僕は異世界の警察犬

滝川 海老郎

第1話 犬転移

 中学生だった僕。

 しかし、不幸な事故に遭いもうダメだと思った瞬間、魔法陣に吸い込まれた。

 気が付いたらファンタジーの世界。

 異世界転移だろうか、しかし転移は失敗したのか僕の体は「犬」になっていた。


「わうぅん」

「おぉよしよし、ブル、いいこいいこ」


 飼い主のマリーちゃんに体を撫でられてとても気持ちがいい。

 僕は今、犬をやっている。コスプレの格好や犬獣人とかではない。普通の犬。

 白いシベリアンハスキーのような犬種で、犬の中では大きいほうだ。

 名前は「ブルベイグ・ダルリアハント」通称「ブル」。

 血統書付きの由緒正しいお犬様だ。


 この子はマリー・アイアンバウアー、十二歳。

 金髪のクルクルヘアーがかわいらしい。遊びたい盛りなのか、よく中庭で相手をしてくれる。

 今日もお気に入りのワンピースで僕と走り回った。

 マリーちゃんの家は中級貴族で伯爵家だった。

 土地を持っていなくて国に仕えている法衣貴族だ。


「ブルは賢いね!」

「わうぅうん」


 マリーちゃんに体をこすりつけると喜んでくれるので、ぐりぐりする。

 そりゃ賢いよね、なんせ元は人間だったんだから。

 読み書き計算、地球の歴史、政治、なんでもござれ。

 ただし今は犬をしているので、披露できないのは残念だ。


 犬なので耳も鼻もいい。目も悪くはない。特に鼻は一級品だ。

 そのかわりご貴族様がコロンをつけてくるとその臭いは強烈で、まいってしまう。

 ご婦人方のお茶会があると、みんなの臭いが混ざって大変だ。

 そういう時はお茶会会場の前庭ではなく裏庭に逃げて大人しくしている。


「それ、ブル。一回転!」

「わぅうううん!」


 犬の運動神経は信じられないほど高性能で、転移前とは比べ物にならない。

 身長の何倍もジャンプできるし、ダッシュも速い。


「すごいすごい、さすが私のブル」


 鼻が高い。マリーちゃんに褒められてとても嬉しい。


「わうぅんわうん」


 本当は人間だったらよかったな、と思ったこともある。

 そうしたら僕はマリーちゃんと毎日遊んで恋人になったりして……。


 マリーちゃんは一休みするために中庭のベンチに座った。

 僕は偵察だ。中庭の周りに変なものがないか、よく調べる。

 特に臭いを嗅いで注意深く探す。

 ん。この臭い。


「わんわん、わんわんわん」


 僕が中庭から隣家との境に走っていく。

 いた。草むらの下。


「ぐるるるる」

「わっ、ブルっ、ちょっと、ごめんって」

「わんわん!」


 僕が獲物を吠えて草むらから中庭の方へと追い立てる。

 もちろん噛みついたりはしない。

 ただ吠えて鼻先を押し付けて、マリーちゃんのほうへ誘導する。


 マリーちゃんも僕の行動を見て異変に気付いたのだろう、立ち上がって腰に手を当てている。


「ちょっとマーク、また覗いてたの?」

「ち、違うんだよ。これはその、なんというか」

「言い訳しない!」

「ごめんなさい。覗いてました」

「堂々と正面から遊びに来ればいいでしょ。もう小さい子じゃないんだから」

「だって……」


 頬っぺを赤くするマリーちゃん。

 マーク君はぽりぽりと頬を掻いてからそっぽを向いて誤魔化そうとする。

 マドリシアン伯爵家の次男坊、マークは同じ十二歳。

 マリーちゃんと同い年であり、前はよく遊びに来ていた。

 最近、思春期になったのか遊びに来るのが恥ずかしくなってしまったみたいで、こうして庭の境にある壁をよじ登って越境してきて、庭に隠れてマリーちゃんを眺めていたのだ。

 つまり覗きだ。


 僕の目下のところの敵である。

 マリーちゃんはあまりこうやって覗かれることは好きじゃないのだ。

 今回で四回目。しかし心優しいマリーちゃんは怒鳴ったりはせずにマーク君を許していた。

 マリーちゃんもそろそろ婚約の話が来てもいい年だ。

 二人ともお互い相手を婚約対象として見るようになっていたのだ。


「マーク。どうせ婚約者じゃないのに女の子の家に遊びに行くなんて、とか言われたんでしょ」

「うん。ベーグに言われた」

「まあそうよね。でも私たちは、まだ決まってないけど『婚約者みたいなもの』なんだし、いいじゃない。堂々としてれば」

「うん。でも、恥ずかしいし」

「まったく軟弱なんだから」

「ごめん」


 微笑ましい限りなことで。仲がいいらしく、二人して微笑み合っている。

 先にマリーちゃんの友達になった僕がもし人間だったら、マリーちゃんの婚約者も僕だったのだろうな。

 でもいいんだ。僕は今、犬だし。


「ブル、おいで」

「わうぅううん」

「えらいわよ。ほーら、よしよし」

「わうわうん」

「侵入者を無事に発見、怪我もなく連れてこれたわね」

「わうーん」

「まったく賢いのよね」


 マリーちゃんにまた撫でて褒めてもらう。

 ちょっとだけマーク君は僕が苦手そうだ。


「この子のこの能力、何かに役立てないかしら」


 このマリーちゃんの発案が、今後の僕の行方を決めるきっかけとなった。

 つまり地球でいう「警察犬」の第一歩だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る