第7話

 ララバイの眠る逆さまの塔の中。怪物が護るのは世界のねじまき時計と閉ざされた扉。


 ——それは果たして本当なのでしょうか?


「そんなに気になるのか」

「だって……」


 勝手に歩きまわるシュレーニにララバイはほんの少しだけ困ったようにため息をつきました。ララバイの脚には古びた足枷と切れた鎖がついていて、けれどももうなんの効力もないその鎖の長さより多くをララバイは出歩こうとは決してしませんでした。

 時折、気まぐれに茄子がやってくるのでシュレーニは彼につかまって塔のあちらこちらを見にゆきました。内側は美しく静かな塔ですが、よく見るとその外側には大昔のニンゲンの兵器というものがたくさん突き刺さっていました。

 ララバイはシュレーニの問いかけには何でも答えられる知恵を持っておりました。そして見たことのない青空の話を、シュレーニは嬉しそうに聞くのでした。



「ララバイは、ほんとうは何を護っているの?」

「別に」

「いいえ、あなたはきっと護っているのよ。扉ではなく……扉の向こうの本当の世界か。もしくはあなたが帰そうとした禁忌の種を」


 シュレーニの言葉に、ララバイはそっと目を逸らしては再び床に寝そべります。


「ねえララバイ。あなたはとても賢いわ、それにものすごく優しくて……美しい。あなたの翼を戻す方法が、その扉の向こうにあるのではないの?」

「さあね、もしあったとしても残念。その扉には強力な鍵を魔術でかけてある、誰にも——たとえわたしを殺したとしても解けないようなものを」

「あなたを殺してしまうなんて、滅多なことを言わないで」


 シュレーニはそう怒りましたが、ララバイにとっては空の向こうへ行くために大昔に侵入してきたニンゲンは、何よりも先に自分を倒そうとしてきていたのです。刻と共にどんどん弱くなっていったニンゲンは、もはやこの塔に近づくことすら出来なくなっておりましたが、それでも確かにその記憶は残っていたのです。


「ねぇ、気づいているかしら。あなたは……失われた空の話をするとき、すごくつらそうな顔をするの。それはなんだかとっても悲しいわ」


 そっとシュレーニはララバイを抱きしめました。


「ごめんよシュレーニ。今のわたしには翼が無い。ヒトが触ると灼け爛れてしまうこの手では、きみに触れることすら叶わぬことを許しておくれ」


 そのとき、はじめてララバイは、諦めていた己の翼を恋しいと思ったのです。

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