7.こんなことになるなんて

 じんたまを持つ親兵衛しんべえは、同じ八犬士である犬田いぬた小文吾こぶんごの妹、沼藺ぬい山林やまばやし房八ふさはちの夫婦の息子だ。


 悪縁あくえん、悲劇の顛末てんまつで、四歳で両親をくしてからは、伏姫神ふせひめがみ八房やつふさに連れられて深山幽峡しんざんゆうきょうで修行し、チートなスーパーパワー(物理)を身につけた快男児である。小柄な身体の倍以上もある頑強なかし長棍ちょうこんを操り、悪人軍団をばったばったとぎ倒し、かつ一人も殺さず、一城を単身制圧するという天衣無縫てんいむほうぶりだ。


 今も、実に素直で気負きおいのない、ちょっと小生意気こなまいきな笑顔を見せた。


静峯しずおねーちゃんが、俺の嫁さんかぁ! ん、恐悦至極きょうえつしごくにござソーロー、なんてな!」


「あらあら……困りましたね。まさか、こんなことになるなんて」


 なんと言っても、十歳は十歳だ。静峯姫しずおひめの九つも歳下で、親兵衛しんべえの側からすれば、十五歳で元服げんぷくするこの時代の感覚的にも、大年増おおどしまの年齢差である。


 親兵衛しんべえ手招てまねいて、紅葉色もみじいろ大袖おおそでたもとで口元を隠しながら、静峯姫しずおひめが耳打ちする。


「ごめんなさいね。せめて弟姫いろとひめに、替わってもらえるよう、頼んであげましょうか」


「ん? なんで?」


「なんで、って……」


「いーじゃん、俺、静峯しずおねーちゃん好きだし。大事にするぜ? なんたって俺は八犬士の随一ずいいちの勇士だからな!」


 静峯姫しずおひめは、八人姉妹にその下の二兄弟、十人の長子である。


 落ち着きのあるまとめ役で、面倒見が良い。そういう役割を求められて、当然のように果たしてきた。大人ぶってて、分別くさい。


 だがしかし、と言うべきか、だからこそ、と言うべきか、はたまた、さもありなん、と言うべきか。本当は、姉妹の誰よりも乙女おとめだった。


 親兵衛しんべえの、正面突破・一撃必殺・まごころテンプテーションの最大火力に、ピンク色のくす玉が割れて、ハート型のキラキラが舞い踊った。


「そ、そうですわね! これも、天とか御仏みほとけとかの、おぼしですものね! ええ、その、私としましても、決して、やぶさかでは……」


 このに及んで、もごもごと並べる有頂天うちょうてん静峯姫しずおひめに、城之戸姫きのとひめ鄙木姫ひなきひめ竹野姫たけのひめ浜路姫はまじひめ栞姫しおりひめ小波姫おなみひめ弟姫いろとひめの姉妹全員が、心から喜んで笑い合った。



********************



 祝賀ムードの大広間、滝田城たきだじょうの屋根のさらに上、春うららの青い空に浮かぶ、二匹と二人の姿があった。


 白い毛に、牡丹ぼたんの形をした八つの黒斑くろぶち唐獅子からじしのように巨大な犬と、その背に乗った白無垢しろむくの、黒髪清楚くろかみせいそな美人が、一人と一匹だ。


 枯葉色かれはいろの毛に、とにかく丸い巨大なたぬきと、その背に乗った黒襦袢くろじゅばんの、白髪妖艶はくはつようえんな美女が、もう一人と一匹だ。


「天でも御仏みほとけでもありません。伏姫神ふせひめがみおぼしです。まったく義成よしなりときたら、口のすっとこどっこいぶりは、父上ゆずりですね」


「ちょっと、あんた……これやるために、弟の嫁に、女の子を八人も産ませたのぉ?」


 玉梓たまずさのあきれ返った声を、伏姫ふせひめが、すずしい顔で訂正する。


「子宝に恵ませた、です」


「限度があるわよぉ。それこそ犬みたいに、ぽこぽこぽこぽこ、嵐だったじゃないのさぁ」


「あぶれる子がいたら可哀想でしょう」


「それも全員が全員、あんたにそっくりでさぁ。どういう神経してるのよぉ」


「愛する息子たちを他所よその女に取られるくらいなら、いっそ抱え込んでしまいたい、という母親心です。この際、神の特権ですね」


「こっわぁ……母親で一括ひとくくりに、しない方が良いわよぉ……」


 おおむね全母親を代表して、玉梓たまずさが、弱々しく突っ込んだ。そんなものでひる伏姫神ふせひめがみでは、無論、ない。


「まだまだ行きますよ。全組、最低でも一男一女は産ませて、お互いに組み替えしましょう。まだ従兄妹いとこなので、理論的りろんてきには大丈夫です」


倫理的りんりてきには、大丈夫じゃないわぁ」


 伏姫神ふせひめがみおぼしは、これから先も猛威もういふるう。

 

 一例として犬塚いぬづか信乃しの系譜けいふを追えば、浜路姫はまじひめとの間に二男二女をもうける。


 長男は二代目の犬塚いぬづか信乃しのを襲名し、犬江いぬえ親兵衛しんべえ静峯姫しずおひめの長女を妻にする。次男は信乃しの元祖がんそ浜路はまじが育った故郷の家系を再興さいこうし、長女は犬川いぬかわ壮助そうすけ城之戸姫きのとひめの長男である二代目の犬川いぬかわ壮助そうすけの妻になる。同様に、次女は犬田いぬた小文吾こぶんご弟姫いろとひめの長男である二代目の犬田いぬた小文吾こぶんごの妻になる。


 そして長男の長男が三代目の犬塚いぬづか信乃しのを襲名し、長女の長男が三代目の犬川いぬかわ壮助そうすけになり、次女の長男がこれまた三代目の犬田いぬた小文吾こぶんごになり、という具合である。


 八組が八組、この調子のヘビーローテーションだ。さすがに三代目から先は拡散するのが、せめてもの良識なのか、単にきたのか、さだかではない。


「あたし、もしかして……里見さとみの家にたたるの、最終的に、成功したのかしらぁ……?」


 未来計画に鼻息の荒い伏姫ふせひめを横目に、玉梓たまずさ嘆息たんそくする。


 伏姫ふせひめを乗せた犬の八房やつふさと、玉梓たまずさを乗せた大狸おおだぬき光源氏ひかるげんじが、それぞれに微妙な一声で鳴く。多分、やんわりと肯定しつつ、気にするな、となぐさめていた。



〜 本編より長いオマケ 希望の未来へレディー・ゴー! 私たちの戦いはこれからです! 〜

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椿説・伏姫さんと玉梓さん 司之々 @shi-nono

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