第三章「AI技術時代に必要なのは読書」

 では、今後、AI技術が発展すれば、藝術家は必要なくなるのか、という問題を論じてみたいが、此処ではまず、小説家を例としてかんがえてみたい。


 おそらく、とおくない未来に、小説家は、よくても『アイデアを出すだけ』の仕事になるであろう。(これは、ほかの藝術の分野でもおなじくおもわれるので、通奏低音として読んでほしい)


 無論、AIにもアイデアは出せるが、『AIがなんの指示もなく、勝手に意識をもって、「おれは小説家だ」といいだし、ネット上に無尽蔵に作品を公開しはじめる』というような、ディストピア的な状況も考覈できるが、いまのところ、『AIはわれわれの指示を待たなければなにも書かない』のである。


 つまり、今後、小説家にもとめられる仕事は、『なにを書くかを指示すること』であり、つきつめれば、『いま、AIになにを書かせるべきかという評論家的、あるいは読書家的な視野』が必要になるのではないか。


 極端なことをいえば、『現在の読書家こそが、未来の小説家に相応しい』ともいえる。


 なにがいいたいかといえば、たとえば純文學の世界では、たしか、丸谷才一氏が生前、文學史というものを極端に単純化すると、『ダンテの『神曲』、ゲーテの『ファウスト』、ニーチェの『ツァラトゥストラ』というながれになる』と仰有っていたはずだが、このように、最低限でも『ダンテやゲーテやニーチェ』程度は読んでおかないと、『現代で文學がなすべき役目がわからない』ことになり、『AIになにを指示してよいのかわからない』とか『AIに見当違いな小説を書かせてしまう』ことになるのだ。


 愚生は元来、純文學とSFしか読まないが、そうなると、『いま、必要とされているミステリ』というものがまったくわからないので、AIに指示のしようがない。(無論、AIに『いま、売れ筋のミステリを書いてください』と指示はできるだろう。其処で重要となるのは、島田荘司氏や綾辻行人氏が新本格というジャンルの濫觴となったように、『文學を歴史的に俯瞰して、文學史を発展させる』ような『未知へとベクトルをむけた発想』であるとおもわれる)


 極言すれば、今後の小説家に必要なのは、『書く力』よりも『読む力』となるのではないか。


 ゆえにこそ、『AI時代はよい読書家こそがよい小説家となる』のだ。(前述のとおり、これはすべての藝術家の問題にかんする通奏低音である。ある画家がAIでつくった絵画が海外のコンテストで優勝したというニュースがあったが、これもおなじで、AI絵画をつくった画家自身が、ながらく絵画の仕事を追窮し、絵画について勉強していたという『批評眼』があったから、AIに『的確な絵画』を指示できたのであろう)


 マルクス経済学はおおくの批判と研究がなされているが、一応、此処で参照しておくと、資本主義社会において、われわれの給与額は、『われわれの生産性を維持する、つまり、明日も今日とおなじように働ける』分と、『われわれが現在の職業に就くまでに必要とされた知識や経験を獲得する時間』の分をあわせて決まるとされている。


 このうち、『必要な知識や経験を獲得する時間』を、マーケティング用語で『USP』という。


 これが、いままでの小説家においては、『ひたすら執筆して、腕を上げる時間』であったわけだが、今後は『ひたすら読書をして、(AIになにを書かせればよいかを見極める)慧眼にみがきをかける時間』となるであろう。


 といえども、AIが数秒で長編小説を書き、大量のAI文學が市場を席捲したら、人間の小説家は『喰って』いけるのか、かんがえてみたい。


 ――つづく

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