる。

 銅級冒険者。冒険者の中でも一番低いランクの冒険者だった。

 いままでは勇者パーティーにいたため、冒険者ギルドで仕事を請け負わなくても、向こうから様々な依頼が舞い込んできていたため、冒険者ギルドでのランク申請などは行わずに来ていた。


「なるほど、初心者さんってわけね」


 冒険者ギルドの受付嬢はニコニコと笑みを浮かべながらいう。


「どんな依頼がお好みかしら。寺院の地下埋葬地の掃除、畑を荒らすラットの駆除なんていうものあるわよ」

「金が必要なんだ」

「なるほどね。じゃあ、これはどうかしら、銅級で一番高額なやつ」

「西の森にある貯水池に住む大魚の捕獲か……。わかった。それを引き受けるよ」

「はい、頑張って来てね」


 俺は依頼の詳細が書かれた紙を受け取ると、それを頭に叩き込んで冒険者ギルドを出た。

 西の森というのは、北にあるゴブリンの森と比べれば穏やかな雰囲気の場所だった。

 森の精霊の力が働いており、モンスターは一匹も出ない。

 老人や子どもたちでさえ、気軽に行くことのできる場所だった。

 最近、そこの森の中にある貯水池で巨大な魚影が目撃されていた。

 人々はその魚影を恐れて、森に近づかなくなりつつあるとのことだった。


 ぶらぶらと歩きながら俺は、その貯水池を目指した。

 整備された道の周りには、色とりどりの花が咲いている。

 どこからも魔物の気配は感じられず、ただ散歩をしているだけのように思えた。

 貯水池に辿りつくと、そこには人の姿はなかった。

 みんな、魚影を恐れているようだ。

 しばらく池を眺めていると、大きな魚影が姿を現した。

 こいつが噂の巨大魚ってやつか。

 そう思ったが、特に魔物の気配がするというわけではなかった。

 その巨大魚が水面に姿を現した時、俺は自分の目を疑った。


「マグロ?」


 思わず呟いてしまったほどだ。

 その魚はどこからどう見てもマグロだった。転生前は市場しじょうでターレットトラック(通称、ターレー)に乗っていた俺がいうのだから間違いない。

 なんでマグロがこっちの世界に、しかも池にいるというのだ。


『ようやく来ましたね。わたしはあなたのことを待っていました』


 どこからか声が聞こえてくる。

 その声は直接、脳に語りかけてくるような感じだった。


『わたしは、水の女神です。あなたにひとつお願いがあります。このマグロを釣りあげて、町の人々に振舞ってください』

「なんで、そんなことをしなければならないんだ」

『手違いでした。本当はあなたへの試練を与えるつもりで魔物を召喚するはずだったのですが、間違えてあなたの元の世界の生物を呼び出してしまいました』

「ドジっ子女神なのか」

『よしなさい。わたしは女神ですよ』

「いや、やらかしたのはあんたの方だろ」

『黙りなさい。さっさとマグロを釣りあげてちょうだい。ちゃんと仕事をしてくれたら、わたしが加護をさずけるから』

「わかったよ、わかりました。やりますよ」


 俺はそう言って、池の中に入っていきマグロと格闘をはじめた。

 マグロなんて釣ったことはなかったし、釣りの道具も持っていなかった。

 だから、マグロと直接対決をすることにしたのだ。

 俺の持っている武器は、あの鍛冶屋がくれた短剣ダガーのみだった。


 死闘は4時間も続いた。

 そして、ついに俺はマグロを仕留めたのだ。


 マグロはその場で解体をして、様々な部位に切り分けると町へと運んだ。

 町の宿屋でコメを銅貨1枚で譲ってもらい、酢飯にした。

 よくこの世界はわからないのだが、コメだったり酢といったものは存在していた。


 そして、俺は寿司を握って、町の人たちに振舞った。

 町の人々は、はじめて食べるマグロの寿司に感動し、俺をほめたたえてくれた。


 俺は町の名誉町民となり、無料で住む建物を与えられた。

 水の女神の加護もあり、銅級冒険者から銀級冒険者までランクをあげることも出来た。

 もう生活には困らなくなった。

 ずっと、このままこの町で過ごしていても良かったのだが、俺はある決意をした。


 北の森へと向かったまま消息を絶った勇者一行のことを追いかけよう、と。

 彼らがいまどこで何をしているかはわからない。

 追いかけたところで何をしようというわけでもない。ただ、彼らの噂が急に途絶えてしまったことだけが気になっていた。


「さて、出掛けるか」


 俺は銀級冒険者ができる最強の装備で身を固めて、早朝の町を出発した。



 おしまい

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