第3話 僕の才能

 僕は犬だから言えないけど、転移者なのだ。中身は人間だ。

 人間の優秀な頭脳に高い機動性を誇る犬の体。

 その両方を持つということは、アドバンテージがあったというだけの話だ。


「ブル、ゴー」

「わんっ」


 僕は一人障害物競走をしていた。

 中庭に設置された障害物を左右やジャンプして避けて進んでいく。

 こちら側のマーク君のところがスタートでゴールにはマリーちゃんがいる。

 ゴールするとマリーちゃんに褒めてもらえる。

 三つ置かれたポールを左右に華麗に避けて、跳び箱のような台をジャンプする。

 犬の身体能力は優秀そのものだった。

 心技体とでもいうのか、これはベストマッチで、最高のパフォーマンスを発揮した。


 今日はマリーちゃんと近所へと買い物へと出かけていた。

 犬のリードをつけてお散歩だ。メイドさんが一人ついている。


「るんるんるん♪ るんるん♪」

「わうぅう、わうぅう」


 ハミングしているマリーちゃんに僕は小さい声で合わせて歌う。

 言葉はどうしてもしゃべれないが、それっぽく歌うことはできる。

 道行く人がそんな僕たちを流し目で見ていく。

 注目はされているけれど明らかな貴族に声を掛ける人は少ない。

 目的の洋菓子店に到着した。


「じゃあブルはちょっと待っててね」

「わうっ」


 声を押さえて返事をする。

 周りを脅かさないようにする配慮だ。僕は賢い。


 洋菓子店の店先でリードを壁に掛けられてお座りをした。

 道を通っていく人たちを観察していく。別に変な人はいない。


 貧しい人、普通の人、裕福な人。

 服装はバラバラで、身分差がその服装によく出ている。

 そんな中、少年が紳士に後ろからぶつかった。


 ドン。


「いてて……」


 紳士はよろけたものの、踏ん張った。

 しかしポケットの中を確認して顔を青くする。


「スリだ、今の少年」

「わうっ!」


 紳士が怒鳴る。

 少年はよろよろと歩きながら逃げていく。


「わうわうっ、わう」


 僕は壁のフックを口で外して、リードを引きずったまま少年を追いかけた。


「わうわうっわう」


 僕が声を上げながら走ると人々が驚いてこっちを見る。

 次の瞬間道を開けてくれるので、そのど真ん中を走っていく。

 すぐに少年に追いついた。


 少年が怪我をしないように注意をしながら足首に噛みつく。


「うわあああ」


 少年が流石に大声を上げて倒れこんだ。

 そこを僕が威嚇して彼を制圧する。


 そこへ紳士が必死に追いかけてきた。


「なるほど……その犬が」

「すみません。ごめんなさい。もうしません。どうかご勘弁を」


 少年は涙声で地面に這いつくばって謝罪した。


「なに、いいんだ。だた少年。スリなどという行為はもうやめなさい」

「はい。なんでもしますから許してください」

「いいだろう。少年、うちで働きなさい。毎日食事も出そう」

「そ、それは」

「今スリをしても大した額じゃない。またスリをするつもりかい?」

「そんなこと……」

「だろう。継続性が大事なんだ」

「あの、家に妹がいて」

「わかった。妹の面倒も俺がしよう」

「ありがとうございます」


 お財布は戻されて、少年は紳士と握手を交わした。

 スリったって一回で食べられる量はたかが知れている。

 しかし雇ってくれるとなれば別だ。

 食事の面倒も見ると言っていた。よかったな、少年。


「ちょっとブル、どこブル」


 マリーちゃんだ。

 いけない。持ち場を離れたから怒らせてしまったかもしれない。


「いたいた、ブル、これはどういうこと?」

「わぅぅうう、わう、わうわぅ」


 僕は弱々しく言い訳をするが人間語ではないので伝わらない。


「お嬢さん。お手柄だよ。そのブル君かな」

「はい、ブルです」

「その子がスリの少年を見事に追跡して捕まえてね」

「へぇブルがそんなこと」

「それで無事にお財布が返ってきた。中身はどうでもいいけど職人が作ったお気に入りの財布だったので惜しいと思っていたんだ」

「なるほど」

「それから少年と妹はうちで預かる。スリはよくないが、スリを少年にさせるような世の中が悪い」

「そうですね」


 近年、治安も経済状況もよくなっている。

 犬の僕が心配することではないが、スリで生活している子がいるなんてショックだ。

 この紳士も貴族だろうし、少年の面倒を見てくれるようなので、心配はないだろう。


「その犬、使えるな」

「ですよね。前からとても賢くて、庭で隠れてる隣のマーク君を見つけて連れてくるんですよ」

「あはは、隣のマーク君か。それはマーク・マドリシアン君かね?」

「そうです。知り合いですか?」

「ええ、そりゃね」


「どうだい、お嬢さん。その犬ブル君、門の警備隊に貸してくれないだろうか」

「ブルを?」

「そう。警備の仕事だよ。犬だって仕事くらいできるだろう」

「わかりました。私はマリー・アイアンバウアー。伯爵家です」

「そうか。アイアンバウアー伯爵なら知っているよ。確かにこれくらいのお嬢さんがいたね」

「そうですか、ではブルの件はまた」

「お礼をしに伺おう、そのときはよろしく頼むよ」

「はいっ」


 マリーちゃんが紳士と握手を交わす。

 とりあえず紳士のおじさんが家にくるらしい。


 それにしても仕事か。これは運命の巡り合わせなのだろう。

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