第4話 帰り道
先輩にフルートを返し、お礼を言い、とりあえずまだ暖かな陽が差し込む教室を出た。
視線の先には最推しの君、
このまま正門を出て逆方向に歩むことができるのならなにも気にしなくていいのだが、小中同じ学校で家もさほど遠くなかったはず。ほぼほぼ通学路が同じはずだ。
何かの拍子にちょっと仲良くなったけど数日空いてしまった時に、俺みたいなポッと出のやつに喋りかけられても困るんちゃうかなってなるような微妙な感情が頭の中をぐるぐる巡る。
悶々としたまま小一時間を過ごすのはちょっと辛いぞ?
だからと言って昔振られた相手にわざわざ喋りに行くほどの勇気は......
平静を装いながら、彼女の背中を数歩後ろから追いかける。
軽くウェーブのかかった、セミロングよりはちょっと短いくらいの髪の毛がふわふわと揺れていてかわいい。
こんなことがそう言えば前にもあったな。
受験終わりのあの時も溝尾は俺の前にいて、喋る機会なんてないと思ってたら、あっちから喋りかけてくれたもんなぁ。
......嫌われてはないだろう。
いい友達くらいには今からでもなれるんだろうか?
というかあっちが喋ってきたからこんな感じでワンチャン仲良くなれるとか思ってしまうんよ!
......喋ってみるか!
まあ嫌われてもすでに脈なかったようなもんやから変わらん変わらん!
ちょっと言ってて寂しいけど!
なにを血迷ったか高校に入ってから最大級の気まずさに耐えきれず、俺は推しとの個人的な接触を図ったのだ。
そしてそんなことを企てる頃にはもう生徒玄関にたどり着いていた。
下駄箱から靴を取り地面に置いた後、自分の履いていた上履きを脱いで手に取り、下駄箱に入れる。そして靴を履く。
ここまではいつも通り。
ここからだ。
出口と逆方向を向いて一言
「溝尾って吹奏楽部入んの?」
言ったぞ俺!しかも噛んでない!
「あ、うんそうやねーん。
「あ、ぅうんそうそう!」
ちゃうちゃう喋れかけたら終わりちゃうねん!
むしろ始まりやから頑張れ俺!
緊張にやられないようもう一度意気込みながら外に出る。
いつもの下校時よりも少し赤い空が目に映ったがそんなもの気にもせず、ただすぐ横で歩く彼女との会話に全力を注いだ。
いつも通り、友達と喋るような感覚で。
もうどんなんか忘れてしまいそうやねんけど。
「中学の時美術部やったよな?
なんで吹奏楽部にしようって思ったん?」
「美術部はゆるくって楽やったから、部活っていうほど頑張ってなくって。
高校ではちょっと頑張って部活らしいことしてみたいなって!
そういう一ノ瀬も中学陸上じゃなかったっけ?」
「俺は逆に陸上がキツすぎて......
ちょっとピアノしてるから楽しく音楽できたらいいなって思って〜」
「あー、合唱コンで毎年伴奏してたもんね。上手かったしいいやん!」
思ったよりスムーズに会話できてる!
っていうかなんか認知されてるんやけど......!
地味に嬉しい。
「へへ、いや、そんなことない......って」
今のはちょっとキモかったって......
なんて思いとどまれるほどの余裕はなく、会話を止めないようにするのに必死だ。
「あっ、なんのパート入りたいとかあるん?」
「ふーかはフルートパート入ろっかなって思ってる!
一ノ瀬もフルートパート入るん?さっきもおったし。」
「いや俺は先輩に言われるがまま連れていかれただけなんよ。
どこにしようかはちゃんと決めてないけど、ピアノ活かすならパーカッションとかかなぁ。」
「そうなんかぁ。行きたいとこ行けるといいね!」
「お互いな!
まあ俺はもうちょっと色々回ってから決めるつもり〜」
「じゃあふーかもそうする!」
とりあえず最寄駅までたどり着いた。
……いやこれ心臓持たんわ。
まず声可愛すぎひん?
ふんわりとした、だけど真っ直ぐで素直な声で自分に向かって話してくれる。
もうそれだけで私、幸せであります......!
それに今も自分の名前呼びなんや!
昔から変わってないのかぁ......。
いや!むしろそれが雰囲気と見た目と合っててイイんです。
すでに振られてる状況じゃなければ手放しで幸せを噛み締めてたのにな。
「どーしたん?ぼーっとして。」
「あぁぁ、いやなんでもないよ!」
そういや、駅に着いたからゴールじゃないねん。
「一ノ瀬も電車乗った後バスで帰るん?」
まだ1/3くらいしか帰り道終わってないねん。
「うん、せやで〜」
「じゃあ帰り道ほぼ同じやねんね!」
「うん、せやね〜」
なぜか楽しそうに喋る彼女に思考停止させられそうになりながらも、会話だけはなんとか続けようと決心した。
推しに「なんやねんこいつ」みたいな蔑んだ目で見られるのは(後先考えないならアリかもしれないが)流石に精神にくるものがある。
何より笑顔が似合う彼女を直近で見ることができる一度限りかもしれないチャンスを逃すわけにはいかないからな。
多分この感じで喋り続ければ溝尾も楽しそうにしてくれてるし大丈夫なはずだ。
「あ、電車来たっぽい!」
「うん、せやね!」
おい頑張れ俺。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
電車を降りると真っ赤な夕焼け空が広がっていた。
「おぉー、すごっ。
めっちゃ綺麗な夕焼け!」
そう言って笑顔を見せる彼女に心底安心した。
我ながら、心臓が爆裂しそうな勢いで溝尾の可愛さを摂取して、よくちゃんと会話し切れたな。
まあ冷ややかな目では見られなかったから及第点だろう。
そのまますぐ近くのバスターミナルに向かうとちょうどバスが到着していたので乗り込む。
バスの中は座席は埋まりきってるけど立ってる人は数人といった混雑具合だった。
満員でゼロ距離になったり、隣にでも座られたりしたらいよいよ尊死してしまいそうなので、ある意味では幸いだ。
帰り道も終盤に差し掛かり、緊張も解けて少しは友達らしい接し方が掴めてきたかなって時に、新たな話題が上がる。
「そういえば一ノ瀬って小学生の時に使ってたメアドってまだ使ってるん?」
「まあ一応、なんか登録するとき用でつかってるなぁ。」
「じゃあそれで連絡とれたりってできるかな!?」
「できると思う......けどなんか小学生の頃に俺らメール届かんようになってなかったっけ?」
「そういえばそうやったな。」
実は小学生の時に、キショいメール事件が起こった後も、未練からメールでの日常会話は続けていた。
いや、続けさせていただいていた。
だがある日、メールの設定か何かで送信できなくなってしまった。
いい加減諦めろよという神からのお達しだろうか、それ以来連絡が取れなくなり、その事件は美化され思い出となったのだ。
まあそれはさておき、そんなことを聞いて何になるんだ?
「どうしよっか...」
どうする、とは?
まさかそんなきっしょいことをしていた相手とまた連絡を取りたいと言ってるのか?
いやいや流石に自意識過剰もいいところやで一ノ瀬さん。
でも万に一つでもそう思ってくれているのなら嬉しいなぁ。
と言うか明らかに溝尾の顔が曇っている、気がする。
あーもう、なるようになれ俺。
「そういえば俺スマホ買ってもらったからそれでメールのアカウント増えたんよね。
交換しとく......?」
「そっちやったらメールできるかな!?」
「多分できると思うよ。」
「じゃあもらっとく!ありがとう!」
「大丈夫よ、また連絡するね!
じゃあ俺ここで降りるから。」
「うん、じゃあまたね、ばいばい!」
「ばいばーい。」
叫び回りそうな自分を必死に押さえつけて、友達と別れるのと同じように手を振りバスを降りた。
全身が熱い。
日が落ちる前に家に帰れてよかった。
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