第6話 迷子の捜索
そんなある日、少女が城門の警備隊のところを訊ねてきた。
わんわん泣いていて、聞き取り調査も難航した。
内容をかいつまんで説明すると朝に弟を見たのが最後で今は昼過ぎ。
いつもなら昼には戻ってくる弟が行方不明なのだという。
姉はササミちゃん十歳。弟はバド七歳。
両親は朝仕事に行って帰ってくるのは夕方ぎりぎり。
姉弟のお昼を用意するのは姉の役割だった。
でも弟が帰ってこない、ということのようだ。
すぐに警備隊の何人かが捜索に出たが何も見つからない。
「くそ、まだ見つからないのか」
城門の警備隊の宿舎ではイライラが溜まっていた。
「あの、すみません」
「なんだ嬢ちゃん」
マリーちゃんが声を掛けた。
「もうじき夕方になりますし、門のお仕事は終わりです。バルを捜索隊に出せるので、お願いしたらどうでしょう?」
「そうか、その手があったか! たのむバル」
「わぅぅううん!!」
城門から出ていく人は次の町に明るいうちに着きたいので夕方になったらほとんどいない。よほどの物好きか急ぎの人だけだ。
僕は張り切ってササミちゃんの臭いを嗅いだ。
お姉ちゃんからも弟の臭いがかすかにする。
「わうぉおん」
くんくんくん。
空気中の臭いをたっぷりと吸って、識別していく。
王都の中を右へ左へ臭いを探して回る。
姉と似ている臭いに集中すると、ついに痕跡を嗅ぎつけた。西の方角だろうか。
太陽が傾いているのが見える。
マリーちゃんがリードを持っていて、僕はどんどんと歩いていく。
マリーちゃんが怪我をしないように走ったりしない。
その後ろを警備隊の人がついてくる。
次の角を右に折れる。そしてまた進む。今度は左へ。
道は東西南北にあり、匂いは北西の方角のようだ。
僕たちはカクカクと曲がるのを繰り返した。
進んでいくうちに下町地区という少し治安の悪い場所へと入っていった。
この辺は鍛冶屋が多いのか、トンカチの音がする。
鍛冶屋街を抜けた先は住宅地が広がっていた。
どの家も装飾などがなく貧乏そうだ。
「バド、バド!」
後をついてきている姉が声を掛けた。
民家の軒先でうずくまっている少年がいた。
少年が顔を上げる。
「バドだ! いたっ!」
「わぅううん」
僕が少年に近寄って臭いを嗅ぐ。確かにこの臭いに間違いない。
姉の臭いもかすかにした。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん、お姉ちゃん」
少年が立ち上がってよろよろと数歩進んだところをお姉ちゃんがガシッと抱き留める。
「もう、一人で勝手に歩いちゃだめでしょ」
「うん、お姉ちゃん。ありがとう」
「いいのよ。もう見つかったから、安心して」
「うん」
姉と弟がしっかりと抱き合う。
みんなふぅっと安堵の息を吐いた。
「バル、偉い! やっぱりね」
「わうぅううん、わうわう」
僕はマリーちゃんに体をこすりつけて鼻先を押し付けて愛情を表現する。
マリーちゃんも僕のもふもふの毛をぐしゃぐしゃと撫でまわしてくれる。
「さすが私のバル」
「わぅううん!」
こうして弟バド君の捜索は一件落着となった。
陽が暮れる前に見つかって一安心だ。
王都は思ったよりも広く、たった一人の男の子を探すのも難しい。
僕の鼻があったので、なんとか見つけることができた。
今回は運がよかったと思う。
臭いにも強弱や種類があり、場合によっては人に紛れてわからないこともある。
ちょっとだけ特有の匂いがしたのだ、この姉弟は。
夕方、警備隊宿舎では打ち上げが行われた。
みんなが飲んで食べて歌う。
ただしお酒は出ない。みんなジュースだ。
これから夜警や朝番の人もいるので、酔いつぶれてしまうと仕事に支障が出る。
「はい、お肉。バル、好きだもんね」
「わぅううん」
僕もご相伴に預かった。大きなブロックの焼いたお肉を貰った。
こんな豪華で美味い肉は食べたことがない。ご褒美は嬉しい。
『警備隊と一匹の犬バル』は王都で語り草となるのだった。
僕は今日も飼い主のマリーちゃんを連れて警備をする。
異世界版の警察犬、この仕事は好きだ。
僕は異世界の警察犬 滝川 海老郎 @syuribox
作家にギフトを贈る
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます