母の話。

西奈 りゆ

第1話

母は話好きだ。放っておくと、際限なく喋る。

昔からそうだったし、久しぶりに帰っても、やっぱりそうだ。


私は聞き役。というより、こうなると母の音声処理掛かりだ。


母の話はたいてい父についての話で、この話題だけで今日ももうすぐ一時間経とうとしている。本来の名目であったはずの「昇進のお祝い」の食卓。

母の「お祝いのフルコース」は、わたしの中ではすでに作業の場と化している。


「このまえなんて、卵買ってきてっていったら、一時間もして帰ってきたのよ、また仕事仕事、仕事で遅くなるのはいいけど、卵に一時間もかかるのかしらって思ってたらもうおかず全部できちゃったのよ。帰ってきたから訊いたら、あそこのお店が売り切れで、ほかにどこにいけばいいかわからないなんて言うからお母さんあきれちゃったわよ、なにかにつけてこんな調子なんだからほんと困っちゃうわ。でもね、帰りに見かけたからって、バラのお花なんか買ってきてくれることもあって、びっくりしちゃったわ、そういうの本当に久しぶりだったから、本当びっくりしちゃって」


三年目、そういえば花の名前のついた店名の名刺のせいで、父の一夜の過ちとやらが明るみになったときには、私まで巻き込んで大変なことになった。けれどそれも、今となっては過去の苦労話だ。今わたしが直面しているのは、現在いまの苦労だ。


台所から聞こえる換気扇の音。そして三口コンロの鍋が煮えるくつくつ音を背景に、母の話はまだ続いている。


「卵でそれなんだから、お肉なんてもっとだめ、お父さんが、この辺りの肉屋じゃそんな変な名前の肉なんてないとか、あちこち行き来させられると腰が痛くなるっていうから。ほんっと、遠くまであっちこっちあれこれ買い物なんていくもんじゃないわね、お母さんまでくたくたよ。あらだめね、やっぱりこのお肉まだ硬いわ、お父さんまだかしら、ほんとだめね」


母は話し続け、わたしは黙々と口に運んで、それをむ。


口の中で、ガリっと、音がした。

母の話はまだ、続いている。

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母の話。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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