第3話

 空堕ちの日。今年は『七の夕刻』という百年に一度おとずれる、特別な祈りの儀式が行われる年です。


 シュレーニはその祈りの子に選ばれました。

 ララバイの棲む逆さの塔の真下で、星の蝋でできたろうそくを灯して塔からこぼれ落ちてくる水の巡りの中で祈りを捧げるのです。

 シュレーニが今年持ってきた花は、下を向いていて小さく、人々を不安にさせました。シュレーニにとってはせっかく花自身が分けてくれた可愛らしい芽でしたので、村の人々をがっかりさせてしまったことはとても悲しいことでした。


「きっとシュレーニなら」

「ああ、空を繋いでくれるかもしれない」


 そんな言葉にシュレーニはますます祈りの歌の練習に励むのでした。



 ろうそくの火が揺れる中、砂で覆われた空が霞んだコバルトブルーに変化してゆきます。

 水の巡りは、逆さの塔のてっぺんの近く、地上に向けて突き出した鋭利な先端の近くまで高く伸びる螺旋階段です。

 過去に何人もの人々がそこから塔へ入ろうとしては、命を落としたといいます。


 ちろちろと流れる細い水に足をつけて、シュレーニは歌いながらろうそくを手に水の巡りを辿ってゆきました。


「シュレーニなら」

「ララバイのお気に召すかもしれない」

「もしかすると」

「ララバイを消し去ってくれるかもしれない」


 そんな不思議な人々の声は、シュレーニの耳には届いておりませんでした。


 風は強く、細い流れの水とはいえ何度も足元を踏み外しそうになりました。

 何より、ろうそくの火は絶対に消してはいけないと強く言われていたので、シュレーニは額に汗をかきながら高い高い螺旋階段を登ってゆきます。


 ぶわり、と風がいっそう強く震えて吹きつけてきました。

 まるでこれ以上空へ近づくなと、塔の中の怪物がこちらへ警戒をしているようにも思えます。

 どんどん風は強くなり、ろうそくの火に襲いかかってきました。


「だめ、火が消えちゃう……っ!!」


 必死にシュレーニがろうそくを庇おうと屈むと、遥か下の大地に人々の姿が見えました。


 けれども、彼らはシュレーニを心配するのではなく。

 その脚が止まってしまったことを嘆いているようでした。


 シュレーニの胸はなんだか張り裂けそうなきもちでいっぱいになりました。けれども、ろうそくの火に「もうすこしよ、頑張って」とうたうように話しかけては、螺旋階段のその先を見つめました。

 その歌声に。どうしたのでしょうか、塔の中から小さく一緒に歌う声が聴こえてきたのです。

 それは、シュレーニが幼い頃から歌っていたあの歌でした。


「だれ? だれなの? もしかして、歌っているあなたはララバイなの?」


 そうシュレーニが語りかけると、風が彼女を攫うかのようにもう一度吹きつけてきました。

 すると、なんということでしょうか。手にしていたろうそくの火が「キャッ」と小さな叫びをあげて、ぽんっと消えてしまったのです。

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