第314話 エピローグ・翔真


 神宮寺秋斗が死んで――アイツがいなくなってから、既に数ヶ月が経過していた。その間、僕等もそうだけど、世界の方も色々と変化があったんだよね?


 世界崩壊事件? は――集団催眠って事で落ち着いたらしい。無理矢理感はあるけどね? 説明出来る人間が誰もいないから仕方が無い。魔素を浴びて化物になった連中は殆どが元に戻っていた。元々いた魔種混交は別だけど――あの事件を切っ掛けとして肉体が変異しちゃった奴は皆無事さ。それとビックリしたのが、ABYSSだよね? アイツがいなくなった途端にABYSSまでも消えちゃったんだ。強制的に転送区へと転移されたから、何事かと思ったよ。


 この世界にはもう、ABYSSは存在しない。


 ABYSSは世界の修復機能だったんだろう? 傷を負った世界がアイツがいなくなった事で完治したんだ。もうその役目は終わったって事さ。


 そうなって来ると、大変なのは世界事情だよね? 各国はパニック状態。今までABYSSから採れる資源に依存していたから、切り替えが大変そうだった。日本も他人事じゃないんだけど、神宮寺の奴はコレも見越して色々と手を打ってたらしい。他の国に比べたら被害は少ないんじゃないのかなぁ?


 僕達に関係する所と言えば――アカデミーだろう。探索者育成校として設立された学校は、方針を転換して、今年度からは普通科の学校になるらしい。教室のランク性も廃止だってさ。影では天樹院会長が尽力してたって噂だね?


 そうして――


 アカデミーに通う、僕はと言うと――



「そろそろ……良いんじゃ無いかな?」


「で、でも……」


「僕の気持ちは伝えただろう? だからさ、良いだろう? ――ね? ね?」


「でも、保健室でだなんて……」


「誰もいないから大丈夫! 此処には僕と君しかいない……さぁ! 早く服を脱いでッ! さぁ!」


「――ッ」



 僕が強気に言ってやると、女学生は制服のボタンを外していく。うっひょー!! たわわな乳房が、目の前に広がるぞぉ――!!


 こ、これは堪りませんねぇ……ッ!!



「……確認させて下さい、翔真。本当に……貴方は私の事が好きなのですか……?」


「好き好きぃッ!! もう最高に好きだよ武者小路!! このデカパイとか大好き過ぎる!!」


「その……紅羽さんよりも?」


「えぇ? 紅羽ぁ? ……そんな事はどうでも良いじゃん! いいからさっさと服を脱いでよ!? 僕は石瑠翔真なんだよ? 君の好きなさぁ!?」


「……」


「ふふふ、これで僕も童貞卒業だ!! 見てろよ紅羽ぁ!! "テク"を磨いて、男はデカさじゃないって事を教えてやるぞ!!」



 僕がワクワクしていると――だ。



「――ごめんない。やはり、今の貴方とは無理です。教室に、戻らせて頂きます……」


「ふぇ?」



 突然、武者小路が頓珍漢な事を言い出した。

 制服を着直して、保健室から出て行く彼女。



「ちょちょちょ――!? 何やってんの!? 僕、君の大好きな石瑠翔真なんだけどォォ!?」


「ごめんなさい――!!」



 ごめんなさい、じゃないだろう!?

 僕の昂ったJr.をどうしてくれるんだ!?


 保健室を出て、廊下を走る武者小路を、慌てて追い駆ける僕。



「待ってぇぇ!? お願い!! さきっちょだけ! さきっちょだけだからぁぁぁぁッ!?」



 廊下の角を曲がっていく武者小路。僕もそれに続こうとした瞬間――出会い頭に、何者かにラリアットを食らってその場に倒れてしまう。



「ぐ、ぐぇぇぇ……! い、一体何が……?」


「……アンタ、な〜にやってんのよ……?」


「げ!! 紅羽!?」


「居た居た! 翔真く〜ん!? また私の下着盗んだでしょ!? 返してよ変態っ!!」


「……ついでに、俺のもな」


「げげげ!? 東雲に神崎も!?」


「はぁ……もう本当、大人しくしてくれよ」



 疲れた表情で後から追い付く相葉。

 どうやら僕は囲まれてしまったらしい。


 むむむ、大ピンチって奴だね……!



「ししし、下着は僕じゃないかも知れないだろう!? 勝手に決め付けるなよ、東雲ッ!?」


「はぁ〜? 新学期が始まって、一年生に盗んだ女子の下着を売りまくってたのは誰ッ!? しかも、御丁寧に顔写真まで付けちゃってさぁ!」


「……お前には前科がある。疑うなと言う方が無理があるだろう。いいからその、俺の下着をだな……?」


「それだけじゃないわよ!! アンタ、美華子さんに何したの!? まさか……菊田さんにした様に、また無理矢理迫ったんじゃ――?」


「自由恋愛だよォォ!? つーか紅羽には関係ないだろう!! 放っておけよ!!」


「一応婚約者なんですけど……?」


「非処女のなぁ!? このビッチめ!! 神宮寺なんかに処女を捧げやがって!! 元々は僕のものだったんだぞ!? 勝手に他人にあげるなよ! この尻軽紅羽めッ!!」


「――そ……! それとこれとは関係ないじゃない!? 何よ!? 大きな声で止めてよッ!?」


「関係ありますー!! お前が処女をくれなかったから、僕は他の処女で我慢しようとしてるんだよッ! 感謝しろよ!? 薄汚れたお前でも、心の広い僕は婚約破棄はしないでやるからな!」


「この、最低男……ッ!!」


「尻軽ビッチには言われたくありませぇ〜ん! ベロベロばぁ〜〜ッ!!」


「頭が痛くなってきた……」


「いいから、私の下着を返してよッ!?」


「俺のも……需要は無いだろう……?」



 いや、神崎のは結構高値で売れたけどね?

 おかげで欲しかったゲーム機が買えたよ。


 SP5のPROバージョン。

 12万円するんだもんなぁ……?


 流石に手段は選んでられなかったね。


 蒼魔の馬鹿が、僕の魔晶端末ポータルをABYSSに捨てなかったなら、金欠に陥る事なんて無かったのに……! 悔しい……!!


 ――って、今はそんな場合じゃないか。


 何とかしてコイツらをやり過ごさなきゃな。



「――あ、蒼魔!?」


『え――!?』



 僕が指差した方向を、全員が振り返る。その隙に僕は韋駄天が如く駆け足で、三人の囲いから脱出した。伊達に姉さん達から逃げ切ってないんだよね〜!? アイツと違って、僕は折檻なんて受けないよ〜〜んだ!!



「くっそぉぉ!! 翔真ぁぁぁぁぁ!!」



 悔しがる紅羽の声を背中で聞きながら、僕はアカデミー中を逃げ回る。


 やがて三人を振り切り――


 僕は屋上へとやって来ていた。


 天気は快晴。


 青い空が、心地良い――



「――また、やったみたいだね?」


「! 会長……!」



 振り返ると、そこには天樹院会長が佇んでいた。僕は、この人には頭が上がらない。スキル【天帝眼】って言ったっけ――? ABYSSが消えてから、僕等は力を失った。生徒会長だって同じだ。特別な力を持っていない筈なのに、どうしてか、この人の勘は冴え渡っている。


 全てを見通す目――か。


 ステータスとか関係無しに、元々備わっていた物なのかも知れない。



「少しは、手加減してあげなよ」


「えぇ? 何の事だか――」


「そろそろ皆、持ち直す頃だと思うから――」


「!」


「……君は――敢えて、騒動を起こしてるんでしょう? 蒼魔君がいなくなった悲しみを、和らげる様に。やり方はどうかと思うけどね?」


「ぅ――」



 やっぱり、この人は凄い。

 何でもお見通しなんだよな、本当。


 でも、素直に認めるのは癪だった。



「な、なんの事かな〜? 僕はただ、日々を楽しく生活してるだけなんですけど〜?」


「それでも良いさ。折角平和が戻って来たんだ。楽しまなきゃ損だからね?」


「……」


「久々に学校に戻って来て、良かったよ。これで僕も、心残りは消えたと思う」


「卒業――したんですよね?」


「あぁ」


「もう、遊びには来ないんですか?」


「……いつまでも縛られるのは、どうかと思うしね。何より、前を見なきゃ、に申し訳が立たないだろう?」


「……」


「そろそろ行くけど、君はどうする?」


「まだ此処に居ますよー! アイツらに捕まったら面倒臭いですからねー?」



 天樹院会長は微笑んで「程々にね」と言いながら、屋上から去って行った。


 一人残された僕は、街を見下ろしていた。


 アイツが守った世界。


 日常。


 僕もまぁ……微力ながら守っていこう。



「だからさ――帰って来いよな?」



 相葉も、神崎も。東雲も。

 通天閣も、幽蘭亭も、我道も。


 ――紅羽も。


 お前がいなきゃ、寂しいんだよ。



「代わりをやってる、僕の身にもなれよ……」



 結構、しんどいんだからな?



「待ってるからな――? この世界で……」



 一陣の風が吹いた。

 風は、すぐに通り過ぎる。


 運動によって熱を帯びた身体はすっかりと冷めて、僕は風邪を引かぬ様に屋上を後にした。


 そうしてまた、日常がやって来る。


 巡る、巡る。


 いつか再会する、その日まで――

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