第315話 エピローグ・蒼魔
気が付けば僕は――廃墟の中に居た。遠目に見えたのはスカイツリーだ。ABYSSではない。
埃を払って、立ち上がる。
半壊した建物から這い出て、辺りをぐるりと見渡してみる。最初に違和感を感じたのは、その異様な静けさに対してだ。
昼間なのに、物音の一つも聞こえない。
鳥の囀りすらもない。
無音である。
「……」
立ち止まっていても、仕方がない。
僕は敢えて衣擦れなどの音を出しながら、辺りを散策する事にした。罅割れた道路。消えた信号機。人っ子一人いない街……それらを眺めながら、僕は漸く「帰って来たんだなぁ」という実感を強く抱いていた。
最初に向かったのは――僕の実家だ。
化物となった、父と母が居た家。
姉と妹を見捨てた場所だ。
「――いない、か……」
覚悟して家の中へと入ったのだが、中には誰もいなかった。死体すらもない、もぬけの殻だ。これは一体、どういう事なのだろう?
暫し考えていると、僕は旧・黄泉の最後の瞬間を思い出した。命を引き取った時――彼等はその肉体を燐光と共に消失させていた。
同じ事が、この世界の住人にも起こったのかも知れない。それなら、死体が出て来ない事の理由にもなる。
「……」
僕は家を出た。この場に長居しても得られる物は何もない。他の場所も見ておきたかった。
◆
そうして――数ヶ月が経過した。
辺りを散策して分かったのは、この近辺には僕しかいないという事だ。……元々、誰もいない世界だって、聞かされていたんだ。これはただの再確認。落ち込んだりなんてしてないさ。
超越者になって良かった事は、飯を食わなくても生きていけるという事だろう。
一応、コンビニとかも見てみたけれど、食料品は軒並み駄目になっていたね? 腐っているとか、そういうレベルじゃない。……緑のゲル状になっていた。多分、魔素を含んだからだと思う。飲み物も全部アウトだ。流石に見た目がヤバ過ぎるから、口に含む事は出来なかったね。
そういう訳で、僕は現在、飲まず食わずのまま活動を続けてるんだけど、不調になったりはしなかった。今までの慣れで、昼や夜には腹が減るけれど――食わなくても、何とかなる。何れは腹減りも無くなってくるんじゃないのかな? そうなると、いよいよ化物の仲間入りだね? 完全に人間を辞めてるわ――
「……よしっ、と」
僕は、キャンプ道具を詰めたリュックサックを背負い、道を歩いて行く。
行き先は――特に決めてない。
東京には誰もいなかった。――なら、他の場所も探してみようという気になったのだ。
滅びた世界。
誰もいない世界。
そう聞かされてはいたけれど、自分の目で確認した訳じゃないからね?
僕は――諦めない。
希望を持って、前に進むんだ。
◆
世界を放浪して――数年が経った。
蜃気楼を人と見間違えたり。
幻を見たりしたけれど。
僕は至って普通。
元気に旅を続けているよ。
レガシオンの皆は、どうしてるのかなぁ?
翔真の奴――僕の代わりに頑張ってるかな?
全部放っぽり出しちゃったからなぁ……?
少し、不安だ……。
でも、僕に何かが出来る訳じゃないし――
今は、旅を続けるよ――
◆
――数十年が経過した。
本当なら、僕はとっくにお爺ちゃんだ。
でも、肉体に変化は無い。
孤独に耐え切れなくなるとか言われてたけれど、案外平気なもんだよ。
もしかしたら、僕は"別"なのかも。
一人でも全然平気だし。
むしろもう、一人に慣れきっている。今更、誰かと話す方が難しいんじゃないかな?
――心配要らないよ。
僕は、やっぱり強かった。
だから――
「……そんな顔で、見詰めるなよ、紅羽……」
◆
それから――数百年が経過した。
「……ていうかさ、もう日数を数えるの、辞めないか? 普通に面倒臭いんだけど?」
「うーん、どうだろう……? 結構重要だと思うんだけどなぁ……?」
「アンタはただ面倒臭がってるだけでしょう? いいから、黙って数えておきなさいよ!」
「紅羽ちゃんの言う通りだよー! 蒼魔君!」
「……俺も手伝うから、頑張れ」
「――何だよ全く……優しいのは神崎だけだよなぁ……? 紅羽も東雲も、もっと僕に優しくしてくれても良いのにさぁ? なぁ、そう思うだろう、相葉――?」
僕は"虚空"にそう言った――
◆
それから――
それから――数千年が経過した……。
終わりの無い地獄。
全く以ってそうだと思う。
アレから何度、正気を失っただろう……?
今が正気なのかすら分からない。
そもそも、狂うって何だ?
何を以って狂っていると定義するのか?
観測者がいない。
誰もいない。
なら――何をやっても、何を思っても構わなくないか? 咎めるのなら出て来いよ!! 誰でも良い――僕の前に現れろッ!!
「れろ、れろ、れろ、れろ……っ」
乾いた口から、乾いた言葉が際限なく垂れ流される。――僕はもう、限界だった……。
◆
――時間に、意味はない。
――誇りに、意味はない。
――拘る事に、意味はない。
「――」
――逢いたい。
逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい逢いたい――ッ!!
彼女の!! 声が聞きたい……ッ!!
おかしいだろう……!? おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい――ッ!!
何で僕だけがこうなっている!?
不公平だ……!!
差別だ……!!
こんな、地獄……ッ!!
死んだ方がよっぽどマシじゃないかッ!?
ババを引かされた……!
騙された……!
僕は、選択肢を誤った――ッ!!
酷い……!
何でこんな酷い事を……!!
酷い結末を思い付けるんだ……!!
あんまりだ……!
あんまり……っ
「……っ、……、……っ!!」
言葉も、もう上手く喋れない。
終わりだ、終わり。
終わらせて欲しい――誰かに――
「だれ……に……?」
――その時、僕の目の前には塔があった。
砂漠の真ん中に位置する塔。
透明の……塔……。
スカイ……ツリー……?
――そうか、荒れ果てて分からなかった。
此処は、■■だ。
僕は、戻って来てたんだ……。
何年も何年も旅をして――
また。
「――ア、ビ、ス……?」
心臓が――ドクンと、高鳴る。
目の前に聳え立つ塔は。
手を伸ばせば掴めそうだった。
掴めば――助かる?
本能的に、僕はそう感じていた。
同時に忌避感も。
「……」
どうでも……良くないか?
僕はもう、充分に頑張った――
そろそろ、報われても良いだろう。
手を伸ばしても、良いだろう。
だって、繰り返しだ。
皆々、そうやって繰り返してきたんだ。
だったら、
いい、よね――?
「――」
僕は、右腕を伸ばす――
その瞬間だ。
『――蒼魔君』
誰かの声が、聞こえて来た。
懐かしい声。
何処かで聞いた声。
――愛おしい声。
『――蒼魔君』
「……呉、羽……?」
『ずっと、一緒に居るからね……』
「――ッ!」
『魂になっても』
「――呉羽ッ!!」
『残滓でも』
「呉羽ァァァァァァァッ!!」
『貴方を、見守っているから――だから――』
「……ッ!!」
『一人じゃ、無いよ……?』
目の前がパッと光り。
声は聞こえなくなってしまった。
辺りには再び、静寂が満ちる――
「……一人じゃ、無い……か」
伸ばし掛けた腕を引っ込めながら、僕は呟いた。……これからも、迷う事はあるだろう。外に出たくなる時が来るだろう。
けれど――
「耐えてみるよ、呉羽……君が見守ってくれるなら……頑張って、耐えてみる……」
希望は捨てない。
諦めない。
またいつか、逢うために――
―――――――――――――――――――――
これにて、今作レガシオン・センスは完結となります。長い旅路をお付き合い頂いた読者様には感謝の念が絶えません。今後、蒼魔君の行く末はどうなるのか? それは、読者様の御想像に委ねたいと思います。12月10日から毎日更新を開始し、約10ヶ月連続投稿を継続出来たのは皆様の応援によるものだと思います。
次回作も色々と考えていますが、暫くは休みたいという気持ちが大きいですね…(ˉ ˘ ˉ; )
最後に、今作への評価ボタン。感想等を書き残して頂ければ幸いです。本当に長い物語でした。改めて、此処まで読んで頂きありがとうございました(ᐢ 'ᵕ' ᐢ )
レガシオン・センス〜対人関係クソザコな最強ソロゲーマーが、VRMMOの嫌われモブに転生とか無理ゲーじゃね?〜 威風 @ifuu
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