第3話 部活

 早咲きの桜が生き生きとした緑になりつつある頃には、新たな高校生活に皆が慣れつつあった。  

 俺、一ノ瀬裕翔せゆうともその雰囲気にギリギリ置いていかれることなく、よくある高校生活を送っていた。

 教室の扉を開けて向かう友達の輪があって、「おっす」って言ったら「よー!」とか「うぇー」とか返してくれるし、休み時間も暇にはならなかった。


 どれもこれも井出いでのおかげだ。




 入学初日は楽しみな気分が溢れ出てしまって周りに喋り倒し、自己紹介の話題をベットの中で散々探したのに、

次の日には我に帰ってしまった。

 『俺、そんなよく喋るわけでもないのに、会って間もない人たちと楽しくワイワイするのなんかずっとやってないし。やっちまったなぁ、この先どうしようか』と自分で蒔いた種を脳みその隅っこの方で考えつつ、窓際の席でぼーっと、たそがれてたら


「どしたん?!なんか元気ないなぁ!!!」


と、昨日の俺しかついて行けなさそうなテンションのたっかい声が飛んできた。


 井出だ。


 『こいつは昨日のノリがまだ続いているのか!?』と思えるくらいの大きな声にビビりながら、自分が実はいじられキャラだったということがバレないように全力で


「まあ昨日で結構疲れちゃったんかもな〜!けど全然耐えよ!」


なんて返答して昨日のような会話をしていた。


 しばらく会話を続けていたが、驚いた。

 井出は俺みたいに入学式のワクワクに当てられただけの人ではなかった。何も意識している感じがない。

 こいつ、真の陽キャだ。


 実際井出はクラスのほとんどの人と入学して二2、3日で関係を築き、その後数日のうちに円滑に繋げていた。



 そんな陽キャノントークを浴びせられ続けること数日、その繋がり伝いに俺も友達グループの一員になれたのだ。

 『友達作りビギナーの裕翔さんは本当に大助かりです、ありがとう!』と心の中で何度念じたことだろうか。


ちなみに自己紹介は考えまくったおかげか「好きな食べ物はお寿司です!みなさん仲良くしましょう!」みたいなテンプレートもいいところの文章を言い切れ、満足しただけで特に前後で変化はなかったです。はい...。




「みんな何の部活入るん!!?」


 いつも通り井出の一声で今回の話題が決まった。

 高校生活に少しずつ慣れ始め、浮いた足がシャボン玉のようにゆっくりと地面に落ち始めた頃に、この話題で皆は再び浮かれ気分になっていた。

 するとその井出の問いに真っ先に答えたのは俺の中学からの数少ない友達、岡田颯斗おかだはやとだった。

 まあこいつは陸上バカだったから予想はついていたが、


「俺は高校も陸上するかなぁ」


「やっぱお前はそうよね〜」


 俺も少しは落ち着いたとはいえ、新たな青春の1ページを飾る部活決めはかなり楽しみで、今日は特に浮き足立っていた。

 まあどこの部活に行くかはもう決めていたので後はパートをどうしようかって感じで。

 だからその問いにははっきりと返せた。


「俺は吹奏楽入ろうかなって」


「えー、やっぱ俺と一緒に陸上やんのは無しかぁ?」


「もうあんだけ走って、キツさで吐いてしたら十分です。」


「まあ確かにキツそうではあったな。しゃーねー、じゃあ小西こにしとやるわ」


 中学では俺は岡田と小西とその他数人と一緒に陸上部で長距離専門だった。

 安定にいじられていたのだが、何度か喧嘩して以来何やかんやで仲が良くなり、部活は楽しかった。

 ただ俺の体質が合わず、3年生の頃には試合のたびに辛さで吐いてしまっていたので、高校では別の部活にしようと決めていた。

 そうやって岡田たちに伝えたはずなのに、それでも誘ってくれるくらい中学の部活の仲間と仲良くやれるなら、むしろ陸上に未練はなかった。


「お前らなら楽しくやれるって!

 俺も楽しくやるから!

 他のみんな何入る予定なん?」


 なんてこれからの高校生活を彩るためにどうすべきかを休み時間のたびにあれやこれやと話し合っているとあっという間に6限が終わってしまった。




 終礼が終わってすぐ、足早に音楽室へと向かった。

 そう、今日から体験入部があるのだ。

 思い描くだけで終わっていた、これからのことが一気に近づいてきた気がして、入学式の日のような五分五分の心持ちで扉を開けるとそこには...


新入生らしき人は誰もいなかった。


 呆気に取られていると、案内人らしき先輩と思われる人が、教室ごとにパートで分かれて楽器体験していると教えてくれ、とりあえず空いているところに連れていってもらった。


 着いたところはフルートパート。

 教室を覗くと女子しかいない。

 『初手この状況はキツいぞ...!どうやって喋ったら、しかも案内してくれた先輩もうどっか行ってるし!』なんてオドオドしてたら、いつの間にか座ってフルートを持って


「それじゃあ吹いてみよっかー」


「あ、はい!」


ヒュィ〜〜


 かなり間が抜けたフニャフニャな音だったがなんか鳴った。

 とりあえず盛大にミスって目立つようなことにならなくてよかった。

 ド緊張状態から脱出し、いつも動画とかで聞くだけの音を、曲がりなりにも自分で鳴らせたことに感動していると


「一発で鳴るってすごいで!」


 なんか先輩にも褒められた。

 それを皮切りにちょっと調子に乗って、フルートを鳴らしたいがために(それと褒められたいがために)吹き方をグイグイと聞いて、教えてもらったことをひたすらに練習していた。

 この時もやはり緊張よりも新しいことに挑戦している楽しさが勝っていた。

 しばらく吹いて落ち着いてきた頃に『隣にもそういえば新入生っぽい人いたなぁ』と思ってチラッと隣を見たら、

 

『いや、溝尾みぞおやん!?』


 フルートの音が思わず裏返ってしまった。


『彼女のふんわりとした雰囲気とフルートの柔らかい音色がマッチしてて、いつもより一層美し可愛く見えるなぁ。

 じゃなくてあいつ中学美術部やったはずやんな!?なんでここにおるんや!!?』

 危うく先輩のアドバイスが消えてなくなってしまいそうなくらい、頭の中が彼女のことで埋められていったところで


「じゃあ今日は終わりですー。」


 どこからともなく聞こえてきたその一声で仮入部時間が終了した。


 先輩が言うには新入生全員が集まって終礼なんてことはないらしいのでこのまま帰路へ着くらしい。



 考えすぎで頭が真っ白になってしまいそうだ。

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