第2話

――こうして僕は『伊達政宗』になった。そして僕には一つの目標があったのだけれど……それはまぁ、今は言うまい。とりあえず今日から「奥州」を統一していこう!

――『奥州』と呼ばれる地域の中に存在する「伊香保町」にある温泉旅館の一室にて、僕の「伊達政宗」としての日々が始まった。とはいえまだ何も始めていないのだが……。まず最初に何をすべきかと言えば、もちろん自分の勢力の強化だろう。この『戦国絵巻 政宗伝』において、最大勢力が何かと言われればやはり伊達家であろう。その伊達家が弱ければ、当然他大名も侮るというものである。伊達家を舐められないためにも、ここは力を蓄えなければならないだろう。……とは言っても一体どうやって? どうすれば力を手にする事が出来るのかが問題だよね……。そう考えていた時だった。襖の向こう側から一人の少女の声が聞こえてきたのである。

「あの……。失礼します……。お客様……でいらっしゃいますか?」

「え……っ!?」

「……?……お客様では……無いんですね……。えぇと……何というべきなのか分かりませんけど……。すみません、人違いでした……!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、君!!……って……あれ……行ってしまったぞ……?」

突然現れた少女がいきなり部屋を出て行ってしまおうとしたため、僕は咄嵯に声をかけた。

「……。ええと……もしかして君は、この宿屋の娘さんかい?」

「はい、そうですけど……。あのぅ、やっぱりあなたは、私のお父さんではないですよね……?」

「ああ、そうだよ。……でも良かった! ここで見捨てられると困ってしまうところだったんだよ!……ところで君の名前はなんていうんだい?」

「……私の名前ですか……?……私は……小十郎……と言います。片倉喜多の妹で……年齢は13歳……です」

彼女の名は『片倉小十郎』といった。年齢の割には随分落ち着いた印象の子だったが、それが災いして、親兄弟からは「しっかり者」としてあまり可愛がられなかったらしい。その結果彼女はいつも一人ぼっちだったようだ。だから、彼女にとっては兄にあたる『伊達政宗』を、家族だと思い込んだようである。そして、彼女に本当の事を話したところで、信じてもらえるかは分からない。そもそも、僕自身が自分が「本物の『伊達政宗』だ」と証明する方法を持っていないのである。そこで僕たちは、お互いの自己紹介を兼ねて「手合わせ」をする事になった。

『対戦格闘ゲーム』における『キャラクター選択画面』のように、僕は『伊達政宗』を選択しているわけだが、対する『小十郎』のほうは『鬼庭綱元』を選択していた。そして僕たちの戦いの幕が開いたのである。……結論から言おう。僕はあっさりと負けた。しかも惨敗であった。なぜならば『片倉小十郎』は『伊達藤次郎政宗』と同じく、剣技が使えるようになっていたからだ。

ちなみにこのゲームにおいて、『剣術』『槍術』は、あくまでも『体術』の一部でしかないらしく、『格闘』との相性が良いものだけが、戦闘時に活用できるようになっているらしい。『体術』に自信があるなら『柔術』、『拳法』、『ムエタイ』なども選択できるようではあるが、そういったものは『非推奨』とされているため選ぶことは出来ないようになっている。また『弓道』や『フェンシング』などの『銃や刀を使わないもの』については、非推奨どころか存在すらしていなかった。

(うわぁ……。まさかこんな簡単に負けてしまうとは思わなかったな……。これがもし、僕に剣の才能があれば、かなり強くなれていたかもしれないのだけど……。

でも、そんなことよりも、このままでは『伊達家の存続の危機』なんだ! なんとしても勝たなければ……!)

「……大丈夫……ですか……?」

「……うん。まぁ……何とか……。それで、僕たちの今後の事なのだけれど……」

「今後と言うと……?」

「つまり、僕がこれから何をしたらいいのかっていう事についてさ。僕にはある目的があって『戦国絵巻 政宗伝』の世界に来たのだけれど、そのためにはまず『奥州を統一しなくてはいけない』みたいで……。」

「えぇと……もしかして……その……。私も一緒について行けたら……良いんですかね……?……私だって……その、伊達家の一員ですから……。……あっ……そ、それならお兄ちゃんは……?」

「え……?……兄貴って……?」

「ほら……お兄ちゃんの事は忘れちゃったんでしょう……? お兄ちゃんの事を忘れちゃったなら、私の事も覚えていないはずだって……。……ええと、ごめんなさい……実は知ってました……。」

「……。あー……。……えっと……?……そうか……そうだったよね……。……なんかもう、自分でもよく分からなくなってきて……。」

「あ……いえ、謝らなくても……。……あのぅ……ところで私も『天下布武の会』に入れてもらえないでしょうか……?」

「もちろん! 大歓迎だよ!!……って、あれ? どうしてそれを……?」

「あの……。えっと、それはですね……。私も以前『奥州統一イベント』に参加させてもらったことがあるんですよ。もちろん、結果は失敗でしたが……。」

「へぇ……。そうだったんだ……。じゃあ、君は僕と同じで、『戦国絵巻 政宗伝』初心者じゃないって事になるのかな……?」

「はい、そうです。ただ、その……。私は……この世界には、もういないことになっているはずです……。なので……。」

「……。なるほどね……。……じゃあとりあえず、まずは君の本当の両親を見つけ出さないといけないのかもしれないね……。」

「あの……その事でお願いがあります……。私と一緒に『伊香保温泉』まで行ってくれませんか? きっとそこにお父さんがいると思いますので……!」

「分かったよ。じゃあさっそく行こうか。」

「……はい!」

こうして僕は『小十郎』と共に伊香保温泉へと向かったのである。そして『伊達政宗』になった僕は、再び「伊達政宗」へと戻ったのであった。

**

***

** ***

「いらっしゃいませ。……あれ? 先ほどのお客様ですよね?」

「はい。ええと、今日から宿泊したいのですが、二人部屋は空いてますか?」

「はい。ございますよ。」

「じゃあその部屋でお願いします。」「かしこまりました。ではお部屋に案内いたします。」

そうして僕は『小十郎』の父親と対面した。

「君……! 本当に……君なのか……!?」

「はい。私の名前は『片倉小十郎』と言います。」

「……まさか……本当に生きていたなんて……。……良かった……。……良かった……。」彼は泣き崩れた。小十郎もまた泣いていた。どうやら二人は親子のようだ。そしてしばらくすると、小十郎が父親に向かって言った。

「父上。私は今『政宗様』のお世話をさせていただいております。」

「何だと……?……政宗様は御健在なのですか……?」

「はい。お会いになられれば、すぐにお分かりになられるでしょう。」

「……わかりました。それならば、是非お目に掛かりたい。連れて行ってください。」

そうして僕たちは『伊香保神社』へ向かうことになった。

(そういえば……。)

『片倉小十郎』と『伊達藤次郎政宗』が共に『伊達政宗』となったとき、『片倉小十郎』にどんな影響が出るのだろうか?

(『小十郎』の場合は……やっぱり剣術に秀でている感じになるのだろうなぁ……。)

しかし僕たちは『伊達政宗』ではなく『片倉小十郎』のまま『伊達藤次郎政宗』の配下として仕えていた。

(……うーん。僕も剣術くらいは習っておくべきなんだろうけど……。でも僕には剣術の才能がないみたいなんだよねぇ……。まぁ、仕方ないか……。今はそれよりもやらなければいけない事があるからな……。)

僕たちが『伊香保神社』に到着すると、既にそこには沢山の人々が集まっていた。おそらく『奥州統一イベント』の参加者であろう。

(それにしても……まさか『片倉小十郎』の父親まで来てしまうとはなぁ……。これじゃあ「僕の目的」に一歩も近づけなくなってしまったぞ……。一体、どうすれば良いんだろう……。)

そうこうしているうちに『伊香保神社』の宮司さんが壇上に上がり、皆の前で挨拶を始めた。それによると『奥州統一イベント』において、最後まで残った者には「願い事」を一つ叶えることが出来るらしい。しかし当然ながら「神前決闘」によって勝った者のみが願い事を叶えることができる。つまり、勝ち残ってこその願いであると言うことのようだ。そしてこの『願い事』のためにもまずは「天下布武の会」に入らなければならない。そして、その『天下布武の会』には既に多くの人が集まっている。その中には当然のように織田信長もいるし、「真田幸村」、「徳川家康」もいた。さらに驚くべきことに『明智光秀』、『斎藤道三』、『上杉謙信』など、有名な武将までもが集結していた。ちなみに『上杉謙信』は僕と同じく「戦国絵巻 上杉謙信伝」の世界からやって来た人間で、本名は『長尾景虎』と言う。彼は『戦国絵巻 謙信伝』においては、『伊達家』とは全く関係のない人物で、どちらかと言うと敵役だったはずだ。

そのため彼の出現は予想外だったのだが、彼もまた天下布武を目指して戦うというのだ。僕は早速、織田信長の元へ駆け寄り、声を掛けることにした。

「初めまして、信長殿! 僕は『政宗』と言います。実は僕はある事情により、織田家の傘下に入ることになりました。どうか、よろしくお願い致します。」

「貴様が『奥州の独眼竜』か。話は聞いておるぞ。なかなかの腕前であると評判のようだな。……して、このわしにどのような頼みがあるのか?」

「はい。実は『天下人』になりたいと思っております。」

僕は単刀直入にそう伝えた。すると彼は少し驚いていたようだったが、やがて口元に微笑を浮かべながら言った。

「なるほど……。面白い。ならばわしと同盟を組むか?」

「いえ、それはできません。なぜなら僕はあなたよりも強くなりたいのです。なので、あなたの下につくことはできません。」

「ほう……。それはどういうことだ?……まあいい。それではいずれまた会うこともあるだろう。その時までに覚悟を決めておくが良い。……ふっ……はっはっは!」そう言うと、信長は高笑いしながら去っていった。僕は彼に認めてもらうためにもっと強くなることを誓った。

**

***

** ***

「父上。……あの方ですよ。……あの『伊達藤次郎政宗』が父上の探し求めていた御方です。」

「あれが……政宗様……。まさか……こんなところでお目にかかれるなんて……。」

小十郎の父親は感慨深げに呟いた。

(あれ?……そういえば僕、あの男に会ったことがあるような気がする……。あれは確か……。)

僕はかつて「関ヶ原の戦い」の前に起こった「第二次川中島の戦い」に参加していた時の事を思い出した。そして僕たちはそのまま伊香保温泉でしばらく過ごしたのであった。

僕たちが伊香保温泉に滞在してから、数日が経過しようとしていた。その間に、小十郎の父親の口から「片倉小十郎の本当の両親」について語られることとなった。どうやら『片倉小十郎』の父親は奥州では名の知れた名将だったらしく、「小十郎の父・小助(こすけ)」が『伊香保温泉』に滞在していた時に偶然知り合ったようだ。そして小十郎は「父上」と呼んでいたのである。その後、しばらく滞在して分かったことだが『伊達政宗』はやはり奥州においても有名人だったようだ。そのため『政宗』の名前を知る人は数多く存在していた。中には僕の姿を見て涙を流して喜んでくれる者もいたが、同時に僕の隣にいる『小十郎』の存在に驚く人も大勢いて、その度に小十郎は複雑な表情をしていた。

また小十郎の父親が『伊達政宗』を探していた理由も明らかになってきた。彼が小十郎を仙台に連れて帰ろうとしなかった理由は『片倉小十郎』を溺愛しているからだそうだ。確かに小十郎は『伊達政宗』の面影を強く引き継いでいた。小十郎が成長すれば間違いなく、今の『伊達政宗』の姿になるだろうと想像できた。小十郎は今でこそ「小十郎」と名乗っているが、本当は小十郎の本名も『伊達政宗』

と同じ「政宗」という名前だ。

彼は父親から「政宗様に仕えるためだけに生きていけ」と教えられてきた。だから彼は政宗のことを『片倉小十郎』と偽っていたらしい。しかし彼は「片倉」の姓を名乗っていたことで僕に出会うことができ、自分の運命を変えることが出来た。そのため小十郎は自分の姓を捨ててまで、僕に仕えていきたいと言った。僕はそんな小十郎の言葉に感謝したし、彼なら信用できると思った。僕は彼を『奥州統一イベント』に推薦することにした。小十郎が優勝してくれれば、『片倉小十郎』の素性がばれてしまうかもしれないが、それでも彼はこの『奥州統一イベント』に参加せずにはいられなかったようだ。

そうこうしているうちに「伊香保神社」の宮司さんが再び壇上に上がった。

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