第2話 求めていた新たな日常

 桜が綺麗に映える青々とした空が広がる日に、俺はついに高校生になった!

 

 中学は小学校とほぼ同じ生徒で人間関係は相変わらずだったが、高校で一緒に過ごす仲間はほとんどが新しく出会う人だ。

 今までのことを知らない人たちだからこそ平穏な学校生活を始められるかなという期待半分、初対面の人と仲良くできるのかなという不安半分弱で、薄桃色の花びらが舞い散る学校の正門をくぐる。

 その瞬間、早朝の眠気が覚めてしまうほど生き生きとした吹奏楽部の演奏が春風と共に吹き抜けてきた。

 皆を包み込むその軽やかで楽しそうな音に、俺も歓迎されているような気がして胸が高鳴った。

 誰が演奏してるんだろうと気になり音が鳴る方へ顔を向けると、部員と思われる楽器を持った人たちが時折笑顔を見せて喋っているのが見えた。

 その光景を目の当たりにして、俺もこんなふうに楽しめる学校生活をついに始められるのかもしれないと笑みがこぼれた。


 『どうせ人と関わっても良いことないんじゃ......』なんて弱音はもう心の中には残っていなかった。

 



 不安が拭い去られ、ルンルン気分で階段を駆け上がる。

 そして湧き上がる興奮に身を任せ、初めて入る教室の扉を勢いよく開けた。

 ......のはよかったのだが、玄関前でのさっきの雰囲気とはうってかわって、教室の生徒たちは皆荷物を片付けて行儀良く前を向いて座っていた。

 仲の良い人が一人もいない空間に行くことなんて今までなかった、中学卒業したての高校一年生40人弱が集まると、教室はもはや借りてきた猫まみれのカフェ。

 皆どう動けばいいかわからず固まっていた空気と、ドアの衝撃音は明らかにミスマッチだった。

 突き抜けた音を立てた入り口で『やらかしたぁ...』と思い一瞬立ち尽くしたが、全力で何事もなかったことにしようと決め、自分の席を探しに黒板の張り紙へと向かう。

 途中で教壇の段差でつまずきそうになったのも気にしたら負けだ。



 とりあえず席についた俺は、誰かと校門でのワクワク感を分かち合いたいという気持ちが周りの緊張感に圧迫されたおかげで、辺りをキョロキョロと見渡す挙動不審者になっていた。


 そしてその不審者の目は肩が強張ったまま前髪を気にする「推し」を捉えた。


『皆と同じように緊張してる姿なのになんか知らないところに連れて行かれた小動物感があってかわいい!

 後ろ姿しか見えないけど、逆にバレずに見続けることができると考えれば......アリだな。

 よかったよかった、これで目の保養はできるから他にかわいい女子いるかな〜』


 なんて周りの緊張感を微塵も感じず、空気の読めていない思考は段々と教室に入る前の期待を蘇らせていった。

 その感情は行動にも出てきてしまい、遂には後ろの席の生徒に、後のことは何も考えずに


「ねえ、名前なんて言うん?」


発した一言が教室に響いたが、相手も緊張の糸が切れたのかにっこりと笑って、


井出光輝いでこうき!そっちは?

 ってかどこから来たん!?」


「俺は一ノ瀬裕翔せゆうとで家はここから3つ先の駅からさらにバス乗って...」


「だいぶ遠ない?!

 俺んちこの辺やからチャリでこれるんよ〜

 ちなみに中学運動部?」


 井出も俺と同じように、むしろ俺よりも高校生活をたのしみにしていたようで振り回されるように会話が続いた。


 勢い任せすぎてぎこちなくなることもあったが、この教室の片隅だけ、春の陽気をそのまま持ってきたような世界が創られていた。




「体育館行くから早く整列してー」

 

 の先生の一言でかなりの時間が経っていたことに気づくほど夢中で喋っていたらしい。

 流石に入学式が始まる前に怒られるわけにもいかないので大人しく廊下に移動した。

 まあ当然列でも井出とは前後だったのでひそひそ喋って先生に睨まれたりはしたが、セーフということで......。



 

 入学式では校長先生や生徒会長などから歓迎激励の言葉をいただいた。

 うん、まあ普通の式典だった。長かったな以外に感想がないほどに。

 高校に来てから押し寄せてきていた感動がピタッと止まったように現実に引き戻されつつあったが、とりあえず入学式が終わった。



 体育館から教室までの帰り道、あちらこちらで喋り声が聞こえてきた。

 俺と井出の気持ちが場違いだったのかもしれないと、式典中に今更ながらヒヤヒヤしていたが楽しそうな声色が聞こえてきて胸を撫で下ろした。

 そして俺たちもその雰囲気に呑まれ、廊下で、教室で、色んな人と喋っていった。


 高校初会話では、スマホで調べた話のテーマやコツなんて全く役に立たせることもできなかったほど引きずり回されたので、『次こそちゃんと会話してやる!』と謎に初回よりも緊張して心臓がバクバクしていた。

 悟られないように朝の勢いのまま、


「どこ中?」

「その辺やったら近くに......」

「部活って......やってたん!!?」

「あのゲーム面白いよな!俺も......」


 というような周りから聞こえる内容と同じような話を俺は出会う人々としていった。

 衝動的に言葉を返すことだけは中学で(いじりにツッコミを入れる形で)身についていたのでなんとか会話のボールをぶん投げることはできた。

 まあ一度も喋ったことのない他人との会話にしては上等だ。


 名前に中学校、中学の部活の話やこれから何の部に入るか、好きなゲーム・漫画......他愛のない話を相手とする。


『これだ、これだよ!』


 俺がずっっっっっと渇望していた、蔑まれることのない会話やつながりがこんなにも当たり前に存在していて、それをくれる相手がこんなにも周りにいるなんて。


 『漫画の中で憧れるしかなかったものが現実で起こるなんて!』


 こんなことで感動できる自分の過去が少し悲しくなったが、そんなものは思い出にして、前を向けるくらいに輝かしい現実がそこには広がっていた。




 高校生活初日が終わる頃には友達と呼べる人も数人でき、『明日の自己紹介考えておかないとな』と学校に行くのをいつぶりかわからないくらい久々に楽しみにしつつ帰路に着いた。

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