ララバイの飛んだ青い空

すきま讚魚

第1話

 ——世界は、砂と嘘っぱちの空でできている。

 それはこの世界に棲むだれもが知っていることでした。


 空はとてもとても恐ろしいところ。空のど真ん中に突き刺さっている逆さの塔の中には怪物のララバイが眠っていて、その奥にある世界のねじまき時計とひみつの扉を護っているんだそうです。近づいたものはララバイに食べられてしまうか、命を消されて空の中に捨てられてしまうのだとか。

 このおはなしは、この世界に生まれただれしもが両親や先生や近所のおじいさんやおばあさん……とにかく、だれかには必ず聞いて知っているおはなしでした。


 シュレーニには両親というものがおりませんでした。

 けれども村のだれもが優しく彼女を育ててくれておりましたので、彼女はちっとも寂しいと思ったこともひとりぼっちを不思議だと思うこともありませんでした。


 森は閉ざされた小さな空間です。

 そして、森に入るには森の人と呼ばれる住人達の審判が必要でした。けれどもシュレーニは幼い頃から簡単に森に入ることができたので、人々がそうそう簡単には森に入れないことを不思議に思っておりました。おつかいにむかえば、森の木々だって動物たちだってシュレーニに快く挨拶をしてくれるのです。そういうはなしを村の人たちにすると、皆がとても喜ぶのでシュレーニはますます嬉しくなって森に遊びに出ることが多くなりました。


 シュレーニには風の声が聴こえます。

 その歌声はどこか懐かしくて、物心ついた頃にはその歌が自然と口ずさめるようになっておりました。けれども、皆は「そんな歌、これまで一度も聴いたことなんてないよ」と首を傾げるのです。

 歌いながら、森の花々や色とりどりの実を編んで作ったブレスレットは、街に行けばたちまちに売れてしまいます。そうして村に戻れば、だれもがシュレーニを褒め称えるので、ますますシュレーニは嬉しくなって外に出かけてゆくようになりました。


 雲と砂に覆われた空はからっぽで、ララバイの気分でしか雨は降りません。

 遠いむかしにララバイを倒そうと向かった国や兵士たちがおりましたが、皆その怪物を打ち倒すことはついに叶わず。王国も、優れた武器も、やがては滅び去ってしまったのです。

 人々は空の色も、星々のこともいつしか忘れ、大きなかがちの電灯を一生懸命にともし続けて暮らしておりました。かがちの赤い橙を燈せなければ、一人前の人間とは認められませんでした。

 絲遣いとつかいや電灯職人、錆払いや火花継ぎ職人といった人々は誉れとされ、子供たちはだれしもがそれを目指すようになりました。虫も、鳥も、空へと飛んでゆける生き物なんて今や空想の生き物で、それを精巧に作り出せる職人がいなければもう姿を知るものさえ残っていなかったかもしれないのです。


 けれどもシュレーニは大地が笑っているのならそれで良いと思っておりました。花も、草木も、風の声を聴いて笑い、逆さの塔が突き刺さった空の裂け目から落ちてくる水が大地を潤しているのを知っていたからです。


 世界の人々は「いつか青空を取り戻す」と口々に言います。

 青空とは一体どんなものなのでしょう。きっと素晴らしいものなのだろうと、シュレーニはその話を聞くたびに心を躍らせるのでした。

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