第2話 転移前と子犬時代

 僕がこの世界に飛ばされてきてから、今までの話をしようと思う。

 ちょっとだけ地球の話もする。


 地球は西暦二〇二十年ごろ。僕は日本で中学生だった。

 地方の県庁所在地で都会とも田舎ともいえない場所を徒歩で近所の中学へ通った。

 成績は普通。運動は普通よりちょっといいくらい。

 一年生の時、はじめてバレンタインチョコを貰った。


「これ広樹君。義理チョコ……だから。勘違いしないでよね」

「う、うん。ありがとう、美紀ちゃん」

「じゃあね。秘密だからね、誰にも言っちゃだめだよ」


 今でも鮮明に覚えている。

 放課後の教室に呼び出されて残っていた僕と彼女だけの空間。

 黒髪が長くて綺麗で笑顔がかわいい子だった。

 顔を真っ赤にして右手を伸ばしてハート形のチョコを渡してきた。

 義理だと口では言っているが、やはり本命だろう。

 僕だってそれくらいはわかる。

 すぐに恥ずかしいのか彼女は踵を返して早足で帰っていく。


 僕は浮かれていたのだ。

 その日の帰り、一人で歩いているところを信号無視のトラックにぶつかる、一瞬前。

 魔法陣に吸い込まれて世界から消えた。


 気が付いたら子犬の体だった。

 貴族の屋敷で飼われている血統書の白い犬である両親の近くにいた。

 子犬の数は五匹いたので、それにまぎれたのだろう。

 でもなんで子犬なのかはわからず終いだ。

 

 すぐに僕は貰われていくことになる。

 その家がマリーちゃんの家だった。


「君は私のわんこだからね。わんこ」

「きゃうっ」


 マリーちゃんが五歳くらいのころだろうか。

 マリーちゃんは隣の家のマーク君とも顔合わせをしていなかった。

 貴族の間では小さい子は自分の家だけで育つ。

 公表されるまでは家族以外とはあまり交流を持たないそうだ。


 マリーちゃんは友達もいなくて寂しかったのだろう。僕の面倒を見てくれた。

 ご飯の支度も、うんちの始末も令嬢であるのにマリーちゃん自身が積極的にやろうとした。

 もちろんメイドさんによって阻止されて、マリーちゃんは指示と監督だけすることになる。

「ブル、ご飯、食べていいよ」

「わうぅ!」

 声を掛けてくれるのもマリーちゃんの務めとなっていた。

 僕は実質的にマリーちゃんの唯一の友達だったのだ。


 僕も大きくなっていきマリーちゃんと同じくらいの大きさになった。

 犬になって三年。マリーちゃんが八歳のころ、やっと子供として公表されデビューを果たした。


「こちらが我が家のマリーよ」

「こっちはマーク」

「わうぅうん」


 マリーちゃんとマーク君の顔合わせに僕も参加した。

 マリーちゃんを守るようにお座りをしている僕をマーク君はさすがに警戒した。


「ふふ、マーク君、その子はブル。マリーちゃんのナイトなの」

「騎士様なのですか」

「うん。だから変なことしなければ大丈夫よ」

「変なこと」

「そう」


 マーク君がごくりと唾を飲んで僕を覗いてくる。

 僕はすました顔で彼を眺める。

 牙をむいたりしないし、脅したりもしない。

 ただしマリーちゃんを泣かせなければね。


「マリーちゃん、よろしく」

「マーク君、こちらこそ」


 マーク君が僕を警戒しつつマリーちゃんと握手を交わした。

 二人とも笑顔だ。仲良くなれそうだ。


 それ以降はお隣のマーク君は頻繁に遊びに来るようになった。

 次第に僕にも慣れて、一緒に遊んでくれることもある。


 それから四年。僕が犬になって七年。現代に至る。

 今でもマーク君は僕のことがほんのちょっと苦手だ。

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