後書き(2)セクシャリティ解説

 本作の主要登場人物であるビビアン、ティモシー、ナンシーはいずれも性的マイノリティです。特にビビアンやティモシーはいわゆるLGBTQ+の「+」に属するタイプなのですが、作品世界では彼女らの指向を表す言葉がないため、作中ではっきり説明することができませんでした。

 ここでは、分類の考え方を紹介しながらそれぞれのタイプをご説明したいと思います。


 こんな解説が後書きに付くなんて異例すぎだと思いますが、概念から解説しないと話が始まらないのでご容赦ください。


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 セクシャリティは、以下の四つの要素を用いて考えられるようになってきています。


【1】生まれたときに割り当てられた性(Sex)

 私たちは、生まれたときに、主に外性器の特徴から「男」「女」のいずれかに必ず割り当てられます。特徴が不明瞭な場合であっても、必ずどちらかに決められます。


【2】性自認(Gender Identity)

 自分自身は自分の性別をどうとらえているかの要素です。

 前述の割り当てられた性と一致していれば「シスジェンダー」、不一致であれば「トランスジェンダー」となります。

 割り当てられた性に関わらず、自分はどちらの性と限定することはできないと感じる(どちらでもないと感じる/どちらでもあると感じる)場合は「ノンバイナリー」です。

 確信が持てない・決定したくないと感じる場合は「クエスチョニング」です。


【3】性的指向(Sexual Orientation)

 どのような相手に性的に惹かれるかの要素です。概ね、相手が自分の性自認と一致しているかどうかで「異性愛者」(ヘテロセクシャル)「同性愛者」(ホモセクシャル)などの種類に分けることができます。同性愛者のうち、男性をゲイ、女性をレズビアンと呼ぶことはご承知かと思います。

 そして例えば、「割り当てられた性が女性」でも「性自認が男性」で、かつ「同性に性的指向が向く」人は「ゲイのトランスジェンダー男性」となります。

 しかし、性自認がノンバイナリーやクエスチョニングの人にとっては、「自分の性自認と同じか違うか」という考え方は当てはまりません。性自認に依存しない呼び方として、男性に指向が向く場合を「マセクシャル(またはアンドロセクシャル)」、女性に向く場合を「ウーマセクシャル(またはジニセクシャル)」と呼びます。客観的である意味公平な呼び方だと思います。


 更に、この分類は非常に多彩になってきていて、関係性のあり方に細かく注目したり、「恋愛指向」(〜ロマンティック)と「性的指向」(〜セクシャル)の二層に分けて考えたりもします。分けることで、「恋はするのだけどどうもセックスはしたくない」といったセクシャリティを説明しやすくなります。


 いくつか紹介しましょう。


・パンロマンティック/パンセクシャル

 相手に惹かれる際、性別にこだわらない。


・アロマンティック/アセクシャル

 他者に対して恋愛的な愛情を抱かなかったり、性的に惹かれない。(家族や友人と友好的な関係を築くことはできるとされています)


・デミロマンティック/デミセクシャル

 一定以上の信頼関係を築いた相手に惹かれる。一目惚れやマッチングは無理?


・サピオロマンティック/サピオセクシャル

 相手の身体でなく知性に対して恋愛感情/性的欲求を感じる。


 このようにセクシャリティが細分化され続けるのは、ひと度定義ができると当てはまる人と当てはまらない人が生じ、どれにも当てはまらない人はまた周囲から「あなたはおかしいよ! ありえないよ! そのうちまともになるよ!」と言われ続けることになり、自己肯定感を低められてしまう…そういう状況を避け、誇りを取り戻すためにラベルが必要だということなのかもしれません。

 周囲は、用語まで覚えられなくてもせめて「ふうん。それがあなたのありようなのかもしれないね」と鷹揚に受け止めてくれたら大分生きやすいだろうと思います。


【4】性表現(Sexual Expression)

 言葉遣いや服装などがいわゆる男らしいか・女らしいかです。割り当てられた性や性自認と一致しない場合はしばしばあります。生まれながらの男性でウーマセクシャルであっても、伝統的に女性のものとされている服装や色や趣味が好きということはあります。中性的な装いをする人もいます。

 割り当てられた性及び性自認と異なる性のものとされる服装をする人を、「クロスドレッサー(異性装)」と呼びます。クロスドレッサーは、四六時中そうしている場合も、一時的にそうしている場合もあります。

 なお、割り当てられた性と異なる服装をしていても、その服装が性自認と一致している場合は、トランスジェンダーが性自認に合わせているだけなのでクロスドレッサーとは言い切れないかもしれません。


【補足 セクシャリティは流動的なもの】

 長い人生の中で、セクシャリティは揺れ動くことがあります。好きになるのは異性だと思っていたのに同性を好きになったりその逆だったり、自分は男性だと感じていたのに女性だと感じるようになるなど、性的指向や性自認は男性と女性の間をシームレスに行ったり来たりする場合があります。勿論、一生を通じて動くことがない人もいるでしょう。

 重要なのは、その流動性を「一時の気の迷い」として片付けてしまわず、一つのありようとして受け止めることです。その時時でその気持ちは真摯なもののはずだからです。

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 基本用語だけで長くなってしまいましたが、以上を踏まえて登場人物のセクシャリティを説明します。

※重要なネタバレです※

 

<ビビアン>

 彼女は、当初自分をいわゆるレズビアンであると考えていました。しかし、相手の何を愛するかといった台詞や、性的に満たされる相手は誰かといった点を考慮すると、レズビアンと言うよりは「パンロマンティック・ウーマセクシャル」とみなす(もしくはレズビアンからそれに変化した)のがより適切です。作中で彼女はそれを自覚し、再定義していました。

 今ほど分類が細分化されていない時代であれば、彼女は「バイセクシャル」あるいは「ビアン寄りのバイ」と呼ばれたかも知れません。

 このセクシャリティが、本作の重要なポイントになっています。


<ティモシー>

 少年時代に男の娘を演じることを楽しみ、身体の変化で渋々卒業した彼は、元クロスドレッサーであると言えます。大人になってからは男性のシスジェンダーでウーマセクシャル(ヘテロセクシャル)となります。


<ナンシー>

 初登場時はなぜか男装し、再登場してからも男装を通していますが、必要に迫られてのことであり本人は女性の姿でいる方が楽なようです。

 レズビアンであることは間違いありませんが、クロスドレッサーと呼んでいいものか…本人の意志に照らすと呼ばないほうが良さそうです。


 まとめると、LGBTQ+で言うとナンシーは「L」、ビビアンは「+」となります。

 ティモシーはかつて「+」でしたがその後はどれにも属しません。LGBTQ+は性的マイノリティの総称であり、マジョリティは含まれないためです。


※2023年12月21日追記

 「LGBTQ+」は性的マイノリティの総称ですが、逆にマジョリティであるシスジェンダーや異性愛者を疎外してしまいます。それらも含めた性的指向や性自認についての概念は「SOGI(ソジ)」と呼ばれます。上述のSexual OrientationとGender Identityの頭文字を取ったものです。すべての人をSOGIで表現することができるため、誰もが自分ごととして考えやすくなります。

 より詳しい解説は、当事者団体や自治体などのウェブサイトにて確認することをおすすめいたします。


 以上、本当に長い後書きをお読みいただきありがとうございました。

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