手帳《ノート》
これで、
この手帳には、持ち主の名前が書かれている。
いや、いたはずだった。
鉛筆か、シャープペンか。
いずれにしろ、弱い筆致で書いたのだろう。
「子」の部分は判別できるが、氏を含む残りの三文字は、青あざのようにこすれて一緒くたになり、もはや判別できない。
もう、わからない
彼女の声が、くすっと笑う。
もう何度も、この手帳を手にし、開くこの部屋で、
開くたびに聞く声。
そう。
あるいは本当に、永久にわかることはないのかもしれない。
だれが何をし、何が起きたのか。
「✕×市 双子姉妹失踪事件」の、真相を。
ガラスの紫陽花がくるくると転がり、
落ちて、割れた。
また彼女の声がした。
きょうわたし、あるいてかえる。
それはそうだろう。
彼女はもう、走る必要などない。
追う必要か、追われる必要か。
それとも……
家主の帰りを待つ家屋に、
この日、小さく水の音がした。
了
迷いに迷いましたが、こういう結末を選びました。
少しでもお楽しみいただけたなら、嬉しいです。
いちおう物語全体の俯瞰図は頭にあったのですが、
作者にとっても、とても難しいお話でした。
現代のどこかにあるかもしれない
さまざまにお受けとりいただければと思います。
西奈
きょうわたし、あるいてかえる。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
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