第四章「AI技術時代に藝術家は『喰える』のか」
最後に、AI時代の小説家、のみならず、AI時代の藝術家のおおくが怵惕惻隠しているはずの『経済的』側面を、すこしだけかんがえてみたい。
産業革命の爾時、ラッダイト運動が起こったことは有名だが、現代でも、『ネオ・ラッダイト』といわれる現象がはじまっている。
元来、亜米利加の政治家が定義したらしいが、科學技術の発展によって、われわれの仕事が簒奪される可能性のある場合、『科學技術の進歩を止める・科學技術を無尽蔵に高める・双方のバランスをとる』の三つの態度がかんがえられ、くだんの定義者は、『双方のバランスをとる』ことが最適解だとしている。
だが、愚生は『科學技術を無尽蔵に高める』で問題はないと愚考している。
此処で混乱するのは、くだんの定義者も、われわれ藝術家も、躬自らの視座だけで論じているからではないだろうか。
つまり、『藝術の形態は豹変するかもしれない』が、同時に『政治経済のかたちも激変する』可能性があるのだ。
いまは、曖昧模糊としたいいかたしかできないが、『AI技術時代には、政治も経済も、資本主義や共産主義の対峙を超越して、まったくあたらしくなる』のかもしれないということだ。
AI技術時代に、兼業の藝術家ではなく、専業の藝術家が『喰っていけるか』は、大変、心配されるところだろう。
此処で、よく引用されるものだが、『現在の一年間の世界における生産カロリーは、現在の一年間の全人類の消費カロリーを超えている』という統計がある。(トウェインのいうように、『嘘は三種類ある。ちいさな嘘。おおきな嘘。統計』という箴言はわすれずにおきたいが)
一方で、名前は失念したが、某科學者によれば、これら食糧問題を解決すべき『政治』の分野は、『百億多面体から任意の一点を抽出する作業』にちかいという。
つまり、数十人から数百人の政治家で『任意の一点』を穿鑿することは不可能にちかいのだ。
だが、問題のAI技術が発展すれば、『AIが任意の一点を的確に計算』してくれると、くだんの科學者はいっていた。
斯様にかんがえれば、『藝術家が喰えない』という問題どころか、『現代文明でも餓死するものがいる』という問題まで、AIが迅駛に解決する時代もとおくないかもしれない。
あまりに極論かとおもわれるかもしれないが、パレートの法則などにより、『喰うか喰わぬかの心配なしに藝術家になれる時代』に逢着する可能性も無視できないだろう。
つまり、藝術家は喰えなくなるどころか、『人類全員藝術家』になっても問題のない未来がやってくるかもしれない。
――
以上、愚生なりに、『AI技術時代の藝術』についてかんがえてみた。
ほっとした方もいらっしゃれば、愚生の不手際によって、未来が不安になってしまった方もいらっしゃるかもしれない。
すでに、類似する論考や感想が、ネット上にあふれているだろうし、今後も、たくさん、書かれるだろうが、這般の文章のひとつとして、読者に役立ってもらえたら僥倖である。
SF者だとしたら熟知されているだろうが、未来は、われわれの観測による、素粒子レベルでの波動関数の収縮確率でしか決まらない。
つまり、よい意味でもわるい意味でも、愚考が当たる場合も当たらない場合も『重ね合わせ』にあるのだ。
われわれは、どのような未来にも対応してゆかなければならないであろう。
綿邈と、人類がさまざまな困難をのりこえてきたのとおなじようにである。
追記――
今回も、専門用語など、愚生の記憶によって執筆したので、あきらかな誤謬などがあるかもしれません。
発見し次第、訂正させていただきたく存じます。
――おわり
『AI技術時代の藝術』エッセイ(『九頭龍一鬼はかく語りき』特別篇) 九頭龍一鬼(くずりゅう かずき) @KUZURYU_KAZUKI
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