第311話 永遠の終わり


 ――SIDE:神宮寺秋斗――



 この土壇場に……また、マキシマイザー!?

 何を考えているんだこの男!?


 それとも何か? 他に策が――?



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!!」



 ――無い。


 ――無いぞ、コイツ。


 策なんて無い。目を見れば分かる。



「ば――」



 馬鹿……なんじゃないのか……?


 何してるんだこのアホは?

 本当に……本当に頭がおかしいのか?


 肉体のダメージは著しい……装飾品装備の"慈愛のリング"によって常に体力を回復している様だが、それも焼石に水。ダメージに回復量が追い付いていない。折れた肩はそのままだし、失った血液も戻らない。全身打撲。息をするのも苦しそうな有様で、最後に頼る切り札が、死にスキルと化した【マキシマイザー】だと……?


 呆れて、物も言えなくなってしまう。


 スキルと心中するつもりか!? ……つもり、なんだろうな? そう言えば、そう言う男だったかも知れない。何処までも愚直で、何処までも不器用で、何処までも――何処までも――!!


 ――僕は、息を吐いた。


 深々とした息。しかしそれは、失望による溜息では無い。決意を込める為の動作である。



「惰性で死を選ぶ様な選択をするな――僕にそう言ったのは、紅羽……お前だよな?」



 蒼魔の後方……視界の隅に佇む鳳紅羽を見据えて、僕は一人呟いた。


 運命は変わらない。

 だから僕は、自身の死を受け入れていた。


 神宮寺秋斗は石動蒼魔に殺される。そして、石動蒼魔は神宮寺秋斗へと変わってしまう。


 最悪なバッドエンド。


 だが、もう良い。

 もう疲れた。


 僕が足掻けば足掻く程に、大切な人を傷付けていく。ハッピーエンドなんて、元々無かったんだ。助かろうなんて思っちゃいけなかった。それに気付くのに随分と長い時を過ごしてしまった。――もう、疲れたんだよ……。


 終わりにして欲しい。

 だから、この勝負に挑んだんだ。


 記憶は朧気だが……確かに僕は、この時に"神宮寺秋斗"を打倒している。方法は分からない。けれど、きっと"何か"をしたのだろう。同じ事を僕は目の前の蒼魔に期待していた。


 だが――



「望みは薄い、か……」



 360秒――360秒を耐えると言ったな?


 耐えてどうなる?

 何かが変わるのか?


 僕を倒せるのか?


 いいさ、もう――何でも良い。



「レガシオン・センスのランカーとして――プレイヤーとして……僕はわざと負ける事なんて出来ない……! だからもう、これは――不可抗力だと思う事にしたァァ……ッ!!」



 恨むなら蒼魔ソイツを恨めよ、紅羽。


 僕は――やる。


 加減なんて出来ない。



「――全ッッ力でェェェェェェッ!! 終わらせてやらァァァァァァァ――ッ!!」


「! ――来ォォいッ!!」


「蒼魔ァァァァァッ!!」



 激突する僕達。守るのではなく、攻めに転じて来たか!? その意気や良し!! だが――!!



「――不足ゥッ!!」


「ぐぉッ!?」



 蒼魔の顎を踵で蹴り付ける。体勢を崩した奴に、回転しながら更に更に畳み掛ける――!!



「不足!! 不足!! 力不足なんだよぉぉ!? 御大層な事を言って格好付けやがって!! お前は何もかもが不足している!!」


「――ッ!!」


「技術に経験!! 知識に精神!! 何だ!? じゃあお前は一体何が出来るんだ!? 答えて見せろよ、石動蒼魔ァァァァァ――ッ!!」


「就職のぉ……! 面接官かテメェェェッ!!」



 右拳の一撃を掌底で逸らし、剣を薙ぐ蒼魔。浅くだが、胴を斬られたか!? 薄皮一枚……セコイ攻撃をしやがってよぉぉぉぉッ!!



「トラウマを刺激するなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「うるせぇ!! 馬鹿がぁぁぁぁ!!」



 交差する拳と拳。

 互いに顔面を打つ僕等。


 スキルも――アイテムも――武器の持ち替えも。戦闘速度が速過ぎて出来ない。必然的に勝負は肉弾戦の比率が増えていた。


 残り――180秒。



「――躱すなぁ!! ドッジボールで最後まで残る男かァ!? お前はァッ!!」


「だったらどうしたァァッ!? 避けるのが上手くて悪いかよォォッ!?」


「避けるのが上手いんじゃない!! 敵にも狙われなかっただけだ、お前はぁぁぁぁぁッ!!」


「記憶を改竄するなぁぁぁぁぁ!! そもそも僕はァァ!! 体育の授業に参加しなぁぁい!!」


「!!」


「目立つのが嫌いだからぁぁ!! ――死ね!」


「――ぬっ! ぐ……ッ!!」



 蒼魔の剣が、右肩に突き刺さる。

 精神攻撃は、あちらの方が一枚上手か――?


 残り――60秒。



「神宮寺秋斗ォ……お前は運命を信じるか?」


「何をいきなり!?」



 ――信じている。

 ――否、信じざるを得ないだろう。


 僕は運命を呪っている。


 それが一体、何なんだ――?



「数多の世界がある中で――こうして過去の時代に転移をして、自分自身と戦う確率なんてどれぐらいのものなんだろうなぁ……?」


「……お前、気付いて――?」


「運命はあるんだよ。因果とも言うべきか? 僕等はソイツに翻弄されて来た」


「……」


「運命に抗おうとした結果が今だ。とてもじゃないが良い結果に落ち着いてるとは思えない」



 言いながら、蒼魔は自身の魔晶端末ポータルを操作する。操作し終えた瞬間――奴は、魔晶端末ポータルを投げ捨てた。


 目の前に転送される、一本の弓矢。

 アレが、奴の最後の武器か?


 何処か見覚えのある白弓。

 僕自身も所持している"無銘の弓"だ。


 あんなものを、最後の武器に選ぶなんてな?


 ――0秒。


 マキシマイザーのチャージが終わった。


 後は奴の攻撃を【空間転移】で躱すだけだ。


 躱した瞬間――

 奴に止めを刺してやる。



「――時間稼ぎは、もう良いか? 何が言いたかったのかは分からんが、ソイツがお前の最後の遺言になるんだぞ? 他にも言っておきたい事は無いのか? 仲間達に送る言葉とか――」


「――運命はッッ!!」


「!?」


「……抗うものじゃないッ!! 味方に付けるものだったんだよォォ!!」


「…………は?」



 いきなり、何だコイツ……?


 テンションマックスで気持ち悪い……死の恐怖で得体の知れない宗教にでも目覚めたか?



「因果は巡る!! 同一存在であろうとも、それは絶対なんだ!! だから、同一人物である僕等にもソレは絶ッッ対に!! 当て嵌まるッ!!」


「何だ!? 何が言いたいッ!?」



 僕は苛立ちと共に叫んでいた。こんな茶番はもう良いんだ。早く終わりにしたかった――!



「お前は!! 最後の一撃をそんな弓矢に託す事しか出来なかったァ!! だから言ったろ!? マキシマイザーじゃ駄目なんだってッッ!! 直線状に放射されるマキシマイザーの一撃は【空間転移】で容易く躱せるんだ!! 得物を弓矢に持ち替えてもソレは一緒だ!! 何故理解出来ない!? 何故言う事を聞かない!? 何故! 何故何故何故何故何故何故何故――ッ!! お前はァァ!! 僕の筈なんだろう!? だったら僕の言う事をちゃんと聞けよ馬鹿野郎ォォ――ッ!!」



 僕は思わず叫んでいた。目の前の分からず屋に向かって、あらんかぎりに吠えていた!!


 こんな結末――誰も望んじゃいなかった!


 そうさせたのは、自分お前だ!!

 その事実が――悔しかったからだ!!



「……神宮寺。この一撃は絶対に当たる……」


「何を、根拠に――!?」


「分からないか? ……分からないよな? お前は記憶を取り戻したと言っても、その細部までは覚えていないんだろう。だから、忘れている」


「何を……! 何を……ッ!?」



 矢を番て、弦を引く。


 チャージしていたマキシマイザーのエネルギーが、弦を通じて矢の全体に溜まっていくのが見て取れた。蒼い光を宿した一本の矢。渦巻く力は嵐を呼び、まともに当たれば"超越者"であろうとも魂の消滅は免れないだろう。



「――石瑠翔真にも、石動蒼魔にも、神宮寺秋斗にも!! 共通している事があるッ!!」


「……ッ!!」


「それは!! 天敵の存在だァァッ!!」



 ――天、敵……?



「元を辿れば……"石瑠翔真特効"とでも言うべきか!? の行動は、何故か僕にヒットする!! まるでそれが運命の様に!! 因果を超えて僕を害して来たッッ!!」


「……まさか――」


「この一撃は――ッ!! 何故ならこれはぁぁぁぁぁぁッ!!」



 引き絞られた矢が、解放される――



「――だぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 その瞬間――


 僕は様々な事を思い出していた。



『――これ、持って行って』


『……紅羽の弓を、僕が?』


『御守りよ。後で返しなさいよね!?』



 まるで、走馬灯の様に――



『勝手な事言わないで! まだ私の話は終わってないのっ! だから、行かせない……!!』


『――ッ、くれ、はぁ……ッ!!』



 ……そう言えば、そうだった――


 彼女は、いつもそうだ、



『馬鹿翔真! 私が応援してやってるんだから、せめて逃げ切りなさいよね――ッ!!』



 ……いつもいつも。


 的確に、僕の弱点を突いてくる――



『蒼魔……』


『……?』


『……いかないで……』



 寝室で、枕を濡らした紅羽。

 その顔を思い浮かべた瞬間――!!


 僕は――動いていた!!



「――空間転移ッ!!」



 自身の前面に次元の穴を設置する。マキシマイザーの一撃に併せた防御技だ!! タイミングも完璧!! 防げる!! 勝ったぞ蒼魔――!!


 が――



「ッ!?」



 紅羽の矢は、次元の穴に吸い込まれる寸前、直上へと角度を変えた。恐ろしい速度で行われる無軌道な直進。もはやコレは目で追えない。明後日の方向へと突き進むかに思えたソレは、再び直角に曲がっていく。


 ――因果は、巡る――



「僕と紅羽も……!! そうか、そういう――」



 言葉は最後まで紡げなかった。


 直上から降って来た"紅羽の矢"が、僕の心臓部を貫いたからだ。



「――がはッ!!」



 魂が、砕けた。


 命が終わる。


 そうか――コレが――



永遠とわの終わり……か……」

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