第312話 僕が死んだ日。旅立ちの日。


「やった……」



 倒れた神宮寺を見て、僕は震えながら呟いていた。心臓部を貫いた。確実な手応えが手の中にあったのだ。


 勝った――僕は神宮寺を越えた。


 なら、次は――?



「……」



 立ち尽くし、沈黙する中。

 最初に動いたのは、紅羽だった。



「蒼魔!! 蒼魔ぁぁぁぁぁ!!」


「お、おい紅羽!?」



 翔真の静止も聞かずに、紅羽は倒れた神宮寺の元へと駆け出した。



「チッ、何なんだよ一体――!! おい! 待てよ紅羽!! 生きてたら危ないぞッ!?」


「……俺達も、行こう――!」


「あぁ!」



 紅羽に釣られて、皆が神宮寺の元へと集まっていく。僕は、ソレを遠巻きにして眺めていた。今はアイツの邪魔をしたくない――そう、思ったからだ。



「蒼魔!! 死なないで蒼魔!! ――蒼魔!!」


「く、紅羽ちゃん……?」


「蒼魔って、まさか――ソイツが?」


「なんや、どうなっとるや?」


「……I don’t know」


「おい! ベタベタすんなって! 汚れるぞ紅羽! ばっちぃんだから離れろよ!?」


「嫌……嫌……!」


「……なんだよもう……僕、何か悪い事言ったかよ? ソイツは敵だったんだろう? なら、死んで良かったじゃないか? 何でそんなに悲しがってるんだよ……? なぁ……?」


『……』



 翔真の言葉に、皆は反応出来なかった。


 その時だ。



「……石瑠翔真の言う通りだ――悲しむ必要なんてない……僕は、この世界を破壊しようとした大罪人だからね……? 死んで当然の、悪い奴なんだよ……」


「蒼魔……」


「だから、悲しむなよ、紅羽……? お前が泣いていると……僕も……悲しい……」


「――蒼魔! お前、蒼魔なんだろう!?」


「相葉……?」


「何でだ!? 何でこんな事に……ッ!?」


「さぁな……? どうしてだろう……?」


「く――ッ!」


「……皆、迷惑を掛けたな」



 全てを理解し、涙を流す相葉。

 紅羽の奴も、ぼろぼろだ。



「分からないよ……何でアンタが蒼魔君なの? 私は全然分からないッ!!」


「歌音……」


「魔種混交への実験は……魔種を人間に戻す為に……必要だと思ってやったんだ……かと言って、僕の行いが……正当化出来るとは思っていない。東雲は……僕を恨んで、当然だ……」


「……恨めないよ、そんなの」



 絞り出す様に、東雲が言う。



「憎めないよ……! だって君、蒼魔君なんでしょう!? 私の大好きな貴方を……恨むなんて絶対に出来ない……! 狡いよ……狡い……!」


「……蒼魔」


「――神崎、か……お前には……色々と世話になったな……?」


「世話だと……? 与えて貰ったものに比べて、大した事はしていない……」


「そうか? なら、良かった――」


「……良くは、ない……」


「ん?」


「勝手に……死ぬな。迷惑なんだ、そう言うのは……どうしてくれる? "私"の心の中で、お前の存在は大きくなっていたのに……! 目の前で死ぬなんて酷いだろう……!! 惨い!! こんな仕打ちを私にするお前は……酷い奴だ……!」


「……すまん」


「謝るな……! 謝るなら、生きてくれ……!」


「……」



 嗚咽を零す神崎。いつも冷静なアイツが、あんな顔を見せるなんてな。僕も神宮寺と同じ気持ちだ。――申し訳ない。そういう思いでいっぱいだった。



「通天閣、幽蘭亭……お前らも、悪かったな」


「……no problem」


「ウチらは途中参加組や。他の連中とは思い入れも違う。ただ一言、言えるとしたら――お疲れさん。……その程度やな?」


「……お前らのその態度が、いつも有難かったよ。――後は、宜しくな?」



 通天閣と幽蘭亭は、無言のままに頷いた。



「――待てよ、蒼魔」


「我道……」


「私には理解出来ねぇ。神宮寺が蒼魔で――お前が今、死んじまうなんて……そんな――!」


「我道さん!?」


「先輩!?」



 皆が驚く中、我道は瀕死の神宮寺の襟元を掴み、揺すってみせる。



「立ち上がってくれ――! もう一度、私と戦ってくれよ!! 弱ってるテメェなんて見たくねぇよ!! 死ぬな!! 死ぬなァァァァ――ッ!」


「……我道」



 神宮寺は、青白い顔で微笑んだ。

 その顔には"死"が満ちていた。



「相変わらず……お前は、無茶苦茶だよな?」


「!!」


「そういう所、嫌いじゃなかったよ……」


「……ッ!! 馬ッ鹿、野郎……ッ!!」



 襟元から手を離す我道。彼女も悟ったのだろう。神宮寺がもう、長くない事を。



「――紅羽」


「なに……?」


「色々と――酷い事を言ってごめんな?」


「ん……」


「レガシオン・センスというゲームの中で……君だけは好感度をMAXに上げていた……呉羽に似ていたからっていう理由もあるけれど……僕が単純に……君の事が好きだったから、唯一好感度を上げていたんだよ……?」


「……」


「本当に……色々あったけど……楽しかった」


「蒼魔ぁ……っ!」



 神宮寺の手を握る紅羽。

 奴の身体は、既に消失が始まっていた。



「最後に――石瑠翔真」


「な、何だよ……」


「……お前には世話になった……恩を仇で返す様で、本当に申し訳ないんだが――」


「――え!? こ、怖ッ!! 何のこと!? 滅茶苦茶聞きたく無いんだけどォォ――ッ!?」


「その……紅羽を……抱いて――」


「わー!! 聞こえなぁぁぁぁぁい!! 僕は何も聞こえなぁぁぁぁぁい!! 早く死ねお前!!」


「……」



 耳を塞ぎ、地面でのたうち回る翔真。


 哀れな奴……。


 僕は心底、そう思った――



「――じゃ、そう言う事だから、さ……」


「蒼魔ッ!!」



 ――消えていく。

 ――神宮寺秋斗が。


 もう一人の僕が、消えていく。



「さようなら、皆……」


『――ッ!!』


「あぁ……やっとだ――」



 万感の思いで、神宮寺は言葉を紡いだ。



「やっと、旅が終わる――


 僕……頑張ったよ、呉羽。


 間違いだらけの人生だったけれど――


 それでも君に。


 胸を張れる……


 生き方を――」



 燐光と共に、神宮寺秋斗は――


 "石動蒼魔"は消えていった。


 さようなら、もう一人の僕。


 その生き方には敬意を表するよ。


 僕も、君と同じ様に胸を張っていこう。


 さぁ――


 旅が始まる。


 永遠の旅が。終わりのない旅が。


 終わらせない、為に――

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