第23話 赤の女神様
「紫苑様、固まっている場合じゃないですよ!」
「えっ……いや、その……君は翠蘭……ですよね?」
「なにを言っているんですか? ボケている場合じゃないんですよ! 飛龍様の腐死病が治ったのです!」
「え? なにが?」
「だから! 腐死病が治ったんです。この薬で!」
ポカンと口をあけ、折角の美丈夫が台無しの顔になっている紫苑様に向かって、完成した薬が入った瓶を見せる。
「……黄金色した薬?」
紫苑様が私から瓶を受け取り、不思議そうに瓶を眺めている。透明の瓶に薬を入れたので、黄金色に輝いているのがよく分かる。
樹の木さんの葉の効力なのか、薬はずっと眩しい程に煌めいている。
「……これを翠蘭が作ったのですか?」
紫苑さんに薬の事を聞かれ、私の目が輝く。
「そうなのです! 私の住んでいた村の近くに、水龍が住んでいる泉がありまして、そこでこの腐死病と同じような症状に水龍がなったのです。それを私のお祖母様が、完治させる事はできないけれど進行を遅らせる薬で助けていた事を思い出し、それに樹の木さんから頂いた貴重な葉を調合する事で……」
「翠蘭、ちょっと! ちょっと待って下さい!」
紫苑様が私の話を止めた。
しまったつい薬の話になってしまい、永遠と話してしまう所だった。
すみません。
「ええと……情報が多すぎて理解に苦しむのですが、飛龍様は完治されたのですね?」
「はいそうです」
私がそういうと、紫苑様は扉を開け部屋に入って行こうとしたので、それを制止する。
今はきっと飛龍様は眠っているでしょうから。騒がしくして起こしてはいけない。
翠蘭はそう気遣っているが、当の飛龍はそれどころではない。もちろん翠蘭はそんな事知らないわけで。
「今はゆっくり寝かせてあげて下さい」
「……確かにそうですね。後で確認させて頂きます」
紫苑様はへなへなと倒れるようにその場に座り込むと、口に手を当てホッとため息をはいた。その時、紫苑様の手が目に入る。
「紫苑様、手を見せて下さい」
「え?」
私は紫苑様の返事を待たずに、無理やり左手を手に取り凝視する。
すると小指の爪先が微かに黒ずんでいた。
そうかこれが初期症状なのね。
……きっとあの時に感染したんだわ。あの時とは、飛龍様が私の目の前で倒れた時、紫苑様も私と一緒に部屋に入ったから。
「あ……あのう翠蘭? 手を……」
名前を呼ばれ手から視線を紫苑様に向けると、眉尻を下げ困った顔で私を見る。
どうしたのだろう? ん?
——あっ、手を握ったままだった。
「すっ、すみません」
こういう行為は淑女としてあるまじき行動だと、勉強したわ。
私は慌てて手を離し、重大な事を告げる。
「紫苑様、あなたも腐死病に感染しています」
「え……感染!?」
私の言葉に紫苑様の顔が強張る。
「その左手の薬指の爪先が黒くなっているでしょう? それが腐死病の初期症状なのだと私は思うのです」
私がそういうと、マジマジと爪先を見つめる紫苑様。
「全く症状などないので、感染した事にも気づかなかった。そうか爪先を見れば一目瞭然なのですね」
「そうなのです。早くこの薬を飲んで下さい。それで確実な答えが分かるかと」
これで紫苑様の爪が治れば、私の考えが正解になる。
私は紫苑様に薬を渡す。
紫苑様が薬を飲み干すと、黒かった爪先が綺麗な桃色へと変化した。
「やっぱり! 私の考えは合っていたのね! 腐死病の初期症状は爪でわかる」
子供のように、ぴょんぴょんと飛び跳ね喜ぶ私の横で、紫苑様は体を震わせ瞳に涙を溜めていた。
「翠蘭、貴方は素晴らしい……本当にありがとうございます」
そう言って深々と私に向かってお辞儀した。なんだか照れ臭いです。
それに私は、素晴らしい薬が調合出来た事で、ただでさえ幸せいっぱいな訳で。
おっと喜びを噛み締めている場合じゃない。
「紫苑様、この薬を他の感染者の人に飲ませてあげないと!」
「そうですね。指令を出し、王城の広間に感染者を集めましょう」
紫苑様が口笛をピィ〜っと吹くと、青色の鳥が数匹どこからともなく集まってきた。
「お前たちの仲間を使い、腐死病となった龍人に王城の広間に集まれと伝え広めて下さい。爪先が黒いもの者たちもですよ。わかりましたか?」
「「「「「ピュィ〜」」」」」
青い鳥たちは紫苑様が話し終えると、高らかに鳴き散り散りに飛んでいった。
「これですぐに広間に感染者が集まると思います、私たちも広間に向かいましょう」
「はい」
私たちが広間に着くと、すでに数人の人たちが集まってきていた。
重症化した人は家族が抱いて連れて来ていた。
そんな人たちに私は必死に薬を渡し飲んでもらう。
するとあっという間に症状が回復し、完治していく。
私は連れて来た家族の人にも「もし爪に症状が出たら感染しているので薬を飲んで下さいね」と言って薬を渡した。
思っていたよりも発症した人が多かったので、薬を渡す係を紫苑様や完治した龍人族の人に任せ、私は籠に入れて持って来ていた薬草を、その場で調合し薬を作った。
いつもなら、水を人前で出したりしないのだけど、隠れて出している余裕などない、私は必死に調合した。
この時……その場にいた龍人族の人たちが私を見て、赤の女神様などと口々に言っていたなんて勿論知らない訳で……。
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