第2話
人々が大いなる争いの後に、空を失くしてしまった日なのです。
砂の広がる村々では、年に一度のその日に特別なかがり火を燈して空の向こうへの帰還を皆で祈るのです。
その祈りには森に立ち入って祈りに捧げる花をとってくるのが慣わしです。
森になかなか入ることのできない人々は、この季節になるとシュレーニにその花をとってくるよう頼むようになりました。
森は静かに、こうべをたれるようにして木々の幹の間を開いてシュレーニを迎え入れます。
今年は特別に雨の少ない年でした。森は不思議と潤っているのですが、人々の世界は渇き始め、森へと勝手に立ち入ろうとする者が絶えなかったのだそうです。
「なんだか森も元気がないようだわ」
最近のシュレーニはこれまで参加させられることのなかったお祈りの作法や勉強に時間を取られていて、森に立ち寄ることがなかなかできていませんでした。
「なんだい。ヒトデナシが森にいるようだ、迷い子かな」
突然背後から不思議な声がして、シュレーニは足を止めました。
「だれ?」
「ここだよ、ここ」
声のする方へ目を凝らしてみれば、下向きに咲く珍しい紫色の花を見つけたのです。
「これはまぁ、珍しい。なるほど、人嫌いの森が黙ってきみを招き入れるわけだね」
「どういう意味かしら……?」
「さぁさ、ヒトデナシ、ぼくはね今年こそ花から実になりたいんだ。ちょっくら手伝っておくれよ」
シュレーニはなんだか悪意のない「ヒトデナシ」呼ばわりに変なきもちになりましたが、花の言うままに小さな枝や花の芽を摘んであげることにしました。
「ふう、ずいぶんとすっきりしたよ。これで今年は唯一の大きな実にぼくは成れるはずさ」
「お役に立てたのならよかったわ。もしよろしければ、この小さな花たちをいただいてもいいかしら?」
「もちろん。もしぼくが成れたのなら……今日のお礼にかならずきみのところへ飛んでいくと約束しよう」
花は自分を「茄子」と名乗ると、今度はそれきり眠ってしまったかのようにだんまりを決め込んでしまいました。
シュレーニは「良い実になれますように」とそっとその花を撫でて、紫色の小花を手に森を後にしたのでした。
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