第6話「心の中で共に生き続ける、ということ」
ソフィーはいつも母親と仲良しだった。二人は特別な絆で結ばれており、それは年月を重ねるごとに強くなっていった。母親は彼女の心の支えであり、親友であり、岩のような盤石な存在であった。クッキーを焼いたり、本を読んだり、映画を見たりして、数え切れないほどの時間を一緒に過ごしてきた。
しかし、母親が膵臓癌と診断されたとき、すべてが変わってしまった。ソフィーはその日のことを鮮明に覚えている。仕事中、母親から電話がかかってきた。声が震えていたので、ソフィーはすぐに「おかしい」と気がついた。
病院へ駆けつけると、頭の中はさまざまな思いで混乱した。こんなにも弱々しい母親は見たことがない。母は自身の死を前にして自立した強い女性から、弱々しく、痛みに苦しむ女性に変わっていたのだ。
ソフィーが病院で過ごした時間は数え切れないほど長く、母の健康状態が悪化するのを痛切な思いで見守っていた。癌が広がるのを止めることはできない。無力感だけが彼女を支配していった。
しかし、そんな中でも、母は決してくじけず、前向きに生きていた。どんなにつらいときでも。そして、どんな状況でも明るい兆しを見出すようにと、自分の姿をもってソフィーに教えてくれた。
ソフィは母の枕元に座りながら、これまで一緒に過ごしたすべての時間を思い返した。母の笑い声、母の温かな抱擁、母の作る料理の匂い。そして、母が自分に与えてくれたすべての愛に、深い感謝の念を抱いた。
「お母さん、クリスマスにクッキーを作った時のこと、覚えてる?」ソフィは沈黙を破ろうとして、そう尋ねた。
母は弱々しく微笑んだ。「もちろん、覚えているわ。あなたはいつも、上にたくさんのスプリンクルをかけることにこだわっていたわね」
ソフィーは、涙が頬を伝うのを感じながら、にっこり笑った。しばらくの間、静寂が病室を支配した。
「ママ、寂しくなっちゃうわ」
「わかってるわ、ごめんなさい、ソフィ―……」と母は優しく言った。「でも、約束してほしいことがあるの」
ソフィーは身を乗り出した。そしてじっと耳を傾ける。
「あたしはソフィーがソフィーの人生を最大限に生きてほしいと願っているわ。どんなにつらいことがあっても、決してあきらめないこと。そして、あなたの周りにある世界の美しさを常に見つけること。どんな小さいことに美しいことは潜んでいるものよ……。約束してくれる?」
ソフィーは涙を流しながら頷いた。「うん、わかったわ、お母さん。私は自分の人生を精一杯生きるわ」
母の目がゆっくり閉じ、ソフィーは自分の時間が残り少なくなっていることを知った。ソフィは母の手を強く握り、胸の高鳴りがますます激しくなるのを感じた。
母が息を引き取ったとき、ソフィーは自分の一部が粉々になるのを感じた。母がそばにいてくれないと、この先も同じような生活は送れないと思ったのだ。
●
母の死後、ソフィーは深い悲しみと懊悩を感じていた。それは出口のない迷宮のようだった。母のいない人生など想像したこともなかったし、一人でこの世界に立ち向かうのは大変なことだと思った。しかし、数日、数週間と経つうちに、彼女の中で何かが変化し始めた。
たとえ母がこの世にいなくなったとしても、母の愛がいつもそばにいることに気づいたのだ。そして徐々に太陽が地平線に沈む様子や、朝の鳥の鳴き声など、周囲の世界に美しさを見出すようになった。
ソフィーは、母との約束を想い出して、自分の人生を精一杯生きようと決心した。地元の病院でボランティアを始め、母親と同じような苦労をしている患者さんを助けた。彼女は、人を助けることで、その人の人生に変化をもたらしていることを知り、幾ばくかの安らぎを覚えた。
ある日、ソフィーが病院内を歩いていると、母親と同じような患者さんを見かけた。その女性は体が弱く、体のいたるところから管が出ているような状態だった。しかし、そのような状態にもかかわらず、彼女は笑顔でいた。
ソフィーさんはその女性に近づき、自己紹介をした。ソフィは、自分の母親について、そして母親から教わったことを話した。
彼女はそれをじっと聞いて、うなずいた。「あなたのお母さんは、素晴らしい人だったのね」彼女は優しく言った。
「ありがとう」とソフィーは答え、胸にこみあげるものを感じた。
彼女は手を伸ばし、ソフィーの手を取った。「彼女はきっと、あなたのような娘をもったことを誇りに思うでしょう」
それから彼女はよしよしとソフィーの頭を撫でた。あなたの母なら、きっとこうするでしょう、と言いながら。
ソフィーは涙がこぼれるのを感じた。「ありがとうございます」。その声は震えていた。
その日、病院を出るとき、ソフィーは安らぎを感じた。母の遺志は自分の中にも受け継がれており、母のように世の中を変えることができるのだと。
ソフィーは、自然の中を長く歩き、新鮮な空気を吸い、太陽の光を肌で感じるようになった。そして、風にそよぐ木の葉や、春に咲く花々など、小さなことに喜びを見出すようになった。
時が経つにつれて、ソフィーは母の死を受け入れ、平穏な日々を過ごすことができるようになっていった。母を忘れることはないだろう。母の思い出は、母が与えてくれた愛の中に生き続けているのだ。
●
ソフィーが美しい天気を楽しみながら公園を散歩していると、ベンチに一人で座っている少女を見かけた。その少女は、涙を流して泣いていた。ソフィーは彼女に近づき、「大丈夫?」と尋ねた。
少女はソフィーを見上げ、首を横に振った。
「だめ」
彼女は力なく言った。
「だってお母さんが天国に行ってしまったの」
ソフィーは、その少女の言葉に心を打たれた。ソフィーには、彼女の気持ちがよくわかった。ソフィーはその子の隣に座り、肩に腕を回して慰めた。
「本当にごめんなさい」ソフィーが優しく言った。「お母さんが天国に行ってしまったなんて……なんてことでしょう……」
少女はうなずき、涙を流しながら、まだ頬を濡らしていた。
「お母さんがいないと、あたし、どうしていいかわからない……」
ソフィーには、その子の苦しみがよくわかった。彼女も母が亡くなった後、同じような思いをしていたからだ。しかし、彼女は母親との思い出の中に、母親が与えてくれた愛の中に、慰めを見出すことをすでに学んでいた。
「お母さんのことを教えて」とソフィーは優しく言った。
少女はソフィーを見上げ、その顔に驚きを刻み込んだ。
「え?」
少女はソフィーを凝視した。
「あなたのお母さんのことを教えて 」と、ソフィーは繰り返した。「彼女はどんな人だったの?」
少女は涙を拭きながら、しばらく考えていた。「お母さんはいつも最高だったの」と、彼女は優しく言った。「私が動揺しているとき、いつも私を元気にさせる方法を知ってたし、眠れないときは子守唄を歌ってくれて、いつも笑顔でいてくれた。誰もが求める最高のお母さんだった……」
ソフィはうなずきながら、じっと耳を傾けていた。「あなたにとって、彼女はとても特別な存在だったんだね」
少女は頷いた。「お母さんは、お母さんで、親友で、恋人で、全部だったの」
ソフィーは微笑んだ。
「それは素晴らしいことだわ……」
少女はソフィーを見て、まだ目に涙を浮かべていました。
「だから、あたしは、『全部』を失ってしまったの……」
ソフィーは深呼吸をした。「今はそう思ってもいいわ」と彼女は言った。
「でも忘れないで。この悲しみは必要なプロセスであり、それを癒すのにはとても時間がかかるわ。でも、約束する。これは必要な経験なの。とても大切で、必要な経験なの」
少女は懐疑的な目でソフィーを見た。「どうしてそう思うの?」
ソフィーは悲しげに微笑んだ。「私もあなたと同じだったからよ」と彼女は言った。「私も数年前に実の母を亡くしたわ。今までで一番つらい経験だった。でも、時間が経つにつれて、その痛みは和らいでいったの。今でも毎日母が恋しいけど、私たちが共有した思い出に安らぎを見出すことができるようになったわ」
少女は新たな理解を得て、ソフィーを見た。「あなたもお母さんを?」
ソフィーは頷いた。「ええ。そして、それがどんなにつらいことなのか、よくわかるわ。でも、約束するわ、きっと楽になる。痛みが完全になくなるわけではないけど……今よりは……」
少女はうなずいたが、まだ悲しそうだった。「でも、これからどうしたらいいの?」と、彼女は尋ねた。「どうやって乗り越えればいいの?」
ソフィーはしばらく考えた。「そうね、私の助けになったのは、お母さんのことを話すことだったわ。友人や家族と母の話をすることで、もう物理的にここにいなくても、母を身近に感じることができたの。お母さんはいつもあなたの一部であることを忘れてはいけないし、お母さんに関する話や思い出を他の人と共有することで、彼女をその人たちの中で生かすことができるわ」
少女はソフィーの言葉を考えて、ゆっくりと頷いた。「そうなんだ……」と彼女は言った。「でも時々、誰も理解してくれないような気がするの。私だけが、世界でたった一人、こんな目に遭っているような......」
ソフィーも納得してうなずいた。「確かにとても孤立しているように感じるかもしれないわ。あたしもそうだった」と彼女は言った。「でも、あなたは一人じゃない。このような経験をした人は他にもいるし、友達や親戚やサポートグループやカウンセラーが、この困難な時期を乗り越えるための手助けをしてくれるわ。必要なときにはみずから手を伸ばすことも大切なの」
少女はソフィーを見て、その目に希望の光を宿した。「少しだけ……ほんの少しだけよ……でも元気になったわ」
ソフィーは微笑んだ。「よかった わ」と彼女は言った。
「この数年であたしは悲しみは旅のようなものだと思うようになったわ。旅の途中で悲しみや迷いを感じることがあってもいいの。あなたはこれを乗り越えて、お母さんの思い出とともに生きる方法を見つけることができる、あたしはそう思うわ」
少女は涙をぬぐいながらうなずいた。
「ありがとう」
「いつでも私はここにいるから……大丈夫よ」。
少女は弱々しく微笑んだ。ソフィーは立ち上がり、少女に手を差し伸べた。「少しその辺を歩かない?」と彼女は言った。「心の整理がつくかもしれないわ」
少女はソフィーの手を取り、公園の中をゆっくりと歩いた。ソフィーが花や木を指差すと、少女はそれにまつわるお母さんとの思い出を、ぽつりぽつりと話し始めた。
歩いているうちに、少女は少しリラックスしたようだった。涙が止まり、笑顔が増えた。ソフィは、自分がこの子の役に少しでも立てたのだと、満足感を覚えた。
しばらくして、二人は別のベンチに腰を下ろした。少女はソフィーを見て言った。「あのね、お母さんが亡くなってから、また笑えるようになるなんて思ってもみなかったの。でも、あなたと話して、悲しくてもいいんだ、でも、一緒に過ごした思い出に喜びを見出すこともできるんだ、とわかったわ」
ソフィーは微笑みました。
「お母さんは、あなたが幸せになることを望んでいることを忘れてはいけないわ。彼女はあなたをとても愛していたのだから」
少女はうなずき、涙が頬を伝った。「でも、お母さんに会いたいわ」と彼女は言った。
ソフィーが少女の肩に腕を回した。「あなたがそう思うのはわかるわ。でも、忘れないで。彼女はいつもあなたの心の中に、あなたの思い出の中にいるの。今もよ。そして、彼女が望んでいたように、自分の人生を精一杯生きることで、これからもお母さんと一緒に歩いていける……」
少女は頷き、深呼吸をした。
「あたし、頑張ってみる」
ソフィーは微笑みました。
「自分のペースでゆっくりでいいのよ。悲しみは個人的な旅であり、誰もが違った形で経験するものなのだから」
少女はうなずき、ベンチから立ち上がりました。「わかったわ」と彼女は言った。
ソフィーも立ち上がり、少女に微笑みかけました。「元気でね」
少女は頷き、二人は軽くハグをして別れた。ソフィは、少女が立ち去るのを見送りながら、つらい時期を乗り越えた人を助けられたという満足感を味わった。悲しみは決して楽なものではないが、癒しと前進のための希望が常にあることも知っていた。
ソフィーはそれからも母のいない人生を歩み続けるうちに、母が周囲の人々に与えた影響を実感するようになった。母の優しさに触れた人、母の強さと回復力に感銘を受けた人たちから、手紙やメッセージが届くようになった。
ソフィーは誇らしげな気持ちになった。母が残した遺産は、この先もずっと人々を鼓舞し、元気づけていくことだろうと思ったからだ。
●
年月は流れ、ソフィーは母の思い出を胸に、人生を歩み続けた。彼女は腫瘍学を専門とする医師になり、数え切れないほどの患者さんとそのご家族の苦悩を救ってきた。
そして、母が教えてくれた愛、やさしさ、小さなことに喜びを見出すという教えを決して忘れることはありませんでした。そして、自分の人生を振り返ったとき、母の遺産が自分を通して生き続けていることを知ったのだ。
母の命日に、ソフィは母の墓を訪ねた。墓石に花束を供え、目を閉じ、愛の言葉をささやいた。
立ち去ろうとしたとき、ソフィーは不思議な安らぎを覚えた。母がまだ一緒にいて、見守ってくれているのを実感したのだ。そして、自分が成長したことをきっと誇りに思ってくれているだろう、とも。
ソフィは、母がそうであったように、他の人々の生活に変化をもたらすことを続けた。病院でボランティアをし、患者やその家族を見舞い、最も必要としている人に慰めの言葉をかけた。
彼女は、木漏れ日や通りに響く笑い声など、小さなことに喜びを感じていた。母の愛がいつもそばにあること、そして自分がどんなに小さなことでも世界を変えることができることを。
ある日、ソフィーが公園を歩いていると、子どもたちが遊んでいるのが見えました。彼らは笑い、走り回り、その顔は喜びに満ちあふれていた。
ソフィーは思わず微笑んでしまった。母親と一緒に公園で遊んだこと、走り回ったり追いかけっこをしたりしたこと、母親がいつも自分を愛してくれていることを思い出したのだ。
子供たちが遊ぶ姿を見ながら、ソフィーは、人生とは苦労や苦難だけではないことに気づいた。そして、喜びや幸せの瞬間もまた、人生を生きる価値あるものにしてくれるのだ、と。
母も、自分の周りの世界に喜びを見いだすこと、自分の周りにある美しさを決して忘れないことを望んでいたはずだ。
だからソフィーは、母の思い出と母から教わったことを大切にしながら、自分の人生を精一杯生きてきた。母の愛がいつもそばにあり、彼女を導き、世界に貢献するよう鼓舞してくれることを、ソフィーは知っていた。
公園を後にするとき、ソフィーは自分が微笑んでいることに気がついた。母親がいつも一緒にいて、彼女を見守り、旅路を導いてくれることを彼女は確信していた。
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