つむじ風のギュン

古博かん

つむじ風のギュン

 これは、小さなギュンのお話です。


 ギュンは、小さなつむじ風です。

 広い原っぱを今日も飛んで、回って、元気いっぱいのつむじ風です。

 ギュンは好奇心が旺盛だから、いろんなところへ遊びに出かけます。

 公園の砂場、駐車場の片隅、玄関の脇、いろんなところを訪ね歩いては、葉っぱやビニール袋を巻き込みながら、くるりくるりと遊ぶのです。


 でも、ギュンは独りぼっちです。

 なぜかって? それは、ギュンがつむじ風だから……


 ギュンが近づくと、みんな逃げてしまうのです。

 小鳥はギュンの手の届かない空の高いところへ飛び立ってしまうし、野うさぎも野ネズミも、ギュンが入れない地面の穴の中へサッと隠れてしまいます。


 少し大きなキツネやたぬきも、ギュンが通り抜けられない大きな木の根っこや岩の陰に身を潜めて、じっと黙って見ているし、家猫や飼い犬はぴったり閉じた窓の向こう側でそっと様子をうかがうだけです。


 ギュンはみんなと遊びたくて声をかけますが、みんなそっぽを向いてギュンが通り過ぎるのを、ただ、待っているばかり……


「ねえ、あそぼう」

 ギュンは精いっぱい伸び上がって小鳥たちに声をかけます。


「いやだよ、ぼくたち飛ばされちゃうもん」

「そんなことしないよ」

「でも、ぐるぐるに巻き込まれて飛ばされちゃうんだもん」

 ギュンが手を伸ばすと、小鳥たちは大慌てで逃げてしまいました。


「ねえ、あそぼう」

 ギュンは小さく屈んで巣穴の中に呼びかけます。


「いやだよ、ぼくたち転がされちゃうもん」

「そんなことしないよ」

「でも、ぐるぐるに巻き上げられて原っぱを転がされちゃうんだよ」

 ギュンが地面に転がると、野ネズミたちは、ますます巣穴の奥へと引きこもってしまいました。


 しょんぼりしながら原っぱを独り、とぼとぼ歩くギュンの目の前には雑木林が広がっています。大きな木の根っこから、小だぬきの耳が見えています。


「ねえ、あそぼう!」

 ギュンはパッと明るい声で呼びかけます。


「あっち行け、あっち行けったら!」

 しかし、小だぬきは尻尾の毛をパンパンに膨らませて叫びます。


「どうして?」

「お前が走ると、尖った小石や鋭い枝がになって飛んでくるからだよ!」

「そんなことしないよ」

「よく見ろ! 今だって、折れた小枝がぐるぐる回ってるじゃないか!」

 小だぬきは大慌てで木の根っこを潜り抜けて、雑木の向こうへ走り去ってしまいました。


 確かに、ギュンの体には、たくさんの小石や小枝や木の実や葉っぱがたくさん回っています。でもそれは、ギュンにとってかけがえのない宝物ばかりなのです。


 ギュンは黙って俯きながら広い原っぱに戻ってきました。ギュンはたいてい、いつもここにいます。


「やあ、ギュン。元気かい?」

 広い原っぱをザザーっと吹き抜けていくのは冷たい北風です。大きな声で呼びかけると、ギュンの周りをぐるりと巡ります。

「変わらないよ」

「まあ、そうか。そうだな!」

 北風は大きな声で笑います。それに驚いたのか、野うさぎが耳をぴんとそばだてて、慌てて草むらを飛び越えながら駆け去って行きました。


「おや、これは何だい?」

 野うさぎが飛び去った元の場所、そこだけポッカリと砂場になったギュンのお気に入りの場所です。その場所に置かれていたのは、葉っぱの上に乗った木の実や花びらでした。


「ぼくの宝物だよ」

 ギュンは小さく笑みを浮かべながら、照れくさそうにくるりと回ります。


 動物たちは、何もギュンのことが嫌いで遊ばないわけではありません。

 ギュンがもっと小さい頃は、朝から晩まで転げ回って一緒に遊んでいたのです。

 ただ、ギュンが少し大きくなると小さな生き物たちは、つむじの力に押しやられ次々と飛ばされ、転がされて、遊ぶどころではなくなってしまいました。

 そのことを、ギュンは今一つ理解できないでいるのです。


「ふーん、そんなもんかね」

 どうやら北風にも理解できないようです。

 ですが、ギュンは大事に大事に木の実や花びらを葉っぱごと抱えて満足そうにしています。

 ギュンの体をぐるぐる回る木の実や花びらが、小石や小枝とぶつかって少しずつ粉々になっていきます。それでも、ギュンにとってはかけがえのない宝物なのです。


「ねえ、あそぼう」

 ギュンは、ピッタリ閉じた窓の向こうに呼びかけます。


 暖かそうな家の中で、猫はふわぁと大きなあくびをしてみせます。そして、前足で器用に顔を拭いながら尻尾をぴたんと振りました。

「この窓は開かないから無理ね」

「開かないの?」

「開かないね。四方がぴっちり閉じてる特別な窓だからね。ここは日向ぼっこしながら、外を覗くためだけの窓だからね」

 そう言いながら、猫の視線はずっと塀の上の小鳥たちに向けられています。ぴたん、ぴたんと尻尾を左右に振りながら、時折細い爪を出したりしまったりするのです。


「小鳥が気になる?」

「気になるね。そりゃあ、気になるとも」

 ぴたん、ぴたんと尻尾で出窓の天板を叩きながら、猫は気のない素ぶりを見せますが、大きな目だけはジッと小鳥たちを追いかけています。


「じゃあ、外に出て一緒にあそぼうよ」

「出られないから無理ね。出ようものなら、この家の人間が大騒ぎするだろうね」

 猫は後ろ足で耳の裏をひとしきり掻くと、ぐーんと背中を逸せて伸びました。


「ねえ、外に出られたら、ぼくと一緒にあそんでくれる?」

「そうね。小鳥たちをめいっぱい追いかけ回せるなら、出てみるのも悪くないだろうね」

 気まぐれな猫の返事に、ギュンはぱあっと笑顔になります。


「わかった! ぼく、がんばってみる!」

 ギュンは、さあっと駆け出して行きました。


 さて、ギュンはいったい何を始めたのでしょう?


 それから毎日、毎日、ギュンは大きくたくさん回る訓練を始めました。

 力任せに回るので、軸が取れずに程なくすっ転がってしまいます。それでも、ギュンはきゅっと口を引き結んで起き上がると、またぐるぐると回り始めるのです。


 そんなギュンを、北風は不思議そうに眺めるだけ。

 そんなギュンを、みんなはただ不安そうに遠巻きに見ているだけ。


 それでも、ギュンは来る日も明くる日も回り続けるのでした。


 季節が一つ移り、二つ移り、三つ目に移った時でした。

 ギュンはすっかり回るのが上手になり、どれだけ回っても軸を崩すことも揺れることもありません。力いっぱい踏みとどまって、大きな大きな渦を作れるようになりました。


「ねえ、あそぼう!」

 ギュンは大きな声で呼びかけながら、原っぱを駆け出します。


 ギュンが通り過ぎた後ろには、細く柔らかい草花が散り散りに宙を舞い、地面には土を抉った太い線路ができました。

 元気いっぱい駆け回るギュンは、農家のビニールハウスも、古ぼけた納屋も弾き飛ばして走り続けます。


「ねえ、あそぼう!」

 公園や脇道の細い植栽を薙ぎ倒し、ネジの緩んだ看板を一回転させる勢いです。


 みんなと遊べる嬉しさでいっぱいのギュンは止まりません。町中を駆け抜けるギュンは、いろんなものを巻き込んで吹き上げて投げ飛ばしてしまいますが、何せ勢いが強すぎて些細なことに思えるのです。

 そして、家猫の窓辺に突進すると、そのままガタガタと、はめ殺しの頑丈な窓に体当たりを始めました。もちろん、ちょっとやそっとで吹き飛ぶような家ではありません。それでも、ギュンは諦めません。


「負けないぞ、負けないぞ!」

 歯を食いしばって、もっとたくさん回り始めたギュンは、とうとう頑丈な窓をバリンと吹き飛ばすことに成功しました。

 そのまま勢い余って家の中に転がり込んでしまいましたが、ギュンはめいっぱいの笑顔で家猫を外に連れ出します。

 隣の家では、飼い犬がずっと吠えています。


「ねえ、あそぼう! 一緒に、あそぼう!」

 ギュンは大きな大きな声でみんなに呼びかけながら、いたるところを駆け回ります。その度に、古い建て付けの屋根が吹き飛び、車が横倒しになって、電柱が斜めに振れました。


「大変だ! 誰か、あいつを止めるんだ!」

 自分たちの家や持ち物を壊された人たちは、もうカンカンです。


 なんとかギュンを捕まえようと、めいめい持ち寄った道具を駆使しますが、なかなかギュンを捕まえられません。

 それはそうでしょう。

 だって、ギュンはつむじ風なんですからね。

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