人妻ってそそる響きだよな。
五月。
晴れ渡った気持ち良い空に、ちゅんちゅん、
風がそよ、と甘く香る
今日は、十日に一回の休みの日だ。
「んんっ、ん〜!」
オレは、気持ち良く伸びをした。
自分の衣を洗濯し、
今は
さてと。休みのヤツがやる事がある。卯団が所有を許されている、小さな畑の世話だ。
まあ、
なので、小さい。そう、すぐ終わるさ。
オレはそう言い聞かせ、
そして知った。
良き行いに勤勉に励む若者には天の恵みがある事を。
(
卯団の畑の、
いつもの
髪型は変わり
残りの髪は複雜に編みながら一本の紐のように
穏やかな顔で、すやすやと寝ている。
薄く紅の化粧も施しているようだ。
耳には紅い貴石が光る。
つまりすごく色っぽい。
大人の
(こんな処で何してるんだよ。)
しかもそんな、隙だらけでさ。
いいい、良いのかああ?
オレは足音を消して、いそいそと近づく。
なあ、オレは見た事ない、あんたの
オレの上司だけどさ。
あんたを妻として、そう時間のたたないうちに、奈良に行っちまったんだろ?
三月からずっと奈良で、帰ってくるの、おそらく十二月なんだろ?
つまり、今は、結婚したばかりのにこ
ずっと
寂しくねぇ?
オレなら、ここにいるよ。
奈良にいるあんたの
別に恋してほしいとか、あんたの心が欲しいとか、そこまで言わない。
あんたの
オレ、あんたの為なら、すごく、頑張っちゃうよ。
どうしよう。普通は、さ
今は
でも、この隙だらけの天の恵みの時間。
オレはどうしよう。
と息をひそめつつ、古志加に近づいていると、ガザザザザ! と後ろから物凄い勢いで足音がせまり、あっ、と振り向こうとしたら、首に前腕の猛撃をうけ、オレは横っ飛びに吹っ飛んだ。
「ぎゃっふ!」
オレは右耳から柔らかい土に着地した。
「
青筋立てながら無言で睨むのは止めてもらえますか!
「ひでぇっすよ。」
オレは泣き言を言う。そうだ、阿古麻呂も今日は休みだった。
「あ、ん?」
眠りの
「ん? どうしたの?」
とオレと
「どうしたのじゃないですよ。こんな処で。お付きの
垂れ目で優しい顔立ちの
「
今日はさ、良い天気だし、なんだか、卯団の畑の土がいじりたくなっちゃってさ。気持ち良くいじってたら、ちょっと一眠りしたくなっちゃって。
あるじゃん? そういう事、誰でもあるじゃん?」
「ないです。」
オレと
阿古麻呂が進みでて、古志加が立ち上がるのに手を貸す。
差し出された手をとった古志加は、
「ありがとう。」
と阿古麻呂に花のような微笑みをむけて立ちあがった。
オレは地面にあぐらをかき、思う。
ずるくね?
「古志加!」
古志加の
「ほら、持ってきましたよ、古志加。」
「わあい! ありがとう! 中身はなあに?」
古志加が嬉しそうに尋ねる。
「
「きゃはあ! やったあ!」
古志加がぴょんと飛び跳ねた。
阿古麻呂の視線に気がついて、頬を赤らめて、
「お腹へってさ。
とモジモジ恥ずかしそうに言った。
この人妻。この歳のくせに、可愛いすぎないか。
「ねえ! 時間があるなら、皆で一緒に食べようよ! 福益売、大丈夫?」
「ええ、握り飯は四つ作ってきましたし、瓜は大きいのを持ってきました。
「
じろっと阿古麻呂がオレを見る。
はいはい、わかりましたよ。
衛士舎に引き返すオレは、背中で会話を聞く。
福益売が、
「阿古麻呂と、あの衛士はどうしてここにいたんです?」
と尋ね、
「なんでもないよ。」
と古志加が明るく答えている。
そう、なんでもない。
なんでもなくて、良かったです。
もしさっき、出来心のままに動いていたら、オレはあとから駆けつけた
ではスッパリ、古志加の事は考えないか、というと、この人妻。
夜は寂しいはずだ。もう、本人が何も言わなくたって、状況がそうだろう。
良いお誘いがあったりしないものか。
オレの身の破滅は避けつつ、甘い夜を過ごしてみたい。
そしたらオレは頑張って……。
おあああ。悩ましい。
そして、オレはそんな考えは口にできるはずもなく。
有り難く、この天の恵みたるご馳走を、
* * *
あの頃はまだ、十二月に
───ああ、こりゃあ、駄目だぁ。
と変な妄想はガックリ諦める事になるとは、露ほども思ってなかったな。
───完───
悩ましけ 〜伊奴の煩悩〜 加須 千花 @moonpost18
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