デイアフター・ギュン
「あいつを捕まえる大きくて頑丈な袋を作るんだ!」
急げ、急げと人々はお互いに励まし合いながら、とっても頑丈でとてもとても大きな袋を作り上げました。
ギュンは相変わらず、遊び相手を求めて駆け回っています。その度に、あちらが壊れ、こちらが吹っ飛び、町も原っぱも雑木林もしっちゃかめっちゃかに荒れていきます。
「さあ、みんな頑張るんだ! いくぞ、せーの!」
それでも町の人たちは諦めず、出来上がったとっても頑丈でとてもとても大きな袋を大通りに広げて待ち構えます。
「ねえ、あそぼう! みんな、あそぼう!」
ギュンは、たくさんの人が集まっている大通りを目指して駆けてきます。
そこで、みんなが遊んでくれると信じて疑っていません。そうして、ばっと大きな袋に向かって飛び込んで行きました。
「今だ! 袋の口を閉じるんだ!」
町の人たち総出で、両側から綱引きをするように大きな袋の口をぎゅうっと力いっぱい絞ります。
「え、え?」
閉じ込められたギュンは驚いて振り返りますが、その時ちょうど袋の口がぴったりと閉じられてしまいました。
「ねえ、どうして! 出して、ねえ、出してよ!」
ギュンは袋を何度も叩きますが、とっても頑丈な袋はびくともしません。
大きな袋の中とはいえ、ギュンにとっては小さな袋です。身動きが取れなくなったギュンは、わあわあ泣きながら弱っていきます。
どうしてかって?
だって、ギュンはぐるぐる回るつむじ風ですもの。回れなくなったら解れて消えてしまうしかありません。
「ねえ、出して! 出してよ! ぼく消えたくないよお」
だんだん小さくなっていくギュンの泣き声は、もちろん袋の外にも聞こえてきます。
ですが、町の人たちだって必死です。歯を食いしばって袋の口を閉める綱を緩めません。
「いやだよ、ぼく、消えたくないよ。出してよお」
ギュンの泣き声は、蚊の羽音みたいに小さくなっていきました。
そして、とうとう何も聞こえなくなった時、とっても頑丈でとてもとても大きな袋は少しずつ萎んで通りの上に横広がりになりました。
それでもしばらくは、袋の口を縛る綱を緩めることができずに、町の人たちはじっと固唾を飲んで見守っていました。
少し時間が経って、また少し時間が経って、どのくらい見守っていたでしょうか。
恐る恐る袋の口を閉めていた綱から手を離した町の人たちは、そっと袋の口を開きました。
何も出てきません。
大きな袋をひっくり返しても、そこには何もありません。
ギュンがあまりにも力強く回りすぎたからでしょうか、普段なら落ちているであろう木の実や花びらのかけらすら一片たりとて残っていないのです。
ギュンは本当に跡形もなく消えてしまいました。
その一部始終を北風は空の高いところから眺めていました。
町の人たちは、ほっと安堵の息を吐いて、それから町の復興にかかりきりになりました。直すところが多すぎて、何から手を付けようか考え込んでしまうほどです。
騒ぎに巻き込まれた動物たちも、たくさん怪我をしてしまいました。
そうして、どれほど経ったでしょう。
ようやく町が町らしくなって、怪我をした人々も動物たちもすっかり元気になりました。日差しは暖かく、ぽかぽかとした陽気です。
だけど、何か物足りません。
そこだけぽっかりと砂場になった原っぱも、いつしか小さな草が芽吹きました。その上に、今日も木の実や花びらが堆く積まれていきます。そして、そのまま萎れてしまうのです。
そんな光景を、動物たちは耳を垂らして見つめています。
それから、どれほど経ったでしょう。
とうとう、野うさぎがしくしくと泣きはじめてしまいました。
野ネズミも小鳥も、キツネやたぬきも気が付くとみんな泣いています。
それは、北風にとってとても不思議な光景でした。
「それは何だい? 新しい遊びかい?」
小首を傾げながら空の高いところから尋ねる北風に、野うさぎが泣きながら訴えました。
「北風さん、北風さん。ギュンを探して」
「何だって?」
「ギュンはどこにいるの? ギュンに会いたい」
野うさぎの訴えに、北風はびっくりしてしまいました。
「ギュンがどこにいるのかだって? ギュンはとっくに消えてしまったじゃないか。きみたちがギュンを追っ払って、そう仕向けたじゃないか」
それを聞いて、野うさぎは「ギュンに会いたい、ギュンに会いたい」と泣き続けます。北風は理解し難い様子で眉を
「さみしいよ、ギュンがいないとさみしいよ」
「はー。きみたちってばワガママだね。とても理解し難いよ」
北風は頭を掻きながら、じっと空から動物たちを見ています。
ギュンがくるくる回っていた時は逃げ回っていたというのに、いなくなったら会いたいという、本当に、生き物とは何て難解な存在なんでしょう。
「そもそも、ギュンは始めからいないんだよ。代わりに、そこらじゅうにあるとも言えるな!」
「どういうこと?」
野うさぎは、グスグスと鼻を鳴らしながら尋ねます。
「言葉のとおりさ。ぼくたちには、そもそもカタチなんてないんだ。きみたちは、たまたま、ここにいたつむじ風のことをギュンって呼んでただけさ」
良くも悪くも、名前を付けてしまったばかりに思い入れができてしまったというのです。何の変哲もない風なのに。
「ギュンに会いたい、ギュンに会いたい」
それでも、野うさぎは泣き続けます。
「言っただろう? そこらじゅうにあるじゃないか『ギュン』だったものが」
北風が指差した先には、そよそよとした空気が満ちています。そこらじゅうに満ちています。
でも、動物たちにとって、それはギュンではありません。
だって、ギュンは元気いっぱいに駆け回るつむじ風なんですからね。
「ギュンがいいの。ギュンに会いたい」
「やれやれ」
北風は大きく肩をすくめました。
本当に、生き物は何て不可思議で矛盾だらけなんでしょう。
それがギュンであろうが、なかろうが、北風にとっては何も違いはないのです。
だって、そこらじゅうにあるんですからね。
話が通じないなら仕方ありません。
北風は、動物たちの目の前でくるくると指先で空気をかき混ぜます。すると、小さな小さな渦ができました。北風の手のひらに乗るような、本当に本当に小さな小さなつむじ風です。
「ギュンだ!」
動物たちは大喜びです。
しかし、小さな小さなギュンは驚いて、慌てて北風の背中に隠れてしまいました。ぶるぶると震えながら肩の向こうから頭だけを覗かせます。
「ギュンだ、ギュンだ! ねえ、あそぼう!」
動物たちの呼びかけにも、小さな小さなギュンは震えるばかりで一向に北風の背中から出てきません。
それもそのはず、だってギュンの記憶は大勢に囲まれて捕まって、消えていったところで終わっているのですから。散り散りになっても、かき集めれば消えることはありません。
「ギュン、こっち来て一緒にあそぼう!」
震え上がるギュンは北風の背中に張り付いたままでしたが、そんなギュンを北風は片手で造作もなくペリっと引き剥がします。
縮み上がるギュンを、北風はポイっと動物たちの前に転がしました。
ころころ転がったギュンは原っぱの草の上でくるくると目を回しています。
そんなギュンの前に、野うさぎが木の実を一つ差し出しました。
「くれるの……?」
ギュンの問いかけに鼻を鳴らしながら頷いた野うさぎの姿を見て、ギュンはそっと両手で木の実を受け取ると「へへっ」と、はにかみながら大事に大事に抱え込みます。
大きな木の実は、小さな小さなギュンの体の中でゆっくりくるくる回転しながら浮かび上がりました。
「ねえ、あそぼう!」
動物たちが原っぱを駆け始め、ほんの少し戸惑ったギュンが振り返ると、北風はすでに空の高いところをスイーっと移動していました。
「ギュン、あそぼう!」
駆け出した先で振り返った動物たちが、大きな声でギュンに呼びかけます。
「うん! あそぼう!」
小さな小さなギュンが、おぼつかない様子で立ち上がると、足元の草がほんの少しだけ捩れました。
これが、小さなギュンのお話です。
つむじ風のギュン 古博かん @Planet-Eyes_03623
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