タッパーにつめて。
西奈 りゆ
タッパーにつめて。
タッパーがまたなくなった。正確には、タッパーのふたがなくなった。
平日、帰宅してからの調理ほどめんどうな仕事は、仕事以外でそうそうない。
なので、たいてい空いている日のうちの1日は、作り置きに使う。
外食は、もともとしない。
たいした収入でもないので、節約ということもある。けれど、人に囲まれて食べるような感覚がどうにもぬぐえなくて、そもそも選択肢としての影は薄い。
他と同じく料理にもとりたてて関心はなかったが、今は便利な時代だ。
安くてどこにでもある食材でできる安定のおかず、攻めの一品、酒のお供(そんなに飲めないけれど)。
めんどうくさがりの私でも、材料と分量さえ守れば、そんなに間違うことはなかった。足りない調味料の代用品で入れたものが残念の始まりだったり、レシピの作成者が、私と味の好みがぜんぜん違うといったことが、たまにはあったが。
物欲もあまりなく、無趣味な私が買う余計なものといえば、足りなくなっていた気がして買ってきてしまう、トイレットペーパーやティッシュや洗剤の類、そして小、中のタッパー容器だった。
料理を始めて数年がたつと、そのときどきで必要な気がした、サイズ違いだったり、ごくわずかにしかサイズが違わない他社同士のものなど、タッパーがたくさんになってきた。そのため、本体に合わせて、トランプめくりのようにふたをひっくりかえし、あれこれあてがうのが、料理の下準備のようになってしまった。
わたしのめんどうがりなところはここからで、大きさが紛らわしいと思ったタッパーは、なんだか両方処分してしまう。一度まとめて整理すればいい話だし、ラベルなり防水シールなり、何か対策はあるだろうけれど、手を出さない。
そういうわけで、我が家のタッパー密度は、週に一回増えたり減ったりしている。
今日、またいくつか減った。だから少し、外に出てみる気になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
近くの百円均一の店に行ってきた。タッパー二つ、ホッチキスの芯、五百ミリリットルの、微糖のコーヒー。
店まではたいして距離はない。手持ちの自転車が、こぐたびに耳障りな音を立てるのにそれになんの対処もせず、少しくらいの距離の場所になら、歩いていっている。
単にそこまで必要ないから、いつもは百円でなく、五十円コーナーの小さいアルミの缶ジュースを買って、帰り道の間にいつの間にか飲んでいる。
今日は少し暑くて、冷たい飲み物をもう少し多く飲みたかったので、そうなった。
それでなのかもしれないが、いつもより少しだけ回り道した。前に見た川が、澄んでいたのを思い出したからだ。そうして歩いていると、いた。
小亀だった。手のひらほどしかない。どちらかというと、土のような色をしている。
問題は、それが川ではなく、道路のアスファルトの上にいたことだ。
いったいどういう経緯なのかはわからないが、とりあえず亀は進んでいた。
目をやると、進む先は川に対して道路を挟んだ、錆びたような事務所跡だった。
ひかれてしまうというのと、どこからきたのかという思いが同時に起こった。
もちろん、緊急性が高いのは前者である。幸い持っていたハンカチは、それこそ百円の、使い捨てのきくものだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アスファルトの上で乾いていたせいか、爬虫類独特の臭みはあまり感じなかった。
プラスチックの中の彼だろうか、彼女だろうか。それはもそもそと動いている。
川に帰してやろうか、いっそ拾ってしまおうか。
親戚に本格的に亀を飼育しているひとがいて、興味本位でいろいろな費用を訊いたことがある。まあ、そんなに払えない額でもないだろう。
それとも、焼き菓子にしてしまおうか。
安心して。理由なんてない。単に思いついただけ。
ほんとうをいうとね、私はたぶん、傷ついている。これでもいろいろあったんだよ。たぶん、傷ついてるから、傷つけたいんだ。
うすのろのきみを。
うすのろで許されるきみを。
そうわかったから、大丈夫。きみはちゃんと、安心させてあげるから。
踵をかえして、タッパーを抱えて、私はそっと歩き出した。
了
タッパーにつめて。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
にしなが読んだ本。/西奈 りゆ
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 3話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます