第313話 さよなら、レガシオン・センス


「逝っちゃったな――アイツ……」



 僕は、悲しむ皆へと声を掛けた。神宮寺が死んだとは言え、同じく異物である僕が残っていては、この世界は破滅してしまう。


 早くに、去る必要があったんだ。



「僕も――そろそろ行くよ」


『!!』



 空の天蓋を見詰め、僕は呟く。次元の境界線。アソコを通れば僕は元の世界へと戻れる筈だ。崩壊した世界。何も無い世界。誰もいない世界。そこで永遠に一人で暮らすんだ。


 何、孤独には慣れている。

 神宮寺の様にはならないさ。


 ――大丈夫!


 だって言うのに、さ……。



「……何処に、行く気だよ……?」



 相葉が僕に問い掛ける。その表情は真剣さを帯びており、ふざけた返答をしたら怒られそうだった。……正直に言うしか無いね?



「元の世界さ。もう、皆には会えないと思う」


「――ッ!? 何だよ……それ……!?」


「……神宮寺が死んだ! お前をこのまま行かせたら、同じ結末になるんじゃないのか!?」


「神崎――」


「そうだよッ!! 行かないでよ蒼魔君!! 私、もう貴方とお別れしたくないよぉっ!!」


「……行かなきゃ、この世界が崩壊しちゃうんだよ。だから――ごめんな? 東雲……」


「他に……手はねぇのか?」


「通天閣――」


「そや! 皆で考えたら、他にも――!」


「――無いんだよ。そんな、都合の良い方法は……無いんだよ……幽蘭亭……」


「……じゃあ、何か? テメェはまた、私等の元から消えちまうって事かよ……?」


「……我道」


「嫌だ……そんなのは……! 嫌だ、嫌だ……」



 子供の様に、駄々を捏ねる我道。

 僕も、言う事を聞いてやりたいけどな?


 それじゃあ、駄目なんだよ……。

 先に逝った皆に、顔向けが出来ない……。



「――僕はさぁ! ずーっと一人が好きだった! 仲間と連むなんて考えられない! 誰かの干渉が苦手だった!!」


「蒼魔……?」


「他人なんてさ! 何を考えているのか分からないし、気を遣うのも面倒だ!! 誰かの視線も怖くて苦手!! もう、こういう人間なんだって諦めて、僕は部屋の中に閉じ籠っていた!!」


「何を……言っているんだ……?」


「出逢ったのが奇跡だったんだよ!! 会話して探索してさぁ!? 一緒に御飯なんて食べちゃったりして、以前の僕なら考えられなかった!」


「蒼魔君……」


「感謝しかないよねぇ!? 皆にはさ。色んな事を教えて貰ったんだ!! 凄く……凄く楽しかった!! 心の底からそう思うよ!?」


「……蒼魔」


「だからさ、これ以上は望めないよ……」


『!』


「楽しかったから――だから――」


「――何でよッ!?」



 紅羽が叫んだ。

 誰よりも大きな声で、怒気を孕みながら。



「何でそんなこと言うの!? 仲間と一緒に遊んで――御飯を食べて――そんなの当たり前の事じゃない!? 有り難がらないでよ!? これからもずっと、ずっと続けていけば良いじゃない! 私達と……一緒に――!!」


「……」



 あぁ――


 そう出来れば、どれだけ幸せなんだろう?


 皆と一緒に進級して――


 また、色んな場所を探索して。


 御飯を食べて。


 いっぱい遊んで――


 恋をして……。


 夢にまで見た、青春だ。



「駄目だよ……駄目なんだよ、紅羽……」


「どう、して……?」


「僕は、この世界が好きだから――」



 レガシオン・センスが好きだから。



「皆を、守りたいんだよ」


『――』



 精一杯の笑顔を作って、僕は皆に言う。



「契約、か……」



 ポツリと、翔真が呟いた。



「……もう一年、延長とか出来ないのかよ?」


「え?」


「僕の身体を使えば、お前も世界も消えないで済むんじゃないのか……?」


「……残念だけど、無理だ。"超越者"になった以上、前みたいにお前の身体に入るみたいな事は出来ないんだよ。……魂の容量が違いすぎる。無理をすればお前の身体が破裂してしまう」


「げ。それは無理……」


「だろ? ――でも、ありがとな?」


「別に……紅羽を悲しませたくなかっただけだ! お前の為に言った訳じゃない!!」


「それ――ツンデレって言うんだぞ?」


「ぐ……ッ!?」


「――まぁ、お前の方は心配してないよ。僕よりもメンタルは強そうだし。要領も良いから、上手く僕の代わりをやれそうだ」


「……当然だ! 僕の方がお前に比べて全てにおいて有能なんだよ!? ……だから……ッ!」


「だから……?」


「安心して……行って来いよな?」


「あぁ――」



 僕は、改めて皆の事を見渡した。



「相葉」


「蒼魔……」


「神崎」


「……っ、蒼……魔……!」


「東雲」


「やだよ……蒼魔君……!」


「通天閣」


「……言葉は要らねぇ。だろう、蒼魔?」


「幽蘭亭」


「……あいよ」


「我道」


「あぁ……蒼魔……ッ」


「そして――紅羽」


「……」


「――皆、行ってくるよ。皆と逢えて本当に良かった……本当なら、僕達はもう二度と会わない方が良いんだろうけれど――それでも、さ」



 僕は、そこで言葉を切った。


 まだだ。――堪えろ。


 思いの丈を、皆に伝えるんだ。



「――奇跡が、起こると良いよなぁ……!!」


『――蒼魔!!』



 僕も、皆とまた逢いたいよ。


 だから、これは永遠の別れじゃない。


 再会する為の一時的なお別れだ――


 僕は、諦めない。


 絶対に、


 絶対に、絶対に。


 絶対に――



「――またな、皆!! 愛してるぜ……ッ! レガシオン・センス……ッ!!」



 叫びながら、僕は次元の境界線へと飛び出した。吸い込まれる肉体。重なり、宇宙の中へと溶け込んでいく……。


 最後に見たのは、

 此方に手を伸ばす、皆の姿だ。


 それもやがて、暗闇の中に消えていく。


 回帰する――

 回帰していく――


 深く、沈む様に。



『――お疲れ様、蒼魔君』



 誰かの声が聞こえた。

 それは、此方を労う声だった。


 暖かな温もりに包まれる様に。


 僕は、暫しの時を眠りに就く――

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