第6話 雨の日の気付き

 溝尾みぞおとの関係に変化があったのは、久しぶりに喋ったあの日から数週間後だった。



 この数週間は本当に忙しかった。


 吹奏楽部への本入部を済ませると数日後にはパートの本決定。

 基礎練やどの楽器がどんな名前で、大体どんな感じで叩くかを先輩から(優しく)叩き込まれ、あれよあれよと夏の演奏会の練習が毎日のように始まった。


 パーカッションパートの同期は5人で全員中学も同じパートだったみたいで「一緒に頑張ろうね!」っていうよりは「こうやるから練習頑張って〜」って感じだった。

 なんかちょっと距離があったけど、みんなが鳴らす音がやる気に満ち溢れていて、その熱気に当てられて俄然やる気が湧いていた。




 そしていつのまにか傘を持ち歩くことが増える時期になった。

 

 マジで毎日忙しいな。

 打楽器なんて叩けば鳴るし、ピアノやってたしいけるやろって思ってたら全然綺麗に音出ないし。

 しかもテンポキープするのが難しすぎる。打やからちょっとでもずれたらバレるし。

 アクセントとか、パラリドル?とか奏法も色々あるし楽器も山ほどあるし。


 コンサートまで後……2ヶ月くらいか。

 普通にやばくね?

 同期のみんなに追いつくとまでには行かなくても、足手まといにならないくらいには成長しないと。


 練習時間増やさないとな。

 まずは基礎練しっかりやって、ある程度できるようになったら実際やるの曲の練習して……



 パラパラと雨粒が落ちる音をよそにいち躍進計画を考えているといつの間にか駅にたどり着いていた。

 紺色の傘を閉じ水飛沫を振り払い、改札へ向かおうと階段に足をかける。

 そのまま何の気なしに上を見上げると空色のリュックと推しが目に飛び込んできた。

 一瞬止まった足を何事もないかのように動かし彼女と同じテンポをキープして階段を登る。



 一回一緒に帰ったんやから二回目も三回目も同じやろと頭は言っているのに体はそう動いてくれない。




 まあそれは一旦さておき、ふわふわと揺れるポニーテールとスカートが階段を登るという動作をここまで可愛くするものなのか。

 やっぱポニテっていいな。ふだんおしとやかそうな人がしているとギャップでなお良いねぇ。



 練習のことなんて頭からすっぽ抜けて癒やされていると、いつの間にか彼女は階段を登り終え、改札の方へ曲がって行こうとしていた

瞬間目が合った。


 やば、見てるん気づかれたか!?

 え、挨拶すべきよな、なにを言ったら良いんこれ!??


 体がたじろく間も無く声が飛んできた。

 「あ、お疲れ〜。練習終わり?」

 とりあえず心臓がバクバク言っているのがバレないように装う。


 「うん、溝尾も?」

 「そうやねん、みんなやっぱり上手くって追いつくのに必死って感じやわ〜」

 「俺ら初心者やもんな、いきなりコンサートってやばいよなぁ」


 とりあえず軌道には乗れた。

 あとはテンパらないように話合わせれば何とかなる…!

 

 「やばい。から朝練しようと思ってるねん。」

 「え、朝って練習できるん!?」

 「らしい。部室の鍵とかは職員室から取って朝礼始まるまでならできるって先輩から聞いた!」

 「へぇー、じゃあ俺も行こうかな」


 ……ん、俺今なんて言った?

 そう思った時にはもう遅かった。

 やってもうた。

『こいつ私に合わせてこようとしててきも。』みたいなこと思われるやつやん……



「じゃあ何時くらいに行く?」

「ん?」


ん?


「朝練、何時くらいに行って練習する?」


「...行くなら7:30とかかな。」

「じゃあ7:00前くらいに家出ないとね〜」

「そうなるやろね。」


 とてつもなく自然な流れで話が進んでいく。

 いや勘違いするな俺。ただ初心者やから朝練に行って経験者のみんなに追いつかないとねって言う話やから。

 行く時間の目安を知りたかっただけかもしれんし!



 空の灰色が映った向こうのホームが雨粒でぼやける。


 このままのうのうと話をするだけでも十分だって思ってる。

 んだけど何なんだろうこの雰囲気。

 一緒に朝練に行く世界線が存在するのか??


 あくまで友達として……だよな?


 

 分からない。

 






「…朝練の流れわからんから一緒に行ってくれん?」




 分からないならとりあえず一歩進んでみよう。


 中途半端は昔の二の舞だ。

 

「じゃあ7:15に〇〇駅で集まろっか!そこから電車乗って朝練いこ〜!」


 ある意味予想通りの返答にこちらが疑心暗鬼になっていることなんて気にも止めず、彼女はキラキラと眩しい笑顔を見せる。

 そんな無邪気な笑顔を向ける溝尾が、真っ直ぐとこちらを見てくれるその目が、脳裏に焼き付く。





 「推し」ということにしていれば可愛いと思っていても許されるし、他に好きな人ができたら忘れられると思っていた。

 そうやって溝尾と「適切に」付き合っていけると思っていた。

 小学生の初恋なんてパーっと忘れて1人の友達として。


 なんて思って下足室で喋りかけたのが間違いだった。




 ぜーーんぜん無理だったああああああ!!!



 いや、振られてからも可愛いとは思ってましたよ?

 目で追うくらいはしてたし!

 そこで止まっとけばよかったんよ。

 なんで喋りかけたんや俺!!


 んで溝尾も溝尾な!?

 一男子友達くらいの距離感でいといてくれよ!

 こう...適度に世間話するくらいの感じで、男子側が「連絡先交換しよ!」って言ったら渋々交換するくらいの距離感は取っといてくれよ!

 自分から連絡手段で悩んだり、2人で会う約束立てたりしないでくれよ!




 期待させないでくれよ!!!




 ...どうしよう、心臓がうるさい!

 バクバクしすぎて何も分からない。




 でも、とりあえず

「りょーかい、頑張って起きるね!」

って言った後に続いた、他愛のない話と別れ際の「また明日」で噛み締めた感情は、小学生の頃に初めて味わったものと同じだった。

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