没シーン

【前書き】

最終話「墓まで持っていくはずだった」の没稿です。

最後の最後でビビアンの自称転生者設定を回収したかったのですが、非常に重要な秘密を打ち明け合う場面でこんな話をされても、どんな感情で受け止めたらいいのかティモシーも読者も戸惑うしかないな、ということで没になりました。

もともと最初期のプロットでは、彼女の秘密は作中で述べた通りのことだったので、一周回ってそこに落ち着いただけでしたが。

没にはなりましたが、でもひょっとしたらフィナーレまでの期間にやっぱりこんな会話をしてたかもしれません。


------------------------


 彼女は僕をちらと見た。


「ナンシーは…気の毒な子よね。

 欲しいものを欲しいって言ったり、手に入れようと何かすることが最初っから許されてない。許されてる人と張り合って同等以上になってようやく好きにできるんだわ。

 それまでどれだけ自分自身も傷つけてたのかわからない」


 僕も隣に腰を下ろした。


「この世界では、まだそんな風に生きるしかできないのね」


 嘆息しながら、彼女はぼんやりと窓を見上げてつぶやいた。


「もし叶うものなら、もっと幸せな世界に転生していてほしいわ」

転生テンセイ?」

「あたしがいた世界なら…」


 聞き慣れない言葉に問い返すと、彼女は膝に目を落として少し考えた。


「…あたしね、転生者テンセイシャなの」


 それも聞き慣れないが、僕は黙って説明を聞いた。


「こことは全く違う世界で生きてて死んで、その後この世界にビビアンとして生まれてきたの。前の世界では、文明とか文化がもっと発展してて、人権意識ももっと進んでた。仕事も、女じゃ通用しないなんてことはなかった」

「……」

「あたしやナンシーみたいな人間も、ここよりは差別されずにすんでる。だから、ひょっとしたら逆に彼女があたしの世界に生まれるってこともあり得るんじゃないかなって」

「なるほど…?」

「ううん、あたしがここに生まれてから二十五年以上経ってるわけだし、そしたらあっちももっと生きやすい世の中になってるかな…」


 ビビアンは、膝を抱えながらこちらに視線を送った。




「あなたはどう思う?」




 …と、言われても僕にはそこがどんな世界か見当もつかない。彼女も僕に答えを求めているわけではなさそうだった。


「よくはわからないけど、彼女がどこに生まれようと幸せに生きられることを祈るよ」


 そう言うと、彼女は淡く微笑んだ。


「…こことは違う世界なんて、そんなの本当にあるの? 君が考えたんじゃなくて?」

「まあそう言って当然よねえ。あたしから見れば、この世界こそ何で実在してんの?って感じだけど」

「へえ」

「どう説明しようかな。あたしはね、『ゲーム』っていう…こんな小さなキカイの中で、箱庭みたいな舞台があって、学園ヒロインごっこができる、そういう遊びをやりこんでたの」


 ビビアンは指で枠を作って、キカイの大きさを示した。


「ここはね、そのゲームの世界にそっくりなの。だからあたしにとっては…読んだことがある架空の物語の本の中に生まれてきたようなもんね」

「はあ」

「信じてないわね。学園ヒロインごっこって言ったでしょ? あたしはあの学園に転校してきて極上のイケメンたちにチヤホヤされたり目くるめく恋愛模様を繰り広げたりするはずだったんだから。

 それで調子に乗りすぎてアーノルド殿下に手を出して、婚約者のアナスタシア様にキツイお仕置きを受けるとこまで話が決まってたんだから」

「何だそれ。ああ、それであの頃皆を避けてたわけか」

「そうよ。なのにあんたはしつこくちょっかいかけてくるから、気が気じゃなかったの」

「今の話だと、殿下とどうこうなってなくて幸いだな。君が王妃になったら国が滅ぶ」

「んもう! いいのよ、あたしはあんたと結婚したかったんだから」

「え」

「あ」


 彼女はそわそわと目を逸らした。


「…あのね、ゲームだったら誰と恋愛するかは選べるの。『攻略対象』って呼ぶんだけどね、殿下とそのご学友の中から選ぶことになってるの。つまり…あんたもその一人に入ってんのよ」

「それで僕を選んだの? いいじゃない、光栄だよ」


 だが彼女は一転して顔を曇らせた。


「本当にいいと思える? あたしに見込まれた相手は、否応なしにあたしを溺愛し、何があってもあたしを諦めないし必ず許してしまう。そういう役回りになってるの。

 だから、あたし…あんたがどんなに傷ついててもあたしを愛し続けてくれてるのが、役割に縛られてるせいにしか思えなくて、ずっと申し訳なくて仕方なかった…」

「ビビアン」

「なのに、都合がいいからって頼り切って、何しても大丈夫って甘えきって、あんたを苦しめて狂わせて!

 それでも手放せなかった…!」


 一息に吐き出して縮こまる彼女の肩を、僕はそっと抱いた。


 そんなことを気にしていたのか。それこそ妄想だ。

 僕は君の望み通りにしなかったこともあるし、もう許せないと思った瞬間もある。

 役割だから愛してるわけじゃない。長い時間の中で、もうそれが当たり前だからこうしているんだ。


「ごめんね…」


 彼女はまた一つ長い溜息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バロック 〜腹黒小悪魔の純愛〜 宇野六星 @unorokusei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画